第58話 ロリコン変態王子は無実を訴える

「さあ、お茶をどうぞ。熱いから気をつけてね」


 王城で迷子中に私を大声で制止したのは魔導師団の人だった。

 ちょうど関係者以外立ち入り禁止区域に足を踏み入れてしまったため声をかけたらしい。


 そして今私は魔導師団棟の研究室でお茶をいただいているところ。

 

 新緑を思わせるような綺麗な緑の髪に黒い瞳の17歳ぐらいの美少年。

 界渡りの乙女以外に黒い瞳はいないのかと思ったけどいるんだ。


 でもじっと見てるとなぜだか瞳が赤く見えてくるから不思議だ。

 あんまりじっと見るのも失礼かと思い視線を周りに移した。


 部屋の作りは個室になっているがドアに磨り硝子がはめ込まれているので開放感がある。


 理科の実験室を思わせる装備が設置してある流しと作業台が二つ、窓際の背の低いキャビネットには難しそうな本がぎっしりと詰め込まれている。


 床に転がっている四角い箱や球体はどうやら魔道具のようだ。


 私は、作業台の一角に置かれたお茶に手を伸ばしながら言った。


「ありがとうございます。いただきます。ここはたくさんの魔道具があるんですね」


「そうだよ。ここで魔道具の研究をしてるんだ。そう言えば、まだ君の名前を聞いていなかったね?」


「あ、すみません。マリアーナ・リシャールと申します。マリアとお呼び下さい」


「うん、マリアちゃんね。僕のことはアスって呼んで、皆そう呼ぶから。それにしても災難だったね。第一王子に婚約者の座を狙っていると誤解されるなんて」


「はい。もうびっくりです。『あなたにもあなたの立場にも魅力は感じません』って逃げて来ちゃいました。ああ、不敬罪になったらどうしよう」


「大丈夫、僕がちゃんと国王に進言して上げる。まさかあのヒューベルト殿下がこんな年端も行かない女の子に迫るなんて思ってもみなかったよ」


 ん?

 迫る?


「おい、その手首、赤くなってるじゃないか」


「ああ、これはヒューベルト殿下に思いっきり掴まれたんです。痛かったです」


「かわいそうに。これを少しの間巻いていると良いよ」


 そう言ってアスさんは緑色の布を私の手首に巻きつけた。

 ひんやりとした感触がとても気持ち良く、少しして布を取ると赤みも痛みも無くなっていた。

 どうやらここでは怪我などの治療薬も研究しているようだ。


「わあ、すごい! ありがとうございます」


「うん。まだ試作段階のだけどかなりの精度があるのがわかってこっちも助かった。いつの世も権力の前で傷つくのは弱い立場の者だよね。実は僕も上からの命令でこの研究室から出なきゃいけないんだ。かなりな権力者の娘の所に出向だってさ。お互いに苦労するね」


「そうなんですか。権力者というとやっぱり貴族ですか? 公爵家とか?」


「うーん? 聞いたんだけど行く気がないから忘れちゃった。何でも国を動かすほどの権力者だって話。今は研究室の後片付けがあるからとのらりくらりと引き延ばしてるとこ。そんなすごい権力者の娘なんてきっと我が儘な傲慢令嬢に決まってるでしょ」


「へえ、国を動かすほどの権力者なんて凄いですね。甘やかされたご令嬢なんでしょうね。アスさんも大変ですね」


「うん。このままその話が白紙になると良いなと思ってるとこ。あ、これ美味しいよ。食べてみて」


 そう言ってアスさんが差し出したお皿にはいくつもの一口シュークリームが乗っていた。


「美味しそう! 頂きます」


 おーうまうまだ。


「美味しそうに食べるね。一口シューを本当に一口で食べる令嬢を見たのは初めてだよ」


 え?

 そうなの?

 一口で食べた方が美味しいのに。


 そんな和んだお茶の時間を過ごしていると、なんだか周りが騒がしくなってきた。


 何だろう?



