第44話 一番の悪党は誰でしょう?

 ジェイクさん以外の方々が部屋から出るとアンドレお兄様は防音結界を張った。


 セシリーさんはジェイクさんのことが心配らしくこの場に残りたいと訴えたがアンドレお兄様にバッサリと却下された。


 談話室にはジェイクさん、レオンさん、アンドレお兄様、ルー先生、そして私の5人が残された。



「あの、お兄様、ビクターとジェイクさんのお父様は仲間だったということですか?」


「いや、2人は面識がないだろう。接点があったのはビクターが金を払って雇ったごろつき達だ。そいつらからビクターの計画を聞いたボルスト男爵がそれに便乗したんだ」


 なる程…

 お兄様の話によると、王妃殿下に張り合っている第一側妃様が自分がひいきにしているボルスト男爵家の双子がなかなかレオンさんより知名度が上がらないことに腹を立てボルスト男爵に詰め寄ったらしい。


 じゃあ、元凶は第一側妃様?

 自分の息子を悪事に加担させるなんてそのボルスト男爵っていうのも最低だな。


 それにしても、私達と別行動している時にお兄様はこれだけの事を調べ上げたってこと?

 もしかして諜報員でも雇っているのだろうか?


 そんな事を考えているとアンドレお兄様がジェイクさんに向けて声をかけた。


「ジェイクさん、あなた、先ほどレオン兄の右手が傷跡もなく治って良かったと言いましたね? それは違います。レオン兄は魔物の毒が塗られたナイフで右手を刺されたんです」


 そう言うとアンドレお兄様はレオンさんに目を向けた。

 アンドレお兄様の視線を受けてレオンさんは頷くとジェイクさんの目の前で静かに義手を外した。


 手首から先が失われたレオンさんの右手を見てジェイクさんは驚きで声も出ないようだ。


「ジェイク、僕が学園に戻ってくるのが遅かったのは手を切断する大怪我をしたからなんだ」


「そ、そんな…なんだってそんなことに…軽くナイフで傷つけるだけだと…」


「おそらく、レオン兄にヴァイオリニストとしての致命傷を与えると言えばジェイクさんが尻込みをすると思ったのでしょう。ボルスト男爵はビクターの犯罪を隠れ蓑にして今回の事を企てた。もし発覚したとしても自分は知らぬ存ぜぬでしらを切り通すつもでしょう」


「あああ、レオン! なんてことだ。 すまない…いや、謝っても謝りきれない…どうやって君に償えば良いんだ…あいつに言われたんだ、言うことを聞けばセシリーには手を出さないと。常日頃からセシリーを見る目つきが異常だった。実の娘に邪な感情を抱くなんて俺には理解できないが。俺にあいつの血が流れているかと思うと反吐が出る」


「それに関しては安心して下さい。ジェイクさんとセシリーさんはボルスト男爵の子供ではありません。実はボルスト男爵には人身売買に関与している疑いがあってね。ある機関がそれを調べていたんだ」


 え? 人身売買?

 な、なんかレオンさんの拉致傷害事件が物凄い犯罪が背景になっている?


「そう言えば、あたしが騎士団にいた頃そんな噂を聞いた事があるわ」


 ルー先生の言葉に頷きながら、アンドレお兄様が事件のあらましを説明してくれた。


 ボルスト男爵は数年前から田舎の孤児院を訪れては見目の良い子供を自分の子供だと言って連れて帰り、奴隷として隣国に売り払っていたらしい。

 この国の奴隷制度は200年前に廃止になったが南部地区の海向こうにあるタイマナ国には奴隷制度がある。


 その噂を聞いてこの国の治安部隊が国境の検問を強化していたという。


 そ、それって、ジェイクさんとセシリーさんも隣国に売るつもりだったってこと?


 私の疑問にアンドレお兄様が答えてくれた。


「そのつもりで引き取ったんだろうね。でもちょうど検問が厳しくなった時だったから自分の手元に置いて様子を見ていたんだろう」


 その言葉にジェイクさんは拳を握りしめて唇を噛んだ。

 悪党と血がつながっていない安堵感と自分達の尊厳を踏みにじる所行に行き場のない怒りを感じているのだろう。


 ボルスト男爵家に引き取られて間もなくすると、ジェイクさんとセシリーさんの音楽の才能が目に留まった。


 そして自分の出世に役に立つと考えて自分の子供として認知をし、貴族の教育をしたということだ。


 その後はボルスト男爵の思惑通りにことが運び、双子を通じて第一側妃様に取り入り、検問での検疫を見逃してもらっていたと言うわけだ。

 そのためなかなか尻尾を掴めなかった。


 一番の悪党はボルスト男爵ってことか。


「さて、この事件の落とし所を相談しよう。まず、レオン兄。ジェイクさんはレオン兄を陥れた犯人だが、どうもこちらもボルスト男爵に踊らされた感があるのは否めない。実際にレオン兄を拉致させたのはビクターだからね。しかし、レオン兄が許せないと言うのならジェイクさんにも手を切断してもらうのはどうだろう?」


