第52話 お客様第一号

 デリックさんに絡まれた日からすでに1ヶ月。


 年末から新年を迎えた。

 毎年王都で行われる祝賀会も終わり、いつもの日常が戻って来た。


 祝賀会と言うのは王城のバルコニーで国王様の新年のお言葉を聞いてお祝いと言う名のお祭り騒ぎをするものだ。

 街中がいつもより賑やかになり誰もが浮かれる期間だ。


 ちなみにアンドレお兄様は学園が長期お休みに入ったので、リシャール領に趣、樹脂車輪とサスペンションの工場立ち上げを指揮している。


 丸投げですみません。


レオンさんは学園のお休み中に演奏会の小ホールを使用出来ると言うことで、昨日から学園の寮で生活をしている。


 そんな事もあり、魔力測定のためにギルドに行くことが出来ないまま、ズルズルと1ヶ月も経ってしまった。


 新しい年になったことで気持ちもリセットされ、そろそろ行ってみようかと思っていた矢先にルキーノさんから連絡が来た。


 義手の作成の仕事だ。

 魔法契約を交わしたお客様第一号が決まったのだ。


 今日、工房の方にルキーノさんが連れてきてくれるらしい。

 そして、私はせっせと工房をお掃除しているところ。


「なあ、もう掃除は良いんじゃないか? もともと汚れてないし」

 そう言うガイモンさんに私は言い返す。


「汚れてますよ。エールの瓶が何本あったと思ってるんですか? ちゃんと片付けられないのならお酒は禁止にしますよ?」


 まったく、大人達は何かというと集まって男子会をしているようなのだ。

 羨ましすぎるではないか。


「いや、あのな、最近はセドリック様も参加する事が多いんだ。俺達が片付けようとすると一緒にやろうとするもんだから必然的に片付けは後回しになっちゃうんだよな。まさかリシャール伯爵家当主に掃除させるわけにはいかないだろう?」


 なに?

 お父様も飲み会に参加しているだと?

 それって、新入社員の飲み会に上司が乱入って感じ?

 うわあ、一番嫌われるパターンだよ。

 後でお父様にそれとなく注意してあげなきゃ。


「お父様が皆さんにご迷惑かけているなら仕方ないですね。ここは大目に見て上げましょう。さあ、お掃除は終わりです。お茶の用意をしますね」


「えっ? ま、まて。お茶ってマリアが入れるのか?」


「そうですよ? なんでそんなこと聞くんですか? あ、でもお茶をお出ししたら奥に引っ込みますよ。表舞台に出ないとお父様と約束しましたから」


「いや、そう言うことを心配しているんじゃなくてだな。ああ、そうだ! お茶はランさん、いやメアリーに頼もう。うん、そうだその方が良い。安全だ」


 安全?

 どういう意味だ?


「ランもメアリーさんも今日はお出かけしてますよ? ちなみに、ナタリーもです。メアリーさんの入学の準備に制服の引き取りや文具用品を買いに行くって言ってたじゃないですか」


「あ! しまった、そうだった。じゃあ、お茶は俺が入れる。マリアに任せることになぜか危険を感じるからな」


 な! 失礼な!


「いったい、どんな危険を感じるんです? まあ、クッキーはちょっと失敗でしたが、お茶ぐらいちゃんと入れられますよ」


「あれはちょっとと言うレベルじゃなかったがな。じゃあ聞くがマリア、このティーポットに茶葉はどれくらい入れるか分かるか?」


「もう、それぐらい分かりますよ。二人分ならティーパック一つで十分です。人数が増えたらその分ティーパックを増やせば良いんです」


「えっと、そのティーパックってなんだ?」


 え?  ティーパックを知らない?


「茶葉が一杯分づつ袋に入っているやつですよ?」


「マ、マリア、もしかして茶葉は小分けになっていると思ってるのか?」


 ま、まさかこの世界にティーパックなるものはない?


「あ、あははは…もしかして、そんな物はない?」


「あのな、むしろそんな物があると思っているマリアに驚きだ。俺もお茶を入れるのは得意じゃないが、茶葉の種類によって分量とお湯の温度を変えるとかぐらいは知ってるぞ」


 ガイモンさんのその言葉に撃沈。

 ああ、前世は紅茶からほうじ茶までティーパックが出回っていたのだ。

 よく考えたら、緑茶でさえもペットボトルなるもので用が足りていた。

 実家にいたころは母や妹がお茶を入れてくれ、一人暮らしをしてから自分でお茶を入れるときはティーパックをカップに直接入れてそのまま飲むという女子力低めの生活だった。


 せめて彼氏でもいたら違っていたのだろう。

 あ、こんな女子力だからいなかったのだろうか?


