第48話 不毛な馬鹿合戦


 A級冒険者のデリック・ビートンさんの治療を終えて医師の到着を待っていると先程、私を頭の弱いガキ扱いした男が近づいてきた。


 後ろに他の冒険者達を従えて私の前に勢揃いだ。

 ガイモンさんと、ルー先生がさっと私の両脇を固める。


 なんだ? またいちゃもんをつける気か?

 相手になってやろうじゃないの!


 いつでも殴りかかれるようにファイティングポーズで待ちかまえていると、先頭の男が口を開いた。


「さっきはすまなかった。デリックさんを助けてくれてありがとう」


 その言葉を皮きりに後ろにいた冒険者達も『ありがとう』と口々に言いながら頭を下げる。

 はあ、なんだか拍子抜け。

 お礼を言いに来ただけか。


「あ、いえ、こちらも大声で怒鳴ってすみませんでした」


「いや、あれは俺が悪いんだ。人を見かけで判断してはいけないという事がよく分かった」


 ん? なんかサラッと失礼な事を言われたような?


「ただの頭が弱そうなガキにしか見えなかったもんだからついムキになってしまった」


 重ね重ね失礼な奴だ。

 年の頃は25歳位だろうか?

 緑色の短髪、つり上がった青い瞳に筋肉マッチョの体。

 見るからに脳筋という感じだ。

 頭の弱いガキ言うな!


「あのですね、私は頭は弱くありません! あなたより、頭は良いはずです」


「な! 俺は馬鹿じゃないぞ! お前こそ、大きなぬいぐるみが無いと外にも出られないガキじゃないか」


「ベリーチェはただのぬいぐるみじゃないんです! 今日はルキーノさんとゲルマンさんにベリーチェを見せるために連れてきただけです」


「は? ギルマス達がぬいぐるみなんかに興味あるわけないだろ? やっぱりお前、馬鹿だろう?」


 な、なに?!


「馬鹿って言った方が馬鹿なんです! ばーか!」


「じゃあ、お前も馬鹿だよな! ばーか!」


「ばーか! ばーか!」


「なに! ばーか! ばーか!」


「「おい、2人ともやめろ!」」

 私達の不毛な馬鹿合戦にそれぞれの味方陣が止めに入った。


 私はガイモンさんとルー先生を交互に見ながら言った。


「今のは私の勝ちですよね?」


「「勝ち負けじゃない!」」


 むむむ…


「これはいったい、なんの騒ぎだ?!」

 そこへ治癒師と医師をそれぞれ迎えに行っていたギルマス達が帰って来た。





 **************




「で? ブラッドはデリックを治療してくれたマリアにお礼を言いに行ったはずのなに馬鹿と罵ったと?」


「い、いえ、えっと、違うんです。違うんですけど、違いません」


「どっちなんだ?」


 只今、ルキーノさんの取り調べを受けている最中です。


 あの後、受付嬢のカトリナさんがギルマス達がいなかった間の話を説明し、ゲルマンさんが連れてきた治癒師はもう出番がないということでまたゲルマンさんが送って行った。


 そしてルキーノさんが連れてきた王都と隣街の間で診療所を開いている医師のエドマンドさんが残ってデリックさんの診察をしてくれている。


 その間に私達はギルドの待合いスペースで双方の言い分をルキーノさんに聞いてもらっていると言うわけ。


 そういえば、デリックさんの怪我の原因は先程の魔物の名前を教えてくれた少年を助けたときに襲われたようだ。


 冒険者ギルドはこれにて閉店となり、他の冒険者達はルキーノさんの鶴の一声で帰って行った。


 テーブルを挟んで向かいに座っているルキーノさんが口を開いた。


「あのな、マリアがベリーチェを連れてきたのは我々にみせるためと言うのは本当だ。そのことでマリアが偏見の目で見られていたとは申し訳ない」


「あ、いえ。今日、ベリーチェを連れてきたのはこちらの都合なのでルキーノさんが気にされることではありません」

 そう私が言うと斜め前に座っているブラッドと言う青年が驚いたように目を見開いた。


「え? じゃあ、本当にギスマス達に見せるために? なんのために?」


 だから最初からそう言ってるだろが。


「悪いがそれは企業秘密なので言えない。だが、マリアはれっきとした伯爵家の令嬢だ。頭が弱いというのもお前の誤解だ」


「伯爵家の令嬢? これが? さっき俺に向かって両手の拳を握りしめて今にも殴りかかって来そうでしたよ?  普通の貴族の令嬢はそんなことしませんよね?」


「それはあなたが勝手に想像してる令嬢の姿です。私はいたって普通のどこにでもいる令嬢です。他の令嬢達となんら変わりませんよ」


 そう言いきった私にガイモンさんとルー先生が首を振りながらため息をついた。


 何か文句でも?


