第62話 赤の賢者の研究

 ブラウエール国の皆さんの誤解も解け、今はアスさんの研究室にお邪魔している。


 アスさんが研究室から持ち出したい物があるというので皆で付いてきたのだ。


 皆と言ってもベリーチェとシュガーはバルト殿下がまだ遊びたいと言うので預けて来たが。


 結局、昼過ぎに王城へ来て何だかくだらない玉の輿騒ぎで時間を食ってもうすでに夕方だ。


 さぁ、帰ろうと思ったところで国王様から晩餐会のお誘いが。


 とてつもなく面倒くさいが国家権力には逆らえない。

 私は意外にも小心者なのだ。

 挙げ句の果てに、今日は王城にお泊まりとなってしまった。


 晩餐会に参加するのは私とお父様だけだが、ルー先生達は私の護衛と言うことで客間の隣の従者部屋を用意された。


 そして晩餐会までの空いた時間にアスさんの研究室に来たというわけ。


 先程から、アスさんはキャビネットの中を物色中。


「ああ、あった! あと、これとこれ。はい、全部揃った」


 そう言うアスさんの手元を見ると、随分と年期の入った本が四冊とノートが数冊あった。


「随分と古そうな本ですね。何の本ですか?」


「ああこれ? 実は僕、赤の賢者の研究をしてるんだ」


「赤の賢者の研究だと? 何の研究だ?」


 そうアスさんに問いかけたのはジーク様だった。


「赤の賢者の真実だよ。僕はね、赤の賢者は言い伝えのような人じゃないと思っているんだ。ジークさん、会った時から聞こうと思ってたんだけど、あ、気を悪くしないでね。瞳が赤いことでいろいろと苦労したんじゃないかな?」


 瞳が赤いことで苦労した?

 なんで?


「ああ、そうだな。母は俺を産んだ時にかなり気を落ちしてしばらく寝込んでいたらしい。今では、笑い話だがな。子供の頃は周りから遠巻きにされて、まともに目を合わせる奴はほとんどいなかったな」


「そう言うのって子供はあからさまよね」


 ルー先生がそう言うのを聞いて、アスさんが頷きながら口を開いた。


「そうだろうね。赤い目をしてるってだけで虐められるって話しをよく聞くからね」


「まあな。子供の頃はそれが辛い時期もあったが、当時王城で左大臣をしていた父が俺を外に連れ出していろんな人に引き合わせていろんな経験をさせてくれた。おかげで人を見る目が肥えたよ」


 むむむ、なんだか話に全然ついていけないぞ。


「あの、目が赤いとなんで虐められるんですか? 赤の賢者って灯りとかのスイッチ魔石を発明した凄い人ですよね?」


 思わず質問した私を驚いた顔で見るジーク様とアスさん。


「マリアちゃんは赤の賢者の俗話を知らないの?」


 知らないです。

 なにそれ?

 頷く私にアスさんが説明をしてくれた。


 魔術の天才と謳われた赤の賢者はいろいろな発明をして世の中を生活しやすくした立役者だ。だが、ある日気が狂って街の人達を大量殺戮をしたと言われている。死体を喰らい、次々と殺戮をし、仕舞には自分の首を切って自殺したという。


 赤の賢者の異名は赤い瞳と大量に流された人々の血の色からきている。


 この赤の賢者の俗話により、赤い目を持つものは賢者の偉大さゆえに畏怖され、同時に賢者の残忍さゆえに忌み嫌われる存在となったらしい。


 衝撃的な話にしばしボーゼンだ。

 じゃあ、ジーク様はその赤い瞳のせいで辛い幼少期を過ごしたの?

 瞳が赤いのはジーク様のせいじゃ無いのに?


 それに、あのルメーナ文字の辞書を監修した赤の賢者が大量殺戮を引き起こした?


 違う…

 そんなはずは無い。

 私の心がざわざわと音を立てる。


「その事件はおよそ120年前の事だが人々の間では言い伝えられている話なんだよ。俺の両親や兄は愛情を持って育ててくれたが、赤い目というだけで親にも見捨てられる赤子も昔はいたらしい。いまだに俺は縁談がまともに来ないよ。ご令嬢達は俺の目を見たとたん、逃げ出すからね」


 120年前の事がいまだに俗話として語り継がれているってことか。


「でも、瞳が赤いのはジーク様のせいじゃないですよね。それにこんなに優しくて素敵な男性に見向きもしないご令嬢達って目が腐ってますね。ジーク様の価値が分からないポンコツ令嬢はその程度の人達なんでしょう。私ならこんな素敵な男性が目の前にいたら逃がさないように縄で縛って捕獲しますよ。そして誰にも取られないように大事に部屋に閉じ込めます」


 私の、満里奈の最後のお願いをちゃんと守ってくれて、騎士団を辞めてまでもかたきを取ろうとしてくれた優しいジーク様の良さを分からないなんて。

 鼻息も荒くそう断言する私にジーク様は顔を赤くしながら呟いた。


「あ、ありがとう…」


「ちょっとマリアったら、普通の令嬢は縄で縛って捕獲なんてしないわよ。牛じゃないんだから。それに部屋に監禁とか危ない思想はやめなさい。ジークさんもなにお礼なんて言ってるのよ。そこは突っ込むところよ。で、アスは赤の賢者を研究してるって話しよね」


「そう僕はね、赤の賢者の真実を調べるために魔導師団に入団したんだ。魔導師団は王城の図書室に出入り自由だからね。でも唯一入室出来ないエリアが有るんだよな。それがSエリアだ。王家に関する文書があるところ。赤の賢者の俗話には王家が関係しているようなんだ。そのSエリアには魔導師団の団長と副団長だけ入室可なんだ。だから僕は何としても出世しなきゃならないんだ」


 アスさんの話を聞き終えてハッとした。

 そう言えば…


「アスさん、アスさんの瞳も赤ですよね?」


「え?…」


 私の言葉に一瞬目を見開くアスさん。


 少しの間その場は無言だった。


「ど、どうして…?」


 絞り出すようなアスさんの声に私は言葉を重ねる。


「一見、黒い瞳ですが、じっと見てると綺麗な赤い瞳に見えます」


「まいったな…実は僕の一族は黒い瞳か赤い瞳しか産まれないんだ。赤い瞳の子が産まれると代々伝わる秘伝の魔法薬と自分の魔力で黒い瞳に変幻させるのが習わしなんだ。見破られたのは初めてだよ」


「もう隠さなくても良いんじゃないですか? ジーク様の瞳もアスさんの瞳も綺麗なルビー色です。私は好きですよ」


 私がそう言うとアスさんは少し顔を赤くして言った。


「あ、ありがとう…」


 そんなアスさんに私は更に言葉をかける。


「それにアスさんの赤の賢者に対する見解はきっと間違ってはいないでしょう。これは私の勘です」


 驚いたように目を見開くアスさんに私はそっと微笑んだ。


 それと同時にドアをノックする音が響いた。



「失礼いたします。マリアーナお嬢様、王妃様がお呼びです」


 え?


 なんだかとっても嫌な予感がする…











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る