「いや、良いんだ。よく考えたらマリアは一応、伯爵令嬢だった。お茶の入れ方なんて知らないのも当然だ。だからマリアは何もしなくて良いからな」


 いえ、たんなる庶民なのにお茶ひとつ入れられない未熟者です。


「すみません。じゃあ、お茶はガイモンさんにお任せします」


 そんな会話をしているとシュガーとベリーチェが工房に入ってきた。


「ルーちゃんのでんごんでしゅ。おきゃくしゃま、きまちた。ルーちゃん、あんないちてくるでしゅ」


 来た!


 私達のお客様第一号!




 ***************




「で? あんた、何しに来たんだ?」


 応接エリアのソファに腰掛けるなりこう言ったのはガイモンさん。


 それもそのはず、ルー先生が案内してきたのはルキーノさんとデリックさんだった。


 私も何が何だか分からずポカンと口を開けて固まっていた。

 あまりの驚きに奥に引っ込むのを忘れてそのままガイモンさんと並んで座ってしまったではないか。


 向かい側のソファにはルキーノさんとデリックさん。

 そしてルキーノさんの膝の上にちゃっかりとベリーチェが座っている。


 デリックさんがベリーチェを見て驚いているがルキーノさんがベリーチェを紹介してくれて納得したようだ。


 そんな中、ルー先生が流れるような優雅な手つきでお茶を入れる。


「君の言葉はもっともだ。だが、今一度、デリックに謝罪の機会を与えてやってくれ。俺に免じてこの通りだ」


 そう、言ってルキーノさんが頭を下げる。


「ベリーチェにめんじてこのとおりでしゅ」


 ルキーノさんの膝にちゃっかり座っているベリーチェまでも頭を下げる。


 今度はデリックさんが口を開いた。


「マリア嬢、君にはなんと言って謝ったら良いか分からない。この前は本当に失礼な態度をとってすまなかった。そして命を助けてくれたこと、感謝する。ありがとう」


 そう言って頭を下げるデリックさん。

 えっと、今日はデリックさんが謝りにきただけかな?

 義肢の仕事依頼じゃないってこと?


「頭を上げて下さい、デリックさん。その謝罪とお礼の言葉、受け取ります。今日はそれを伝えに来てくれたんですね」


 もうデリックさんは死んだ方が良かったなんて思ってないってことだね。

 良かった。

 本当に人の心は複雑でコロコロと変わるんだね。

 そう私に教えてくれたルー先生をソッと見ると、綺麗な笑顔が返ってきた。

 くうう、超絶イケメンの笑顔、眼福です。


「いや、それだけじゃないんだ。実はデリックの義手を君達にお願いしようと思ってね。あ、デリックには俺の独断でマリアが義肢事業に関わっていることを話してある。冒険者の中にも事情を知っている者がいると情報を操作し易いからな。セドリックにも了承を得ているので安心してくれ」


 そうルキーノさんが言うと、デリックさんは頷いた。


 え? デリックさんの義手?

 だってデリックさん、傷が深いだけなはず。


 私とガイモンさんが首を傾げる中、デリックさんがゆっくりと着ていた詰め襟のマントを脱いだ。


 あ! 手! 手がない?


「あ、あのどうしたんですか? その手は?」


「実は、毎日治癒師のところに通っていたんだが治癒魔法のレベルが低くて傷口の奥が化膿しだしたんだ。それでエドマンドさんに切断を推奨された。初めは躊躇したが、ルキーノさんの後押しもあって決心した。君達に俺の義手を作って欲しい。頼めるだろうか?」


「もちろんです! ね? ガイモンさん?」


 初めての仕事の依頼に少し食い気味に返事をすると、ガイモンさんも頷いた。


 さぁ、最高の義手を作ってみせましょう。

 その前に気になることをデリックさんに忠告だ。


「あ、デリックさん。同時に3人の女性とお付き合いをするのはやめた方が良いですよ?」


「誤解だ! 付き合ってない!」


 ふうっ、浮気男はいつもそう言うんだよ。


 そんなデリックさんにルキーノさんの膝の上にお座りしているベリーチェがとどめの一言。


「デリックしゃん、けがれたおとなでしゅ」


 うん、ベリーチェ、また一つ賢くなったね。


「け、汚れた大人…」


 そう呟きながら肩を落とすデリックさんにルキーノさんが背中を叩きながら大笑いをした。

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