第54話 世界の平和のために
デリックさんの義手も無事に完成し、あれからデリックさんは、たまに工房に顔を出すようになった。
私とガイモンさんが工房でルメーナ文字の勉強をしているときにルー先生と裏庭の一角で剣術の訓練をしているのだ。
怪我をしてから動かしてない体を鍛えるためと義手の使い心地を見るために。
今日も軽快に聞こえる剣を交える音に窓から外を見る。
うーん。
デリックさんってたまにルー先生を見る目が何とも言えず優しくなるんだよね。
まるで愛おしい人を見るようなあの視線。
もしかして、デリックさんはあちらの住人だったのか?
いや、3人の女性を相手にする精力旺盛なベリーチェ曰わく、汚れた大人だったはず。
でもルー先生が言ってたよね。
人の心は複雑で場面や経験でコロコロ変わるって。
変わりすぎだ。
今のところルー先生はデリックさんに特別な感情は無いようだけどね。
きっと騎士団時代に別れた彼氏の事がまだ吹っ切れないに違いない。
BとLの世界には興味のかけらも無い私。
それどころか、結婚適齢期の男性人口が減ることの方が問題だ。
世の中の女性の為に、デリックさんには悪いがルー先生のことはあきらめてもらって軌道修正をしてもらおう。
それが世界平和に繋がるはずだ。
よし、そうと決まれば二人の世界をぶち壊しに行きますか。
「ガイモンさん、そのページの書き取りが終わったらこの小テストをやって下さい。文字が反応しないように起動抑制の術がかかっている用紙なので安心して下さい。じゃあ、私はちょっと行ってきます」
「え? マリアはどこに行くんだ?」
「世界の平和を守ってきます!」
「は?!」
ガイモンさんの素っ頓狂な叫び声を無視し私は剣を持参で二人に突撃だ。
今日は朝からお兄様のお古の茶色いズボンに動きやすいグリーンのニット着用のためそのまま乱入。
「たのもう!」
剣を片手に突然乱入して来た私にデリックさんとルー先生が目を丸くする。
「ん? なんだ? マリア、遊んで欲しいのか?」
「私も剣術の訓練をするんです。デリックさん、ルー先生は私の剣術の先生なんです。独り占めしないで下さい」
「ああ、そりゃ、悪かったな。よしお詫びに俺がマリアの相手をしてやろう」
へ?
「マリア、足元がふらついているぞ! 手先だけで剣を受け止めるな! それじゃあ、次の一手を止めることが出来ないぞ!」
「は、はい!」
お、おかしい…
私の剣術の先生はルー先生のはずなのに。
なぜ、デリックさんの鬼の猛特訓を受けているのだ?
ルー先生はいつの間にかいなくなり、剣を構える私達の周りをシュガーとベリーチェが楽しそうにおいかけっこをしている。
私特製のキックボードを華麗に操り、猛スピードで走り抜けるベリーチェ。
それを、これまた猛スピードで追いかけるシュガー。
なんだか、とっても楽しそうだ。
私も仲間に入れてほしい。
「マリア! よそ見してると怪我するぞ!」
「はい!」
そして私は厳しい現実に立ち向かう。
「マリア! がんばるでしゅ!」
「ワン!」
ベリーチェとシュガーの応援もむなしく私はその場に倒れ込んだ。
降参です。
世界平和を守るのは、なかなか大変だ。
「キャー!! マリアお嬢様! 大丈夫ですか?! あ、あなた! マリアお嬢様を殺す気ですか?!」
ちょうど昼食の案内に来たランが私に駆け寄り助け起こす。
「すまない。なかなか良く俺の指導についてくるもんだから熱が入り過ぎた」
「ラン、大丈夫よ。ちょっと、疲れただけだから。お昼ご飯を食べたら元気もりもりになるから。デリックさんも一緒に食べましょう」
「おう! じゃあ、遠慮なくいただくよ。ここの料理は旨いからな」
「昼食はランも厨房でお手伝いしてるのよ。ランが焼く白パンと野菜のスープは絶品なんだから」
「へぇ、あの旨いパンはランさんが作ったんだ。美人で料理の腕も良いなんて最高だな」
デリックさんはそう言いながらランにとびきりの笑顔を向けた。
途端に真っ赤になってうつむくラン。
おお! これはもしや?
なんだかロマンスの香りがする。
***************
只今、工房のダイニングで昼食中。
「で、マリア、世界の平和は守れたのかい?」
勉強の終わったメアリーさんも一緒に5人でテーブルを囲んでいるところでガイモンさんがそう言った。
ガイモンさんの質問にメアリーさんが口を開く。
「世界の平和? マリア様は何かと戦っているのですか?」
「そうですね。簡単に言うと、人口における適正バランスが世界平和に繋がると言うことです。そのために戦っているのです」
「ぜんぜん、簡単じゃない…」
私の言葉に首を傾げるメアリーさん。
相変わらず可愛い。
「あら、マリアったらまた何か面倒なことに首を突っ込んで居るわけではないでしょうね?」
「またって、マリアはいつも面倒なことに首を突っ込んでいるのかい?」
おいおい、元凶が何を言ってる。
「もう、何言ってるんですか。いつもじゃありません。だいたい、ルー先生がいけないんです。ルー先生は私の剣術の先生なのにデリックさんばっかり構って。これから私もお二人の訓練に立ち会いますからね」
そう私が言うとルー先生はキョトキョトと目を泳がせた。
ルー先生とデリックさんはなるべく離しておかなきゃね。
「ああ、なる程、大好きなルーベルトを取られて寂しかったって事だな」
「取られてなんかいません。なぜなら、ルー先生はデリックさんの物ではないからです。ねっ、ルー先生?」
「へ? あ、ああ…うん」
ちょっと、ルー先生、なに顔を赤くしてるんですか!
ここでデリックさんに変に気を持たせる行動はやめて下さい。
私は隣に座っているルー先生に体ごと向き直ると、両手でルー先生の頬を挟んだ。
「ルー先生、こっち見て下さい。ルー先生は私の先生ですよね? すなわち、私の物なんです。ねっ?」
ルー先生はさらに顔を赤くしながらコクコクとうなずいた。
どうやら私の筋の通った理論に納得したようだ。
さあ、デリックさん、スッパリとルー先生の事はあきらめて下さいね。
「あー、えっと、なんだか悪かったな。ルーベルト。お前の趣味について言及はしないが、騎士団総団長を敵に回すことだけはやめた方が良いぞ」
なんでここでお父様が出てくるんだ?
「お父様は関係ないです。これは私達の問題ですもの。それより、明日は魔力測定にギルドに行こうと思ってます。デリックさん、良かったらギルドの案内してもらえまか?」
「おお、良いぞ。じゃあ、明日ギルドの受付前で待ち合わせしよう」
「はい、よろしくお願いします」
よし、取りあえず世界平和は守られたか?
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