第53話 執事喫茶の妄想爆発

 デリックさんから義手作成依頼を受け、翌日から早速活動する私達。


 デリックさんを工房に呼んで、まずは右手を動かすための情報の洗い出しだ。


 工房の広い作業台で紙に意見をだしていく。

 デリックさんは冒険者だ。

 ヴァイオリニストのレオンさんのような繊細な動きよりも力強い動きの方が重要視される。


 剣を握る握力、手首の柔軟性。

 一般人にはない強靭な筋肉に骨。


 デリックさんに加え、剣士でもあるルー先生の意見も交えいくつもの機能を追加していく。


 通常モードと戦闘モードの切り替え機能もその一つだ。

 冒険者に特化した作りを優先すると当然、握力や力強さのレベルが最高位になってしまう。


 その最高位のレベルで普通の生活をするのは常に力加減に気をつけなければいけない。


 まあ、自分の手なら脳が瞬時に加減するんだろうけどね。

 いちいち考えて加減して義手を動かすのはそれだけで気疲れするもんだ。


 なので、冒険者として活動している時は戦闘モード、寛いでいるときは通常モードになるように血中のアドレナリンに反応するように設定。

 もちろん、デリックさん自身の意志でも切り替わるように設定も必要だ。


 そして、義手が傷付いた時の自主修復機能も追加。

 冒険者だからね。

 いつ怪我をするかわからない。

 少しの傷ならこの機能で十分修復可能だ。


 盛り沢山の情報にレオンさんに使用した魔石より大きい物を用意。


「さあ、次はデリックさんの左手の複製作りですね。ガイモンさんの出番です。私は紙に書き出した情報で魔法陣を構築しますね」


「ああ、わかった。じゃあ、デリックさん左手をこちらの机に置いて下さい」


「こうか?」


 約50センチの長さに切られたシーナの木を傍らにデリックさんの左手を見ながら変換術で複製を作成するガイモンさん。


 さあ、私も魔法陣の構築を頑張りますか。



 ガイモンさんの複製作成も終わり、私もルメーナ文字の魔法陣を書き終えた。


「良し、今日はこんなところだろう。明日、義手の核魔石作成を行うことにしよう。今回は核魔石に入れる情報が多いから時間もかかりそうだな。デリックさんの義手の装着は明後日ってことでどうでしょう?」


 ガイモンさんのその言葉にデリックさん頷きながら口を開いた。


「わかった。でも良かったら明日もここに来て良いだろうか?君達が義手を作るところを見てみたい」




 ***************





 さて、いよいよ今日は核魔石を作成する。


 ちょうどお昼を過ぎて落ち着いた頃、デリックさんが工房にきた。

 なぜかルキーノさんとゲルマンさんも一緒に。


 どうやらデリックさんから話を聞いたお二人が付いてきたようだ。


 工房のキッチンではルー先生が皆のためにお茶を用意している。

 今日はベリーチェもお手伝いする様だ。


 ベリーチェの手はちゃんと5本の指があり意外と器用に使えるのだ。


 ぬいぐるみとは言えゴーレムなので力持ちでもある。


 だが、見た目が体長80センチのぬいぐるみのクマと言うことでお茶を運ぶ姿が危なっかしくて仕方ない。


 応接エリアではルキーノさん達がトレイでお茶を運ぶベリーチェをハラハラしながら見守っている。


 まるで初めてのお手伝いを見守る親戚のおじさんのようだ。


 それにしてもルー先生はすっかり会社の受付嬢のようだ。

 メイド服を着せたら似合うんじゃないだろうか?

 いや、あのルックスは執事服の方がいけるかも。


 執事喫茶か~

 良い、すごく良い!


 幸いにして私の周りはイケメンばかり。

 ルー先生にガイモンさん、アンドレアお兄様にレオンさん、イケオジ枠でお父様も投入だ。

 そうだ、アニマル枠でルキーノさんとゲルマンさんもどうだろうか?

 うん、動物好きにはたまらないかも。


『癒し系からワイルド系まで粒ぞろい! あなたのお気に入りの執事からお茶のサービスをどうぞ~』


 ああ、キャッチコピーまですぐに浮かんでしまう。


 これは流行ること間違いない!


