第46話 悪い子じゃない!

 ベリーチェの爆弾発言に思わず頭を下げる。

「あ、あの、ルキーノさん、すみません…」


「いや、良いんだ」


 ゲルマンさんの笑いの衝動がようやく治まったところで、ルキーノさんが口を開いた。


「ゲルマン、お前笑いすぎだ。なる程、ぬいぐるみをゴーレム化したのか。それにしても良くできてる。会話もできるなんて驚きだ」


 ベリーチェはルキーノさんの足をはい上りちゃっかりと膝の上に座っている。


「ベリーチェは核魔石に人と接しながら経験値を積んで賢くなるように魔法陣を構築しました。今はちょうど2歳児くらいの知能があると思われます。これで私がルメーナ文字を解読できることは証明できましたか?」


「もちろんだ。それにしてもすごい。ゴーレムと言えば荷物運搬用が主流だが、知能があるゴーレムなんて初めて見たよ。ベリーチェ、俺は君の父親じゃないぞ」


「ルキーノ、こんな可愛い子にお父様なんて言われて良かったじゃないか。それにしても義肢のゴーレム化なんて発想もすごいな。これを見る限り期待できる。どれ、ベリーチェ、おじさんのところにおいで」

 そう言いながらベリーチェに手を差し出すゲルマンさん。

 ベリーチェは少し考えたあと素直にゲルマンさんの方へ手を伸ばした。


 ベリーチェを膝に乗せながらゲルマンさんが話しかける。


「ほう、感触はぬいぐるみだ。ベリーチェはクマを知っているのかい?」


「あい! ベリーチェ、ちってましゅ。おじちゃまはゴリラでちょ? だからベリーチェのおとうしゃまじゃないのでちゅ。ベリーチェはクマなんでしゅ」


「ご、ご、ゴリラ! ぶぶぶ!!」

 今度はルキーノさんが笑い出した。


「す、すみません! ベリーチェ、失礼なことを言ってはダメよ」


 そう言う私にルキーノさんもゲルマンさんも良いんだと手を振ってくれた。


 何が失礼なことかがわからないベリーチェはコテンと首を傾げている。

 ああ、子供は残酷なほど正直だ。


 それにしても何でベリーチェはクマやゴリラの事を知ってたんだろう?

 そんな事を考えていると私の隣でルー先生が肩を揺らせながら声をかけた。


「ダメよベリーチェ。ルキーノさんもゲルマンさんもクマでもゴリラでも無いわよ。それにしてもベリーチェは賢いわ。あたしが昨日見せた動物図鑑をちゃんと覚えてたのね」


 ルー先生、それ全然フォローになってませんよ。

 むしろクマとゴリラっていうのを肯定しちゃてますから。

 ほら、ルキーノさんとゲルマンさんが微妙な顔でベリーチェを見てるじゃないですか。


「えー、こほん。では早速、俺達の事業の説明をします。まずはゴーレム義肢の販促についてです」


 ガイモンさんがナイスタイミングでぐだぐだになったこの状況を仕切り直してくれた。


 そして前にお父様にした事業計画を説明し、ルキーノさんとゲルマンさんにも了承を得たのだった。


「では、魔法契約書はこちらで用意しよう。面談を通った者は君達の方で診察が必要なんじゃないか? そのための場所はあるのかい?」

 ルキーノさんの質問にガイモンさんが答えた。


「はい。リシャール邸の一角に工房がありますのでそちらに来てもらうことになります。この義肢の販促に関してはマリアは表舞台に立たないことになっているので主に対応は俺が担当します。なので世間的には俺がリシャール邸に間借りして商売をやっているという形になります。そこのところを周知徹底していただきたい」


「なる程。確かにマリア嬢はまだ子供だからこの力はまだ世間に公表するには早いな。俺達もマリア嬢の安全には気を配ることを約束しよう」

 そう言うルキーノさんの言葉に頷きながらゲルマンさんが口を開いた。


「あと、馬車の方はどんな感じだい?」


「えっと、馬車用の樹脂車輪とサスペンションは兄が担当します。今、リシャール領でシーナの木の栽培と工場の建設を指揮してます。義肢に使用するシーナの木は工房に在庫がありますから受注は可能です。馬車関係の起動は半年後を目指しています。試作品が出来次第こちらにお持ちします」


「それは楽しみだな。これから馬車の乗り心地が良くなるなら遠出をする人が増えるだろうな。王都から離れた町や村も活気づくだろう。そうすると経済も回るな。各支所の商業ギルドに受け入れ体制を整えておくように根回ししておくか」


