第63話 生まれたての小鹿です

 アスさんの研究室から連れ出され、行き着いた先は王妃様のプライベートルームだった。


 そこで王妃様の指示により五人の侍女さん達に囲まれ、着せかえ人形よろしく何着ものドレスの試着をさせられた。


 どうやら王妃様の娘時代に仕立てたまま袖を通さなかった物のようだ。


 髪もハーフアップに纏められ、ほんのりとお化粧も施された。


「まあ! 完璧だわ! マリアちゃんの可愛さがよく引き立っているわ。さあ、部屋の外でヒューベルトが待っているわ」


 そう言われて部屋から出ると、そこには王子様のような装いをしたヒューベルト殿下が待っていた。


 あ、本物の王子様だった。

 どうやら晩餐会の会場までエスコートをしてくれるようだ。


「お、おい、マリア、なんだその歩き方は? 化粧室にでも行きたいのか?」


 誰が、トイレじゃ!

 だいたい、11歳の子供に10センチのピンヒールを履かせる方が悪い。


 OL時代だって10センチのヒールなんて履いたこと無いんだから。


 淡いピンク色のチュール生地で出来たドレスはノースリーブのプリンセスライン。


 ウエストから胸元にかけて色とりどりの布花の飾りがペッタンコのバストラインを違和感なくカバーしている優れ物だ。

 だが、裾が長すぎた。


 お直しの時間がないため、ハイヒールの出番となったがヒールの高さは10センチ。


 もう気分は生まれたての小鹿だ。


「ほら支えてやるから背筋を伸ばしてちゃんと歩け」


 ヒューベルト殿下はそう言うと左手を私の左腰に回し右手で私の右手を握りしめて歩き出した。


 すみませんね。

 お手数おかけして。


 晩餐会会場に着くともうすでにお父様とサイラス伯父様が着席していた。


「「マリア!」」


 な、なに?


 咎めるような二人の視線に一瞬怯んだが、ここでヒューベルト殿下と離れると歩けないのでそのまま笑顔でやり過ごす。


 席はヒューベルト殿下の隣だった。

 そして私の左隣にはテオドルス隊長だ。

 ブラウエール国を代表して出席したようだ。

 だよね。バルト殿下は夕方もベリーチェ達と散々遊んだので疲れてもう寝ているみたいだし。


 そして第一側妃様、第二側妃様が到着し、最後に国王陛下、王妃殿下が揃って晩餐会が開始となった。



 わあー、何これ美味しい!

 さすが王城だ。

 一流のシェフが揃っているに違いない。

 見た目もさることながら味も期待を裏切らない。


 もぐもぐと食べていると、左隣のテオドルス隊長から声をかけられた。


『マリアーナ嬢、先ほどは無礼な事を言って申し訳なかった』


『あ、いえ、もう良いです。私も言いたいことを言ってスッキリしましたし。お互い様です。テオドルス隊長、このお肉料理美味しいですよ』


『ふっ、それにしてもマリアーナ嬢は美味しそうに食べる。気持ちの良い食べっぷりですね』


 テオドルス隊長はそう言うと優しく笑った。

 おお? 笑うとなかなか良い男ではないか。

 テオドルス隊長は30代半ばのマッチョ系の騎士様だ。

 赤い短髪に茶色の瞳。

 見た目は強面だが良いお父さんになりそうな感じがバルト殿下を見る優しい目つきでうかがえる。


 思わず私も笑顔になる。


 しばらくの間たわいもない会話をしながらお料理を堪能していると右隣のヒューベルト殿下の声がした。


「おい、マリア、口の端にソースがついているぞ」


 ヒューベルト殿下の囁くような声に顔を向けるとため息をつきながら自分のナプキンで拭ってくれた。


 あら、意外と優しい。


「ありがとうございます」と、言いながら微笑むと周りの給仕の女性陣からほぉと、ため息が漏れた。


 おお、これは仲良しアピールになったのではないか?

 もしや、それを狙っての行動か?

 さすが、第一王子だ。抜け目ない。


 そんな事を思いながら視線を前に戻すと、向かい側に座っているお父様とサイラス伯父様、そして何故か第一側妃様が物凄い怖い形相でこちらを見ていた。


 ギョッとして横に視線を泳がせると、上座に座っていた王妃様と目があった。

 こちらは満面の笑みを向けられてまた別の意味で怖かった。


 そんな中、国王陛下が上座からテオドルス隊長にブラウエール語で話しかけた。


『テオドルス隊長、ブラウエール国から速伝がきたようだが赤い鳥達の様子はどうだ?』


 ここにいる人達は皆さんブラウエール語が分かるのだろうか?


『はっ、赤い鳥達ですが、お互いの親鳥の動きを見ているようです。餌場の問題さえ解決出来ればお互いの巣を荒らす事にはならないと思うのですが…』


『そうか。ちょうど半分に出来れば良いのだが。お互いに量が違うと譲らないとは困ったものだ』


 会話から察するに、両国の間で何かを半分に分けたいがお互いにこれは平等に分けられていないと主張しているようだ。


 くだらない。

 おやつの半分こでもめる兄弟のようだ。

 物を平等に分けるのに色々な方法があるのに。

 それを模索もせずに戦争をして国民の命を無駄にする様では国王失格だ。


「マリア、心の声が漏れてるぞ」


 隣で青くなりながら囁くヒューベルト殿下。

 ハッとして口を押さえたが時すでに遅し。


「ほう、マリアはもしや隠語まで解読出来るのか?」


 あ、なんか面倒なことに巻き込まれそうな予感…








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