第59話 デリックハーレムと可愛い迷子

「マリアちゃん、今日からよろしくね」


「はい! アスさん、こちらこそよろしくお願いします」


 国を動かすほどの権力者の娘が私のことだと発覚した後、エリアス・サモアさんこと、アスさんは研究途中の魔道具を同僚に引き継ぎ、このリシャール邸にやってきた。


 そして毎日騎士団の寮からこちらに通って来てくれるジーク様とアスさんのために工房に二階を増築中。

 住居兼研究室として使えるようにね。


 費用はヒューベルト殿下持ち。

 あのお茶会の後、誤解されたままではさすがにヒューベルト殿下が可哀相なのでキチンと経緯を説明。


 誤解が解けた後、それでも自分よりだいぶ年下の女の子を恫喝したのは事実と言うことで謹慎処分を無効にする代わりにこの増築費用を出して貰うことになったのだ。

 いわゆる、慰謝料ね。

 なので、ヒューベルト殿下宛てに丁寧なお礼の手紙を書いたのだが、返ってきた返事には『君とはもう関わり合いたくない』と書かれていた。


 まったく、失礼なやつだ。

 あのまま誤解を解かなきゃよかった。



 今日はルー先生とジーク様は本邸の応接室で魔法建築士と打ち合わせ中。


 そして私は工房で、ガイモンさんと一緒に王都の隣街から来た宿屋の看板娘の義手を作成中。


 隣の椅子に乗って私の膝に頭を乗せているシュガーをモフリながら紙にルメーナ文字の魔法陣を構築する。


 看板娘は調理の時に酷い火傷を負ったのに忙しさにかまけて適切な処置を怠ったようだ。


 火傷は注意しないと皮下組織が壊死してしまうのだ。

 それを放置しておくとその壊死したところから細菌感染症となる。

 結局、細菌感染を広げないように左手を切断となったようだ。


 ちょうどその宿屋に宿泊中のデリックさんがギルマスに仲介して連れて来たのだ。


 看板娘というだけあって20歳のかなりの美人。

 商談の際に対応したガイモンさんの鼻の下も伸びきっていたように見えたのは気のせいだろうか?


 その看板娘は王都の宿屋に泊まり義手の完成を待っている。

 今日は街を探索したいとのことで、デリックさんが案内をしている。

 そして、女性向けのお店を案内してほしいというデリックさんの申し出でランも同行している。

 微妙な三角関係だ。

 あ、冒険者ギルドの三人娘を入れると六角関係だね。

 泥沼状態だ。

 なるべく関わらないようにしよう。

 でもランを泣かせるようなことをしたらデリックさんの悪い噂を王都中に拡散してやる。


「マリア、またなんか企んでるな? 悪い顔になってるぞ」


 失礼な。


「何も企んでなんかいません。今後のデリックハーレムの行方を案じていただけです」


「デリックハーレムって、とてつもなく悪意のある言い回しじゃないか」


 ガイモンさんはそう呟くとほどほどにしておけよとため息をついた。



 そしてアスさんは工房のダイニングでベリーチェと遊んでいる。


「すごいなあ。知能があるゴーレムなんて初めて見たよ。しかも喋るなんて。魔導師団長がぬいぐるみに会いに行けって言ってたのはこのことだったんだね。意味不明だったもんだから無視しちゃったよ」


「ベリーチェ、おしゃべりもできましゅ、おちゃもいれられましゅ。はたらきものでしゅ。アスしゃん、おちゃどうぞでしゅ。マリアとガイモンしゃんもきゅうけいにしゅるでしゅ」