 へぇ~

 さすが、商業ギルドマスターだ。

 経済効果まで考えているのか。


 一通り説明が終わってホッとしているとベリーチェがゲルマンさんの膝から降り、またルキーノさんの膝によじ登っていた。

 そうとう、ルキーノさんのことが気に入ったようだ。


「おとうしゃま、だっこちてくだしゃい」


「だから、俺はベリーチェのお父さんじゃないの。あ、ほらベリーチェのお母さんはマリアだろ?」


「マリア、おかあしゃまちがう。だいしゅきなおともだちなの。あのね、ベリーチェとマリアにはおかあしゃまはいないのよ」


 ベリーチェのその言葉に男性陣がなんとも言えない表情をした。

 あ、あれ? 何だか空気が湿っぽい?


「えっと、お母様はいないけどお父様とお兄様がいるので寂しくないですよ?」


「あい! ベリーチェもおとうしゃまがいるのでさびしくないでしゅ」


 あはは…

 すっかりルキーノさんをお父さん認定しちゃってる。

 まいったな、ルキーノさんと一緒に帰るなんて言い出したら大変だ。



「ベリーチェ、ルキーノさんはベリーチェのお父様じゃないのよ。ルキーノさんはクマみたいだけど、クマじゃないの。こう見えて人間なのよ」


「こうみえてにんげんなの? クマちがう?」


「そうよ。ちなみにゲルマンさんもゴリラに見えるけど、こう見えて人間なのよ」


「ゴリラちがう? にんげん?」


 ルキーノさんの膝の上でゲルマンさんを見上げるベリーチェ。

 理解出来たかな?

 これで、クマやゴリラに似ている人間が世の中にいることを覚えたかな?

 ベリーチェ、また一つ賢くなったね。


「マ、マリア、もうその辺にしておけ。これ以上ルキーノさんとゲルマンさんを傷つけないでくれ。この場にいる俺がいたたまれない」


 へ?

 あ! しまった。


「す、すみません。お二人のいないところで言い聞かせるべきでしたね」


「あら、いないところで言ったら単なる悪口になっちゃうんじゃない?」と、ルー先生。


「マリア、わるぐちダメよ。わるぐちいうのわるいこなの。ベリーチェ、わるぐちいわない。いいこなの」


 なんで私が悪い子になってるのだ!

 誤解だ!




 なぜかベリーチェから悪い子認定を受けた私は絶賛落ち込み中。

 そんな私を見てルー先生が笑顔で言った。


「マリア様、大丈夫よ。あたしはマリア様が悪い子なんて思っていないわ。令嬢らしからぬお転婆ぶりも、飢えた子ライオンばりの食い意地も全部好きよ」


 あれ? 何だろう? 超絶イケメンに好きと言われたのになんだか嬉しくない。

 そういえば元はといえば、ルー先生がベリーチェに動物図鑑なんて見せたのがいけないんじゃない?


 そうだよ。

 すべての元凶はルー先生じゃん。

 それなのになんで自分は無関係のような口ぶりなんだ。


「あのですね、ルー先生も同罪ですからね。この状況を誘発したのはルー先生の行動ですから」


「な、なんであたしのせいになるのよ」


「元はといえば、ルー先生がベリーチェに動物図鑑なんて見せるからいけないんです」


「あら、ベリーチェに色々な本を読み聞かせたほうが良いって言ったのはマリア様よ。たまたま、図鑑に載ってたクマとゴリラがルキーノさんとゲルマンさんに似ていたからってそれはあたしのせいじゃないわよ?」


「お、お前ら! もう口を開くな! ルキーノさん、ゲルマンさん、本当にすみません」


 ああ、まずい、またやらかしてしまった。

 ルー先生も今自分が言ったことにハッとして口を押さえた。


「ルキーノしゃん、ゲルマンしゃん。マリアとルーちゃんをゆるちてくだしゃい。ベリーチェもごめんなちゃいちまちゅ」


「いや、いいんだ。気にしないでくれ。クマに似ていると言われるのは良くあることだ」


「ああ、私もゴリラと言われているのは知ってるさ。まあ、面と向かって言われたのは今日が初めてだが」


「「すみませんでした」」


 そう言って私とルー先生は揃って頭を下げた。

 そんな私達を見てガイモンさんが深く溜め息をついた。


「ガイモンしゃんもたいへんでしゅね」

 いつの間にかベリーチェがガイモンさんの膝に乗り肩をポンポン叩いているではないか。


 それを見てルキーノさんとゲルマンさんが一斉に吹き出した。


 一気にその場の空気が和んだ途端、慌ただしいノックの音と共に受付のお姉さんが駆け込んできた。


「大変です!」


 な、何事だ?!


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