第45話 手土産持って挨拶は基本です

「あー、えっと、マリア、この黒い石はなんだい?」


 工房の一角にあるダイニングに入ってくるなりそう言うガイモンさん。


 私は朝から工房のキッチンにこもりお料理中なのだ。

 伯爵家のご令嬢がお料理なんて、とランさんが騒ぎ出したが、

 侍女長のリンダさんの取りなしで工房の厨房限定で許可が降りたのだ。


「何って、これはクッキーです」


「クッキー? 聞いて良いか? 俺の知ってるクッキーというのは食べ物なんだが、これは食べ物じゃないよな?」


 うーむ。

 なかなか痛いところをつく発言だ。

 想像していた物とずいぶんと違う出来上がりで一番驚いているのはこの私なんですよ、ガイモンさん。


「いったい何がいけなかったんだろ?」

 その私の呟きに様子を見に来たランがため息をつきながら口を開いた。


「マリアお嬢様。お菓子作りは正確な分量を計るのが基本なんです。厨房の残骸から推測するに塩をお使いになりましたね? それも大量に。それにチョコの量も計ってないですね。紅茶の葉まで大量に入れて、極めつけは釜の温度と焼き時間が多すぎですね。これは、もはやクッキーと呼んではいけない代物のようです」


 ぬゎに、クッキーではない?


「だって、お砂糖入れすぎたから味をお塩で修正したのよ? それに、チョコクッキーに紅茶で風味付けしたら美味しいかと思って入れてみたの。あとは、こんがりと焼き上げるために釜の温度と焼き時間を多めにしてみたんだけど、どれがいけなかったんだろう?」


「「全部だ!」」です!」」


 なんと!


「だいたい、マリアはなんでクッキーを作ろうと思ったんだ?」


「だって、今日の午後はギルドマスター達にご挨拶に行くじゃないですか。その時の手土産にと思いまして。これからお世話になるのに第一印象は大事ですからね」


「なるほど。確かに第一印象は大事だな。だが、この黒い石を手土産に持って行ったら殺意があると思われるな」


 さ、殺意?

 それは大変だ!


 それから、ランさんが手際良くクッキーを作り直してくれた。

 途中、お勉強の息抜きに工房へ顔を出したメアリーちゃんも参加して二人で楽しそうにお菓子づくりをする傍らで私も少しでも手伝おうと奮戦したがガイモンさんに止められた。


「マリア、その手に持っているものはなんだ?」


「ブラックペッパーとチリペッパーです。甘いクッキーだけじゃつまらないかと思いまして。大人向けピリ辛クッキーも良いかなと」


「あー、あのな。クッキーは本来甘いものだから。誰もクッキーにピリ辛味を求めてないと思うぞ。と言うか、クッキーを口に入れたとたん辛かったらそれはもう嫌がらせ以外の何者でもない」


 い、嫌がらせ…

 ガイモンさんの一言に撃沈。

 大人しくランさんの手作りクッキーを待ちますか。





 *************




 さて、やってきました冒険者ギルド。


 一階は食堂、二階、三階は宿泊施設になっている建物を挟んで両脇に商業ギルドと冒険者ギルドが建っている。


 今日は冒険者ギルドでギルドマスター達と面談の予定だ。


 木製のドアを開けて中に入ると一斉に視線が向けられる。


 依頼の発注をしに来たと思われる商人や依頼の用紙が貼ってあるボードに群がる冒険者達。


 わお!

 RPGの世界だ。


 ここで新参者は屈強な冒険者から絡まれるんだよ。

 さあ、どこからでもいらっしゃい!


 両脇をガイモンさんとルー先生に固められてワクワクと皆さんの動向を見守っている私。


 あれ? 誰も絡んでこない?

 それどころか、一斉にこちらを見たくせにその後は目さえ合わさないように視線をそらすではないか。


「うーん? 誰も絡んでこないな」


 これはガイモンさんとルー先生が原因か?

 この二人が強そうに見えるとか?


「言っとくけど、誰も絡んで来ないのはマリアが原因だからな。俺達のせいじゃない。絡まれて喜ぶのもどうかと思うがな」


「え? 私が原因? 私ってそんなに強そうに見えます?」


「ぶっ、もうなに言ってるのよマリア様ったら。その逆よ、弱そうに見えるのよ。おもに頭がね」


 頭が弱そう?

 あ!