「おい、マリア。どうした? ニヤニヤして」


「もう、マリアったら、お顔が残念なことになってるわよ。今日はあなたの実力を見せつける良い機会なんだから、しっかりね」


 ガイモンさんとルー先生の言葉にハッと現実に引き戻された。

 いかん、妄想が爆発していた。


「そ、そうですね。では核魔石作成を始めます」


 そう言った私にルー先生が小声で囁いた。


「ねえ、アニマル枠ってなあに?」


 げふっ

 さ、さあ、何でしょう?



 紙に書き起こしたルメーナ文字の魔法陣を見ながら魔術杖を動かす。


 魔術杖に集まる優しい光の粒でルメーナ文字を綴る。

 ああこの作業好きだな。


 魔術杖で引き寄せた魔因子はルメーナ文字として組み立てられるとまるで意志を持っているかのように単語事に整列して空中の魔法陣へと収まっていく。

 この義手が元の手以上に馴染みますように。

 ガイモンさんと私が作った義手でデリックさんが救われますように。

 そしてこの手で他の人達も救ってくれますように。

 ありったけの思いを込めてルメーナ文字を綴る。

 最後にガイモンさんが複製した左手を反転して右手として装着の言葉を綴って魔石に入れ込む。


 よし、できた!


「ぐうー」


 うお! ホッとしたらお腹がすいた。


「マリア…今皆さんがお前の事を女神のようだと絶賛していたところなのに…つくづく残念な子だ」


 ガイモンさんがため息混じりに呟いた。

 そんなガイモンさんの肩に手を置いてベリーチェが言った。


「しかたないでしゅ。マリア、いちゅもおなかすいてましゅ。ねっ、ルーちゃん?」


 失礼な、いつもじゃないよ!

 ルー先生、そこで頷かないの!


 それからちょっと早い夕飯を工房のダイニングで皆で取り、核魔石が出来たからこのまま義手作成を進めましょうという事になった。


「はい、では次はガイモンさんですね。核魔石を義手に挿入して下さい」


「おう、わかった。任せろ」


 そう言うと、ガイモンさんは本物にしか見えない義手に魔力を込めて核魔石を押し込んでゆく。


 まるで腕に吸い込まれるように入っていく魔石。


 なんだか、イリュージョンを見ているみたいだ。

 魔石が完璧に挿入されると、さっきまでデリックさんの左腕の形だったものが反転し、右腕となっていた。


「出来ましたね! じゃあ、さっそくデリックさん、付けて見て下さい」


 私の言葉にゆっくりと頷くデリックさん。

 緊張の面もちで義手を右腕にあてがうとフワッと白銀の光が覆った。


「す、すごい! 俺の右手が帰ってきた!」


 デリックさんは装着した右手をグーパーしながら動かし、手首を回しながら叫んだ。


「ありがとう、ありがとう。君達には本当に感謝しかない。もしこの先、君達に困ったことが起きたなら必ず俺が助けに駆けつけると誓おう」


 良かった。喜んで貰えて。

 本当にガイモンさんの複製のスキルはすごい。

 どこからどうみても本人の腕だ。

 もちろん、継ぎ目も目視できないように魔法陣を構築したので完璧だ。


 ルキーノさんとゲルマンさんもデリックさんの腕をしげしげと観察して驚きの声を上げた。


「すごい!」


「ああ、これは完璧だ」


 その後、帰ってきたお父様がルキーノさんとゲルマンさんがいたことで上機嫌となりその場に居た男性陣は皆飲み会へとなだれ込んだ。


「ベリーチェ、私達はお部屋に戻りましょう。シュガーが待ってるわ」


「あい! もどりましゅ。ねぶしょくは、おはだにわるいでしゅ。びようのたいてきでしゅ!」


 うん、そうだね。

 あれ? でもベリーチェって睡眠必要だっけ?

 それに、ぬいぐるみのクマに美容って関係ある?

 

 ま、良いか。

 可愛いから許す!


 さぁ、帰ろっと。

 私は、ベリーチェと手をつないで工房を後にしたのだった。


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