第60話 風評被害はどこまでも
ブラウエール国の王子であるバルトロメーウス殿下をこのリシャール邸で保護している旨を連絡したところ、お父様から返事が来た。
なんでもブラウエール国から王子が入国していることは国家機密事項とのこと。
バルトロメーウス王子は自国から五名の騎士達と専属侍女二名で構成された少人数精鋭部隊に伴われてこの国に秘密裏に入国した。
理由は言えないらしい。
そんな状況で我が国の騎士団もブラウエール国の騎士達も動かすとなれば目立つ。
せっかく秘密裏に入国したのにばれては元も子もないと言うことで、提案された案はヒューベルト殿下のリシャール邸訪問。
この間のお茶会で私に対して手を掴んで恫喝したことへのお詫びの訪問と言うことでリシャール邸に明日来るという。
まあ、表向きはヒューベルト殿下のお詫びの訪問、しかしその実体は、バルトロメーウス王子のお迎えってこと。
お父様は明日、仕事をズル休みする計画だったようだが王命で騎士団の統率に奔走する事になったので、ヒューベルト殿下のおもてなしは私に一任された。
ここは私の手作りクッキーの出番かと気合いを入れたが、ランに怖い顔で却下された。
リシャール家のお家存続の危機だとか意味不明な事を騒いでいたが、今度は自信が有ったのに残念だ。
なので、今日はバルトロメーウス王子はリシャール邸にお泊まりとなった。
お昼寝から起きてこの後の予定を説明したところ、バルトロメーウス殿下は嬉しそうに笑った。
『マリア、僕のことはバルトと呼んでほしい。今日はマリアと一緒に寝る』
言葉が通じるのが私だけなのでバルト殿下は私から片時も離れない。
超絶可愛いバルト殿下のお世話をナタリーもランも率先してやりたがったが本人は私にしがみついて離れないので仕方ない。
お風呂も一緒に入り背中の流しっこをした。
もう私は母の気分だ。
王城から帰ってきたお父様にバルト殿下を引き合わせて、今日の出来事を話して聞かせた。
最初はニコニコと話を聞いていたお父様だが、一緒にお風呂に入った事を話すと渋い顔になり、今日は一緒に寝るつもりだと言うと涙目になっていた。
何だかんだと理由をつけて阻止しようするもんだからすっかり、バルト殿下から敵認定されていた。
挙げ句の果てに自分も一緒に寝ると言いだし、執事のヘンリーさんに諭されていた。
相手は他国の王子様、しかも幼児だと。
最終的に寝るときには、間にベリーチェを挟むこととのお達しがあった。
なんの意味があるのかいまいち分からないが取りあえず、三人で川の字になって寝たのだった。
朝起きると超絶可愛いバルト殿下の顔が目の前にあって思わず悲鳴を上げそうになった。
いかん、いかん、昨日一緒に寝たんだった。
どうやらベリーチェはシュガーと朝の散歩に行ったみたいだ。
まだ寝ているバルト殿下の寝顔をじっくりと見つめる。
なんて睫毛が長いんだろう。
ほっぺもぷくぷくだ。
マジ天使!
そんな事を思っていると、バルト殿下がもぞもぞと動き出し私に抱きついてきた。
おー!可愛いぞ。
私もギュッと抱きしめる。
ああ、これが恋人同士なら寝起きの甘い時間なんだけどね。
『マリア、おはよう』
今まで寝ていると思っていたバルト殿下の目がぱっちりと開きなんと、私の頬にチュッとキスをした。
なに、これ?
なんのご褒美?
『マリアは僕にしてくれないの?』
えっ?
して良いの?
では、遠慮なく。
『おはようございます。バルト殿下』
そう言いながら私はバルト殿下のおでこにチュッと唇を寄せた。
するとバルト殿下のぷくぷくのほっぺがほんのりと赤くなった。
可愛い!
***************
「お久しぶりです。ヒューベルト殿下」
昼過ぎに来邸した第一王子を玄関ホールで出迎えた私に顔をしかめながら頷くヒューベルト殿下。
とっても不機嫌そうな様子に、わざわざドレスに着替えなくても良かったなと心の中で呟く。
「ああ、君も元気そうで何よりだ」
「ヒューベルト殿下、こちらを」
側近と思われる青年が差し出した花束を受け取るとヒューベルト殿下がそれを私に手渡した。
フリーローズの花束だ。
前世ではクリスマスローズと言われていた花だ。
「ありがとうございます。わあ綺麗! これって王城の庭園のですか? この前はこの花が咲いている庭園までたどり着けませんでしたものね」
何気なく言った言葉に、私の後ろで控えていたルー先生とジーク様が一歩前に出た。
それを見てヒューベルト殿下があからさまに眉毛を寄せた。
「き、君は、僕を脅迫するつもりか?」
脅迫?