 ベリーチェの一言で私とガイモンさんも作業を中断して休憩のためにダイニングに集まった。


 ベリーチェは早速、私の足元で寝そべっているシュガーの背中に陣取った。

 その場所が一番落ち着くらしい。


 そこにどこからか小さな子供の泣き声が聞こえて来た。


「ん? なんか小さな子供の声が聞こえませんか?」


「ああ、本当だな。気のせいかだんだん近づいてくる気がする」


「気のせいじゃないよ。僕の張った人探知の結界に反応があった。この工房に向かって歩いてくる。人数は大人三人、子供一人だ」


 ほおーさすが、魔導師団だ。


 この工房は裏庭に建っているので、裏門から入るのが通常。

 厩も屋敷の裏にあるのでその方が導線的に近いのだ。

 だから裏門にはこの屋敷に入る許可を出した人しか門が開かないように結界を張っている。


 その結界をアスさんはさらに強化し、泥棒や刺客が現れたときは弾かれ、門には近づく事すら出来ない仕様に、それに加えて門を通った人数まで探知出来るようにしたようだ。


 これは正門にも適用されている。


 一応、裏門を通過できたということは不審者ではないということだね。



「おーい、皆いるかい?」


 そう言いながら現れたのはデリックさんだった。


 その両脇にはランと看板娘。

 そして、デリックさんの腕の中には5歳くらいの小さな男の子。


「デリックさん! 隠し子がいたなんて初耳です」


 私の言葉にデリックさんは慌てて声をあげた。


「ち、違う!! 俺の子じゃねよ」


「じゃあ、誘拐? ああ、ただの汚れた大人だと思ったのにとうとう…」


「デリックしゃん、けがれたおとなから、はんざいしゃにしょうかくでしゅ」


「誰が犯罪者じゃ! 違うんだって! この子は迷子。でも言葉が通じないんだ。それにさっきから泣きっぱなしでお手上げ状態。なんとかしてくれ」


 デリックさんのその言葉に両隣にいたランと看板娘が頷いた。


 なんでもこの男の子、王都の街を散策している所に柄の悪い男達に連れて行かれそうになって居るところをデリックさんが助けたらしい。


 着ている物や容姿から良いところのお坊ちゃんのようだが、周りには親らしい人はいないし、言葉が通じないのもあってほっとけずにここに連れてきたようだ。


 とりあえず、ここで預かると言うことでデリックさんは看板娘を宿泊先の宿屋まで送りがてら帰って行った。




 ***************



 シュガーをモフリ、ベリーチェを抱きしめ、ようやく泣き止んだ男の子にジュースを勧めながら話しかける。


「お名前言えるかな?」


 私の問いかけにコテンと首を傾げる男の子。


 それを見てランが口を開く。


「何を聞いてもわからないみたいなんです。服装もどことなくこの国の物ではない感じなんです。あ、ちょっと子供用の玩具を持ってきますね」


 そう言ってランは使用人棟に向かった。


 男の子は私が差し出したジュースのグラスを両手でソッと持つと小さな口を開けて飲み始めた。


 超絶可愛い!


 紫がかった銀髪の巻き毛にふっくらとしたほっぺ、まん丸のグレーの瞳。


 母性本能が溢れて止まらない。

 もうこのままうちの子として育てれば良いんじゃない?

 うん、そうしよう!


「マリア、その考えは賛成できないぞ。この子の親も心配しているはずだ」


 うおっ?

 ガイモンさんたら、なぜ私の考えてることが分かったのだ?


「うん、マリアちゃん、いろいろと顔に出てる。感情がだだ漏れだもん」


 アスさんまで…


 そんな会話をしていると男の子が口を開いた。


『ぼくの名前は、バルトロメーウス・キリ・ブラウエール。護衛の騎士達とはぐれてしまったんだ』


 え?


 これこの国の言葉じゃない。

 確か、西部地区の陸続きの国がブラウエール国だったはず。

 国の名前がついていると言うことは…

 お、王子様?


『あなたはもしかしてブラウエール国の王子様ですか?』


 馴染み深い自分の母国語が耳に届いて男の子は安心したようで笑顔を見せた。


『うん、そう。昨日、この国に着いたんだ。しばらくこの国で過ごすようにと父上から言われて。あまりにも退屈だったので城下に遊びに来たんだけど、護衛とはぐれてしまったんだ。悪いが王城まで送ってほしい』


『わかりました。まずは王城へ、バルトロメーウス王子がここに無事でいることを知らせますね。私の父は騎士団の総団長なのでご安心下さい』


 私達が耳慣れない言葉で会話をしている様子をその場にいた皆さんは固唾をのんで見守っていた。


 言葉が通じて安心したのかバルトロメーウス王子はジュースを飲みながらウトウトしだした。


 それを見てガイモンさんが抱き上げてソファに寝かせた。

 ちょうど、使用人棟から子供用の積み木を持ってきたランも交えて私は、先程のバルトロメーウス王子のとの会話を説明した。


「ブラウエール国の王子様か」


「それはきっと王城でも大騒ぎだろうね。あ、でもなんでマリアちゃんは言葉が分かるの? まだ学園には行ってないよね? 家庭教師から教わったの?」


 ごもっともなアスさんの質問にガイモンさんが答える。


「マリアは全世界言語読解のスキル持ちだ」


 そうなのだ。あの魔力測定では加護の方が注目を浴びていたが、一般的なスキルもそれなりに揃っていた。


 しかし、問題はユニークスキルと称号だ。


 固有スキルであるユニークスキルには「日々精進してゲット、スキル追加のチャンスを掴め」や「料理は食べる専門だが、口は出す」「自己中心的な発想力がキラリと光る」「必要なことは覚えよう、いやなことは忘れよう」など何だかよくわからないものが多かった。


 極めつけは称号だ。


「神の推しメン」


 まったくもって意味不明。

「神の愛し子」を今風に言ってみたってか?

 だいたいこの世界に『推しメン』なんて言葉無いから。

 説明できないっしょ。


 自分の幸せは神頼みではいけない自分の手で掴まなければと新たに心に刻みながらバルトロメーウス王子の寝顔を堪能するのであった。

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