第51話 親友との約束 デリック視点

「おい、デリック、もう酒はそのくらいにしとけ。怪我にも響くだろ?」

 朝からギルド隣接の食堂でエールをがぶ飲みしている俺にそう声をかけたのは店主のリーマンだ。


「俺のことは、ほっといてくれ!」

 やけ気味にそう叫ぶとリーマンはやれやれとばかりに首を振り奥に引っ込んでいった。

 その様子に自嘲気味に笑いが込み上げる。


 何やってんだ俺。

 こんなはずじゃなかった。

 包帯が巻かれた右腕を見ながらまたエールを呷った。


 もうこの腕が前のようには動かないとギルマスから聞かされたときは目の前が真っ暗になった。


 怪我が治るまでの所注意をギルマスのルキーノさんが説明してくれたが俺の耳を素通りする。

 はっ、そんな事を注意してどうすんだ?

 どうせこの腕が動いたとしても冒険者として剣を振るのは無理なんだろう?


 だったらこの腕は無いのと一緒だ。

 この先、冒険者としてやっていけないのなら死んだ方がましだ。


 あいつとの約束が果たせないのなら…

 ニック…

 俺と一緒に孤児院で共に育った、親友であり兄弟でありそして命を預け合ったパーティーメンバー。


 孤児院で同い年の俺達は必然的に仲良くなった。

 ニックは女と見紛うような綺麗な顔立ちに魔法の才能があったため、何度か貴族から養子の申し出があった。

 俺と違ってどことなく気品もあったのも要因だ。


 そして10歳になった時に、子爵家の養子となって孤児院を出て行った。


 その時の事は今も忘れられない。

 貴族の馬車が迎えに来て上等な服を着せられて馬車に乗り込むニックにきっと幸せになれると笑顔で送り出した。


 俺はニックを乗せた馬車の後を力がつきるまで追いかけながら手を振った。

『お前のことは忘れない。ニック幸せになれよ』と、思いを込めながら。


 それから三ヶ月後の嵐の夜、ニックはボロボロになりながら孤児院に戻ってきた。


 鞭打たれたような背中のミミズ腫れや手首に縄で縛られた痕から、引き取られた子爵家でなにかあったのは一目瞭然だった。

 俺達がいた孤児院は修道院の経営でその当時の院長はとても厳格なシスターだった。


 一度、養子となって手放した子供が勝手に戻ってきた事を厳格なシスターは許すだろうか?

 また子爵家に連れ戻されてしまうのでは?

 俺はニックを背に庇いながらシスターに訴えた。


『ニックは悪くない、悪いのは貴族の方だ』と。

 そんな俺にシスターは優しい笑顔を向けた。


「もちろんです。私の大切な子供を傷つけられて黙ってはいられません。早速、子爵家に抗議と養子縁組み無効の手続きをいたします。ニック、ごめんなさいね。私の調査が不十分でした。あなたをこのような目に合わせたそれ相応の償いをモンテス子爵にしてもらいます」