 アンドレお兄様の言葉にその場の空気が凍りつく。


「いや、僕みたいな思いは他の誰にも味わって欲しくない。ジェイクはセシリーを守りたかった。そして僕がこんな大怪我をするとは思わなかった。それに今は元の右手と遜色ない動きができる義手がある。それが現状だ。ただ、そのボルスト男爵は許せない。ジェイクとセシリーもそいつの元に返すのは危険だと思う」


 レオンさんのその言葉にホッとした。


 アンドレお兄様もソッと息をついていたのを見るとさっきのジェイクさんの手を切断うんぬんはただのパフォーマンスだったに違いない。


「うん。僕もジェイクさんと、セシリーさんはボルスト男爵の元に返すのは反対だ。と言うか、きっぱり縁を切った方が良い。これからボルスト男爵家は荒れる。無関係の他人という立場になった方がこの後の君達の人生に支障はなくなるはずだ。」


 筋書きはこうだ。

 ジェイクさんはこのままレオンさん拉致事件に関与したとして騎士団に自主する。


 そして事件の詳細を調べる目的で、ボルスト男爵家へ家宅捜索に乗り込み人身売買の証拠を掴む。


 それと引き換えにジェイクさんの犯した罪は軽くなるというわけ。


 いわゆる、司法取引だ。


 まあ、表向きはレオンさんが手を切断し義手を付けていることは知られてないので目に見えるジェイクさんの罪と言えばレオンさんに睡眠薬を盛ったことと部屋から運び出しやすいようにと細工をしたことだ。


 実際にレオンさんを部屋から運び出したのはビクターに雇われたごろつき達だからね。


 認識阻害の魔道具は階段を上がりきったところにあるレオンさんの部屋の扉を隠すために使ったようだ。


 レオンさんをその隣のジェイクさんの部屋に誘導するために。

 ジェイクさんは自分の部屋の窓の鍵を開けていたそうだ。


 そして念のためアリバイ作りにウォルターさんを利用したようだ。


 もちろんジェイクさんにはレオンさんの右手が義手なのは他言しないように言い含めた。


 ジェイクさんはきっと誰にも言わないだろう。と、言うか言えないだろうな。


 それを受けてボルスト男爵は当然知らぬ存ぜぬを押し通し、ジェイクさんを自分の子供では無かったと認知を撤回するだろう。

 だって本当に実子じゃないからね。


 そんな他人が犯した罪で家宅捜索を受ける謂われはないと、捜査を拒むだろう。


 でも認知撤回の手続きが完了するまでは時差がある。

 そこを利用して証拠を掴むという段取りだ。


 ボルスト男爵は嬉々としてジェイクさんを切り捨てるだろう。

 当然ジェイクさんと双子であるセシリーさんも一緒だ。


 もともと貴族になんかなりたくも無かった双子だ。

 かえってせいせいするんじゃないかな。


 彼らは才能という武器があるんだ自分達で最高の人生を掴み取るだろう。


 話はまとまって、程なくすると談話室をノックする音がした。


 現れたのはジーク様だった。

 え? なんでジーク様が?

 どうやらアンドレお兄様が呼んでいたようだ。


「総団長に言われて来ました。騎士団にこちらの生徒さんをお連れするようにと。どなたをお連れすれば?」


 それからジェイクさんは騎士団に自主という形で連行された。

 そのあとをセシリーさんが泣きながら追いかけていたのが胸を突いた。


 その後、学園長も交え皆さんにはレオンさんは体調不良で自宅療養していたわけではなく、ある事件に巻き込まれこの寮の部屋から拉致されたこと、犯人が捕まるまで身を隠していたことを話した。


 そして、拉致された状況からこの寮の人間が犯人に協力したのではと思い確かめるために来たことも話した。


 結果的にジェイクさんがその協力者だったというわけだ。


 セシリーさんにはジェイクさんはボルスト男爵に脅されてレオンさん拉致事件に加担してしまったこと、睡眠薬を盛っただけだからすぐに帰ってくることを説明した。


 セシリーさんはひとしきりレオンさんにあやまり倒してしたが泣き疲れて寝てしまった。


 こうしてレオンさん拉致傷害事件は無事に?解決したのだった。


 さぁ、私達も帰りますか。


 帰り際、この学園の講師の方々に取り囲まれ、声楽部門の拡張について意見を聞かれたのでちょっとしたアドバイスをしてみた。


「声楽部門ですか。それは楽しみですね。自分の作詞、作曲した歌をピアノを弾きながら歌ったり、あ、どうせだったら演劇部門も新たに設立してはどうでしょう? 舞台上でセリフを歌で表現して、集団で揃ったダンスを披露するんです」


 ミュージカル、好きだったな。


「ああ、女性だけの歌劇も素敵ですよね。背の高い女性に男装させて華やかに歌って踊って演劇をするんです」


 宝塚! うちの母がはまってたんだよ。



 そのアドバイスがもとでこの学園では演劇部門、声楽部門が新たに設立し、数年後エミリアさんはシンガーソングライターとして超売れっ子になり、この世界の娯楽に歌劇舞踊と淑女歌劇団なるものが一世を風靡することになるのをこのときの私はまだ知らない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る