 今日は私達の事業の話をするのに錬成術の成果を御披露目することになっているのだ。


 レオンさんとメアリーちゃんがその成果を見せるのに付いて来ると言ってくれてたが、二人を見せ物にする気はないので丁重にお断りして代わりにベリーチェを連れてきたのだ。


 レオンさんとメアリーちゃんの義肢が成功した後、ベリーチェの両目の魔石を利用してゴールム化したのだ。


 前世であった人工知能をイメージして作成した自信作。


 おしゃべり機能も搭載、人との触れ合いで成長するクマのぬいぐるみだ。


 日記の入っていた空洞部分にも魔石を入れて発する言葉と表情が連動するように設定。

 あ、でもこれは本当に目や口が動くわけではなく、そう見えるように幻想の術が発動しているだけ。

 それにより、表情豊かに反応するベリーチェはまるで生きている子クマだ。


 ゴーレムのベリーチェは今やリシャール邸のアイドルだ。


 シュガーと一緒にお散歩する姿に誰もが癒されている。


 いつもシュガーといるから最初に発した言葉は「ワン!」だった。

 これはちょっと寂しかった。

 そんなこんなで今のベリーチェの知能はだいたい2歳ぐらいだろうか。


 そんなベリーチェを抱っこしている私。

 大きなクマのぬいぐるみを抱きしめて冒険者ギルドに現れた女の子は皆さんの目によほど痛い子に見えるのだろう。


 誰もが関わっては面倒なことになるとばかりに視線を逸らす。


 くうっ、でもここでベリーチェを歩かせるわけには行かない。

 私がルメーナ文字が解読できることはギルドマスターにしか教えてはいけないとお父様からきつく言われているのだ。


 ここは痛い子認定を甘んじて受けましょう。


 冒険者ギルドの受付にいたお姉さんにギルドマスターに会いに来た旨を伝えると早速、二階にある二十畳ほどの会議室に案内された。


 受付のお姉さんが私に可哀相な子を見るような目を向けながら皆にお茶を出してくれた。

 ちょっぴり、へこむ。

 ごめん、ベリーチェ、取りあえずテーブルの下に隠れていてね。

 第一印象は大事なのだ。



 待つこと5分。


 ノックの後入って来たのは2人の男性。


 熊とゴリラ?


「君がセドリックの愛娘か。奥方に良く似ている。ああ、すまない。俺は冒険者ギルドマスターのルキーノ・ガラッシだ。ルキーノと呼んでくれ」

 そう名乗ったのは髭もじゃの熊のような大男だ。

 紺色の癖毛に深い緑色の瞳は意外と優しそうだ。


「私は商業ギルドマスターのゲルマン・シャンドルだ。ゲルマンと呼んでくれ。セドリック団長には騎士団時代に大変世話になった。今日はよろしく頼むよ」

 こちらは眼光鋭いイケメンゴリラといったところか。

 濃い茶色の短髪に明るい紫の瞳。

 これでサングラスかけてたら『や』のつく職業の人だ。


 まずは自己紹介がてら、ランさん手作りクッキーを手渡した。

 ルキーノさんがあからさまに嬉しそうな顔をしたので甘いものがお好きなようだ。

 掴みはOK。


 さて、本題に入りましょう。


「ガイモン君のことはこの王都でも噂になっていたよ。王都の外れの街に腕のいい錬金術師がいるとね」

 そう言ってガイモンさんを見たのは商業ギルドマスターのゲルマンさんだ。


 へぇ、さすがガイモンさん。

 と言うことは、ガイモンさんの実力は認証済みってことだね。


「本当に義肢をゴーレム化なんて出来るのかい? いや、セドリックの言ったことを疑う訳ではないのだが…マリア嬢がルメーナ文字を解読出来ると言うのが信じがたいんだが」


 私にすまなそうな視線を送りながらそう言うルキーノさん。

 はい、ではその証拠をお見せしましょう。


「ベリーチェ、ルキーノさんとゲルマンさんのところまで行ってきて」

 私はテーブル下で隠れていたベリーチェに声をかけた。

 ベリーチェは頷くと、テーブル下をくぐり抜けルキーノさん達の座っている所までたどり着いた。


 一方、テーブル下で何が起こっているいるかわからないルキーノさんはきょとんとした顔をしていたが、どうやら自分の座っている足元に何やら気配がすると下を覗き込んだ。


「うわ! な、なんだ?! クマのぬいぐるみか?!」


「ぬいぐるみ型のゴーレムです。名前はベリーチェ。ベリーチェ、ご挨拶して」


 私の言葉にテーブル下から出てルキーノさんとゲルマンさんの間に立った。


「こんにちは。わたちはベリーチェでちゅ」


「しゃ、しゃべった!」

 椅子から転げ落ちそうになりながら驚くルキーノさんにベリーチェがとどめを刺した。


「クマのおじちゃまは、もちかちてベリーチェのおとうしゃまなの?」


「ぶぶぶっっっ!!!ギャハハハ!!! クマって! お父様って! お、お前、お父様って!!」


 笑いすぎです。

 ゲルマンさん。








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