 するとノックの音と共に一人の男性が駆け込んできた。


「おい! アス、大変だ! お前の担当のお嬢様が行方不明らしい。今、騎士団が王城を探し回っているぞ! お前も早く来い! って、あれ? 君、誰?」


「ああ、この子はヒューベルト殿下に不埒な行為をされそうになって逃げてきた女の子だ。ここで保護していたんだ」


「あ、お邪魔してます。マリアーナ・リシャールです」


 すると、男性は目を丸くして叫んだ。


「行方不明のお嬢様だ!」


 え? 私?




 **************



「して、ヒューベルト、マリアーナの手首を掴んで詰め寄っていたとの目撃証言があるがそれは本当のことか?」


 ここは最初にお茶会をしていた多目的ホール。

 そこに国王陛下、王妃様、ヒューベルト殿下、お父様、サイラス伯父様が集められた。


 ルー先生とジーク様、ベリーチェも部屋の壁側に控えている。


 そして私はアスさんと一緒に国王陛下の前に並んで立っていた。


 国王陛下の隣に立つ王妃様は青い顔をして今にも倒れそうだ。

 大丈夫だろうか?

 だいぶ具合が悪そうだけど。


 そして国王陛下に鋭い視線を向けられているヒューベルト殿下も青い顔をして口をパクパクしている。


「恐れながら、陛下、発言をよろしいでしょうか?」


 私の隣に立っているアスさんが声をかけた。


「エリアスか。うむ、発言を許そう」


「ありがとうございます。僕がマリアちゃんを保護したとき、右手首が赤くなっていました。理由を聞くとヒューベルト殿下に力強く掴まれたと言っていました。それを振り切って逃げてきたと。あまりにも痛々しかったので試作品の治療薬で処置しました。その時に不敬罪になったらどうしようと震えていたのが可哀相でなりませんでした」


 アスさんのその言葉に青ざめていた王妃様が気を失い護衛の人に抱きかかえられて退場した。


「マリアーナ、今の証言に相違はないか?」


「あ、はい。ヒューベルト殿下には婚約者になるつもりはないと伝えたのですが、『そんなはずはない』と右手をつかまれました。それで、ヒューベルト殿下に『あなたにも、あなたの立場にも興味はない』と言ったのですが、『ならなんで今日のお茶会に来たんだ、そのつもりだから、のこのこと来たんだろう?』と言われました。なのでその手を振り切って走って逃げました。あの、私は不敬罪で罰せられるのでしょうか?」


 そう私が言った途端、お父様とサイラス伯父様が殺気を出しながらヒューベルト殿下を取り囲んだ。


「マリアーナ、君を罰するなんてとんでもない! 我が息子、ヒューベルトの悪行は父であるこの私の教育不足だ。面目ない。

 こんな年端もいかぬ女の子に権力に物を言わせて迫るなど、もってのほかだ」


 ん?

 また迫るって言った?


「父上! 誤解です!僕はその様なことはしてません!」


「見苦しいぞ!ヒューベルト! では、マリアーナの手首を掴んではいないと言うのか? マリアーナが婚約者になるつもりはない、お前に興味はないと言ったというのも嘘だと言うのか? それに対してお前は『そんなはずはない』とマリアーナに対して凄んだのだろう?」


「い、いえ、手首は確かに掴みました。そして僕の婚約者になるつもりはない、興味もないと言われたことも嘘ではありません…それを、そんなはずはないと言った事も本当です。あ、あれ? なんか話がおかしい?」


「おかしいのはお前の頭だ! このことをお前は自分の婚約者になんと説明する気だ!」


「そ、そうだ! その婚約者です。僕には婚約者がいると言ったんです」


「お前がその婚約者の他は誰もいらないといった理由がこれなんだな!」


「へ? これって? どういう意味ですか? 父上?」


「恐ろしくてこの場では口に出来んわ! ヒューベルトは一ヶ月間の謹慎処分、寝るとき以外は執務室を出ることは許さん!」


 国王陛下の怒号が飛ぶ中、ヒューベルト殿下は側近と思われるマッチョの男性二人に両脇をかかえられて連行されて行った。



 その後ろ姿を見ながらベリーチェがつぶやいた。


「ロリコンへんたいおうじでしゅ」


 ん?

 ロリコン変態王子?


 あれ? もしかして皆さんなんか誤解してる?


 あれれ?…私、嘘言ってないよね?

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