なぜそうなる?
「まさか! ヒューベルト殿下はもう私と関わりたくないとおっしゃていたのに、またこうしてお会いするなんて縁があるんですね」
「いや、ない! 絶対にない! あってもそんな縁は引きちぎる!」
ちょっと、そんなに力強く拒否しなくても良いじゃないですか。
「あの後、僕がどんなに大変だったか君は知っているのか?」
「いえ、ぜんぜん」
「そうだろうな。知っていたらそんなにのほほんとしていられないはずだ。おかげで僕は幼女好きの変態王子と陰で言われる羽目になった。誤解が解けた後はいたいけな幼女を虐める極悪王子と噂が広まった。婚約者のアンジェラにまで変な目で見られてつらかった。だから君と関わることはこりごりなんだ」
あらら…
それはご苦労様です。
「でも、幼女好きの変態王子は誤解でも幼女を虐める極悪王子はあってますよね? だって、私の手を赤くなるほど掴んで見当違いな事を怒鳴り散らして私を怖がらせましたものね?」
「うっ、そ、それは…」
「その噂を払拭したいのなら、私を避けるのではなく仲良くする方が得策だと思いますよ?」
「な、仲良く…?」
「はい。仲良くです。お互いに避けてたら噂は本当なんだと思われますよ? まあ、私はそれでも構いませんが」
そう私が言うと、ヒューベルト殿下は慌てたように声を上げた。
「わ、わかった! 噂が払拭されると言うのなら、仕方ない。非常に不本意だが君の提案に乗ろう。マリアーナ・リシャール、バルトロメーウス殿下はどちらに?」
非常に不本意と言うのが気になるがまあ良しとしますか。
「私の事はマリアとお呼び下さい。バルトロメーウス殿下は工房の方でお昼寝中です。午前中、ベリーチェとシュガーと追いかけっこをして疲れてしまわれたようです」
***************
『いやだ。ヒューベルト殿下とは行かない。マリアと一緒が良い』
そう言って私にしがみつくバルト殿下。
お昼寝から起きて事情を説明した途端にこれだ。
ヒューベルト殿下は困った顔をして私とバルト殿下を交互に見る。
さすが、第一王子と言うべきか、ブラウエール国の言葉がわかるようだ。
『バルト殿下、こうしてヒューベルト殿下がお迎えに来てくれたんですよ。それにバルト殿下の騎士様や侍女達が待ってますよ? 早く無事なお姿をお見せしなければ』
そう言う私に、バルト殿下が首を振りながら言った。
『この国に入国して王城に着いた時に侍女達に言われたんだ。ヒューベルト殿下には近づかない方が良いと。彼は小さな子供を虐めて喜ぶ悪趣味な性格をしていると。今は優しげな顔をしているが、馬車に乗り込んだとたん悪魔に変身するにちがいない』
げっ、風評被害がこんなところに。
そっと、ヒューベルト殿下の顔を見ると苦虫を噛みつぶした表情だ。
「マリア、君の責任だ。何とかしてくれ」
「ええっ? なんで私の責任なんですか? 私関係無いですよね? これってヒューベルト殿下の日頃の行いが悪いだけじゃないですか?」
「なに? 僕はいままで品行方正な王子として名が知られていたんだ。君と関わってからろくなことがない」
むむむ、このマザコン王子め!
すると、私にしがみついていたバルト殿下が私の左手を握りしめながら言った。
『マリア、僕を見て。バルトって呼んでほしいって言ったよね? 殿下はつけないで。僕たちはもう他人じゃないんだから』
ん? 何だろう5歳児天使がなんか言ってる。
「他人じゃない?…」と呟くヒューベルト殿下。
いやいや、他人だってば。
血のつながりはないよ?
『一緒にお風呂に入って、一緒に寝たんだ。そして目覚めのキスもしたよね? もう他人じゃない。ね?』
そう言いながら可愛らしく微笑むバルト殿下。
そのとたん、ヒューベルト殿下が低い声で叫んだ。
「マ・リ・ア!!! お前も王城へ一緒に来い!!!」
なぜだ??!!
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