 そう言って俺達を抱きしめてくれた。


 孤児院に戻ってきたニックは子爵家でなにがあったかは俺に話さなかった。

 でも俺はそれで良いと思った。

 話したくなったら話せば良いし、話したくなければ話さなくて良い。

 ただ、シスター院長にはすべて話したようでその後のシスターはモンテス子爵の爵位剥奪をあらゆる伝手を使い実現させてしまった。

 子供ながらに怒らせてはいけない人だと認識すると共に尊敬に値する大人だと心に刻んだ出来事だった。


 その事をきっかけにニックと二人で誓い合った。

 自分達も弱い者を守れるようになろう。

 そして困っている人に手を差し伸べられる大人になろうと。


 その後、俺達は独り立ちをすべく、13歳で冒険者ギルドに登録し薬草の採取から始まるG級から地道に階級を上げていった。


 ギルドで稼いだ金はシスター院長へ送金した。

 孤児院の運営に役立てもらうためだ。

 それが俺達が出来る恩返しだった。


 そんな中、18歳でC級までランクアップした俺達は冒険者ギルドでも名が知られるようになった。


 たった二人だけのパーティーだったもんで色々なパーティーから誘いがあったが俺達は二人で十分だと断り続けたのだ。


 そして事故が起きたのは20歳の時だった。

 その時の俺達はB級の冒険者だった。


 A級昇格テストを受けるにはあと大物の魔物討伐を3件こなし、護衛依頼を5件こなさなければならない。


 俺達なら楽勝だと思い上がっていた。

 隣国との境界線に位置する『幻想の森』で遭遇したのは土竜だった。S級とA級ランクのパーティーでようやく仕留められると言われている魔物だ。


 土に潜り、足下から襲いかかる土竜に悪戦苦闘したが俺達は見事に奴を仕留める事が出来た。

 途中、土竜の振り払われた尾がニックの腹を直撃するアクシデントはあったが。


 ドロップされた土竜の魔石と革などの素材を採取して内臓は燃やして帰路についた。


 そしてその途中でニックが突然口から血を吐き倒れ込んだ。

 その時起こった事はスローモーションのように目に焼き付いている。


 腹を押さえて咳き込むたびに口から血を吐くニックに手を握りながら名前を呼ぶことしかできなかった。


 ようやく近くの村に付き、町から治癒師を呼んだが手遅れだった。


 死ぬ間際にニックが笑顔で言った。


「デリック、今までありがとう。お前がいたから俺の人生は輝けたよ。楽しかった。お前はこの先S級冒険者を目指してくれ」


「ニック、ニック、嫌だ! 死ぬな! お前がいなくちゃS級になんてなれない!」


「デリック、お前ならなれるよ。S級冒険者にいつか必ずなるって信じてるよ。俺の分まで幸せになってくれ。俺の最後のお願いだ」


「わ、わかった! きっと、S級冒険者になるよ。約束する」


 俺がそう言うとニックは安心したように目を閉じた。



 ****************



「おい、デリック大丈夫か? 眠いなら家に帰れよ。今、ギルドに3人娘が来てるらしいぞ。付きまとわれるのが嫌なら見つからないうちに帰れ」


 リーマンの声でハッと目を覚ます。

 どうやらニックの事を思い出しながらうとうとしてしまったらしい。


 ニック…

 すまない。

 お前との約束は果たせそうもない。

 この先俺は何を目標に生きて行けばいい?


「あ、そうだ。3人娘も居るんだが、お前を助けたマリアっていう子供も来たみたいだぞ。さっき若いやつが騒いでた」


 なに?!

 俺を助けた子供が来てる?


 そのリーマンの言葉にいてもたっても居られず、食堂を出て冒険者ギルドに駆け込んだ。


 途中、いつもまとわりついてくる3人娘を振り切り、マリアとい子供をさがす。


「おい! マリアって言うのが来たと聞いた! どこにいる?!」


 俺の声に反応して他の奴らが一斉に視線を向けた先を見る。


 あいつか!

 ちょうど受付前のカウンターに居るところを見つけて問い詰める。


「お前が、マリアか?」


 ピンクゴールドの長い髪に大きな深い緑色の瞳。

 ニックの瞳を思い出させるその瞳に思わず鋭い視線を向ける。


「そうです。私がマリアです。あなたはデリックさんですか?」


「そうだ。デリック・ビートンだ。なぜ、俺を助けた?」


 あのままほっといてくれたら死んだはずだ。

 あの時のニックと同じように咳き込んだ途端血を吐いたんだから。

 俺の言っていることが理解できないようでだまったまま俺を見上げる子供にさらに声を張り上げた。


「どうして、俺を助けたんだ?! この手はもう元の様には動かない! 冒険者を辞めるくらいなら死んだ方がましだ! あのまま死なせてくれれば良かったんだ!」


 苛立ちのまま言葉を吐き出した俺に向かって今度は子供の方が声を張り上げた。


「じゃあ、死ねば良いじゃないですか! でも私の知らないところで死んで下さい。言っときますけど、その場面に私が直面したら、きっとまた同じ様に助けるわ。目の前に救える人がいたら何度だって同じことをするわ! あなたもそうでしょ? だから、魔物からあの少年を身を挺して守ったんでしょ? 世の中にはね、生きたくても生きられない人がいるんです! 死にたくないのに死ぬ人がいるんです! あなたは生きてるじゃない!未来があるじゃない!」


 その言葉にガツンと頭を殴られたような気がした。


『生きたくても生きられない人がいるんです! 死にたくないのに死ぬ人がいるんです!』


 その言葉が頭の中でこだまする。

 ああ、その通りだ…


 気づくとひとりの男が目の前に立ちはだかっていた。

 どことなくニックと面影が重なる男が俺に向けて言った。


「あんたの命が助かって、少なくともここにいる人達は喜んでいたよ。あんたが助けたあの少年もね。でもあんたが死にたいというのならオレ達は止めない。好きにしたらいい。金輪際、お嬢様に近づくな」


 呆然とその場に立ち尽くし彼らの後ろ姿を見送った。

 俺はしばらくその場を離れることが出来なかった。


「デリックさん、ルキーノさんがお呼びです。二階へどうぞ」

 受付のカトリナに声をかけられてハッとした。



「デリック、マリアに酷いことを言ったようだな」


 二階のギルマスの執務室でルキーノさんは開口一番そう言った。

 頭の中がグチャグチャでうまく言葉を選べない。

 そんな俺にルキーノさんは追い討ちをかけるように言葉を続けた。


「マリアの母親は魔物に殺されたんだ。自分の目の前でね。だからお前のことは何としても助けたかったに違いない」


 ああ…

 もう口から出た言葉は取り消せない…


 俯いたまま答えない俺にルキーノさんが言った。


「悪いことをしたら謝ることは小さな子供でも知っているぞ。なあ、ニックはお前がS級冒険者になれないぐらいなら死ねばいいなんて言う奴だったのかい?」


「ちがう! ニックはそんな奴じゃない! 最後まで俺の幸せを願ってくれた。強くて優しい奴だった」


「そうか。お前もそうだろう? 強くて優しい奴だ」

 ルキーノさんはそう言って俺にソッと笑いかけた。



 


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