「まあ、普通の令嬢かはともかく、ブラッドはマリアにずいぶんと失礼な態度をとったそうだな? それに対してはちゃんと謝罪したほうが良いな」


 その言葉にブラッドさんが頭を下げた。


「あー、その、俺の勘違いですまない」


 ルキーノさんの言葉にちょっとばかり引っかかる箇所があったが、ブラッドさんが素直に頭を下げてくれたので良しとしましょう。


「いえ、私も言い過ぎました。ごめんなさい」


 とりあえず、お互いに頭を下げて馬鹿合戦は終結した。


 そこへ、デリックさんの診察を終えたエドマンドさんがこちらに歩いてきた。


「ギルマス、デリックの診察が終わったぞ。それにしてもあの治療は誰がしたんだね? 全身を鑑定したが完璧な治療じゃったぞ。腹の中まで修復してあって驚きだ。儂が来た意味が無いくらいだ。白の騎士団でも呼んだのか?」


「いや、治療をしたのはここにいるマリアだ」


「ほお、このお嬢さんが?」


「あ、マリアーナ・リシャールと申します。マリアとお呼び下さい。エドマンド先生、デリックさんの腕の怪我ですが、どんな感じですか? ちゃんと治りますか?」


「うむ、元のようには難しいだろうな」


「えっ?! そ、それはどういう意味ですか?」

 エドマンド先生の言葉に驚きの声を上げたのはブラッドさんだ。


「傷がな、深すぎるんじゃよ。手を動かすための大事な部分がごっそりと欠損しておる。さすがに治癒魔法でもここまで欠損した部分の修復は出来んからな。傷口が塞がるまで油断は出来ない。深い傷は塞がるまでに中から腐敗する可能性があるのじゃ。これから毎日治癒師のところに通うことになるのう」


「そうですね。細菌感染が一番怖いですからね」

 と私言えば、皆さんが不思議そうな顔でこちらを見た。


「マリア、細菌感染とはなんじゃ?」


 え? 細菌感染を知らない? 

 そうか、この世界、治癒魔法なんてものがあるから、医学があまり進歩してないんだ。


「えっと、この空気中には目に見えない汚れが漂っているんです。それが細菌です。私たちの体にはその細菌を自然とはねのける力があるので少しの怪我なら問題ないんですが、デリックさんほど広範囲の傷口は細菌が付着しやすく増殖するんです。それが細菌感染です。増殖した細菌により組織が腐敗してしまうんです」


「なんじゃと? 細菌とは血肉を食い荒らす見えない魔物か!」


 うーん?

 全然違うけど、イメージ的にはあってる?


「魔物とは違いますが、まあそんなものだと思っていただいて良いと思います。先程、エドマンド先生が言っていたように毎日治癒師のところに通うと言うことは治癒魔法に含まれる浄化作用で細菌を殺すということです」


「なるほど…大怪我をして治癒魔法を受けない者が手や足が腐りかけたりするのはその細菌のせいなんじゃな」


「そうですね。あ、果物など食べ物が腐るのも細菌のせいですよ」


 本当は細菌にも良いやつがいるんだけどね。腸内細菌とか。

 でも今そんなこと言うと混乱するだけだからね。


「しかし、マリアはなんでそんな事を知っておるのじゃ? まだ学園にも通っていない年じゃろう?」


 へ?

 わあヤバい、調子に乗って喋りすぎた。


「そうね、それはあたし達も知りたいわよねえ、ガイモン? マリア様が男達を押しのけながら怒鳴りつけたときは心臓が止まるかと思ったわ」


「ああ。それにマリアが怪我人を治療し始めたときもな。まあ、不思議と安心感があったがな」


「ふふふ、そうね。それにしてもマリア様は自分に光属性があるのを知ってたの?」


 うお、ルー先生からの直球をもろに食らった。


「そ、それはですね。怪我の処置については、自宅の図書室で本を読んだんです。前はお父様は夜は遅いし、お兄様は寮だったので私は独りの時間が多かったから…」


 そう俯きながら言ったところルー先生とガイモンさんがぎゅっと眉を寄せた。


 孤独な少女の友達は図書室の本達という設定です。


「光属性は、前にカントさんの薔薇園の薔薇をシュガーが踏み荒らしたことがありまして…」


 そこで手をかざして元に戻れ生き返れと念じたら、ちぎれかかった花びらが元に戻り、折れた茎もシャキッとしたことで光属性がある事を確信していたことを話した。


「これはやっぱり、魔力測定をやり直した方が良いわね。10歳の魔力測定の結果が今と全然違うんですものね。明日にでも神殿に申し込みましょう」


 そう言うルー先生にルキーノさんが声をかける。


「ああ、じゃあ、ここで測定するといい。登録者用の測定器がある。学園に置いてあるものと同じだからスキルも分かるぞ」


 なんと! 学園入学前に調べる方法がここにあった!


 結局、その日はこのまま帰ることになり、後日改めてギルドで測定をする事になった。


 そして、デリックさんの診察結果を明日、ルキーノさんから伝えるらしい。


 それを聞いてブラッドさんも深刻な顔をしていた。


 S級に昇格目前の冒険者には酷な通達だ。


 デリックさんの心情を思うととても気の重い1日の終わりだった。

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