第40話 学園見学③

 私は容疑者6名の様子を観察しつつ、目の前の料理をパクパクと食べる。


 気づくと口の周りに着いたソースをアンドレお兄様に拭われ、ルー先生は空いたお皿をせっせと端に寄せていた。


「ちょっと、マリア様、どんだけお腹が空いてたのよ?」


「マリアは食べてる姿も可愛いね。木の実を一生懸命食べるリスみたいだ」


「アンドレ様、どこをどう見たらその発想になるのよ。あたしにはリスと言うより、飢えた子ライオンにしか見えないわよ? 身内の欲目って怖いわね」


「もう、ルー先生ったら、そんなに誉めても何も出ませんよ?」


「誉めてないわよ! どんな耳してるのよ」


 えー

 子ライオンって可愛いってことじゃないの?


「ふふふ。3人とも仲が良いんですね。それにアンドレさんは妹さん想いだし。私もこんな可愛い妹が欲しかったわ。私は一人っ子なのでうらやましいです」


 そう声をかけてきたのは、アンドレお兄様の隣に座っている癒し系の美少女。


 オレンジ色のセミロングヘアーに明るい茶色の瞳のディアナさんだ。


「そうだろう。マリアみたい可愛くて優しい女の子は世界中探したって見つからないだろうね」

 アンドレお兄様はそう言うと、ディアナさん相手に妹がいかに可愛いかを力説し始めた。


 もう私は恥ずかしさのあまり息も絶え絶えだ。

 いったいなんの罰ゲームなんだ。


 普段、優秀だともっぱらの噂だがなぜか私のことがからむとポンコツになるアンドレお兄様。


 このまま彼にしゃべらせるとこのベリトン学園での評判がただのシスコンバカになってしまう。

 それはなんとしても阻止しなければ。

 リシャール家の名誉のために。


「お、お兄様、ほらお話ばかりしていてお食事が進んでませんよ。このフライ、食べてみてください。美味しいですよ」


 私の問いかけに輝くような笑顔で振り向くアンドレお兄様。

 それを見て女性陣から『ほぉ』とため息がもれる。


 うんうん。

 わかるよ。


 成長期のアンドレお兄様はここのところ身長も伸びて顔つきも大人っぽくなった分、イケメン指数がだだ上がりだ。


 ちょっとした仕草に色気が加わり私ですら不意打ちを食らうとキュン死にしそうになるくらいだ。


「ああ、これはオモオモのフライだね。あの毛むくじゃらの姿からは想像もつかない淡白な味だからフライが良く合うんだよね。マリアのオススメなら是非とも食べなきゃな」


 そう言うと私が差し出したお皿からフライをフォークに刺し口に運んだ。

 良かった、妹談義から解放された。

 心なしかディアナさんもホッとしているようだ。


 それにしてもてっきり白身の魚かと思ったオモオモが毛むくじゃらとは…

 心理的にダメージが大きい。

 ダメダメ。

 ここは想像したら負けだ。


 やっぱり『魔物図鑑』は今の私にはハードルが高そうだ。


 そんな中、私は先程の久々の再会時に皆さんがレオンさんにかけた言葉を思い起こしていた。

 それはあの時一人だけ、気になる発言をした人がいたからだ。


 蜂蜜色の髪に淡い水色の瞳のジェイクさんだ。

 彼はこう言った。


『レオン、一体何があったんだ? 今までどこでどうしてたんだ?』ってね。


 レオンさんが学園を休学扱いにする際の理由は『体調不良で実家で療養中』だ。


 この理由が周知の事実。

 なのに、『何があった?』と『どこでどうしてた?』と聞くなんておかしいではないか。


 ジェイクさんは知っているんだ。

 レオンさんが体調不良で休んでいるわけではないことを。


 それを知っているのはこの学園ではレオンさんを陥れた犯人だけだ。


 私は対面に座っているジェイクさんを見つめる。

 でも、何故だかジェイクさんはレオンさんの右手を見て明らかにホッとしているように見える。


 そう思ったのはレオンさんの右手を見つめながら『良かった』と唇が動いたのを目にしたからだ。


 もちろん皆、口々に『良かった』『ほっとした』と言葉をかけていたが、右手を見ながらそう言ったのはジェイクさんだけだった。


 うーん。

 どういうことだろう?


 ジェイクさんはレオンさんの拉致傷害事件に関与しているのは間違いない。


 痛みを感じないように配慮した事からレオンさんに強い憎しみを抱いてはいない。


 そしてジェイクさんの『良かった』発言を考え合わせると、もしかして、レオンさんが手を切断するような大怪我をしたとは思ってない?


 つまり、ナイフに魔物の毒を仕込むように指示を出してはいないってこと?


 ちょっと傷つける程度の指示を出しただけなのに、こんなに長い間休むとは思わなかったからあの発言になった?


 そんな事をあれこれと考えていると突然、ガチャンとお皿にフォークを落とす音が鳴り響いた。


 音の主は赤い髪の縦ロールにエメラルドグリーンの瞳のエミリアさん。


 皆の注目を集める中、おもむろに立ち上がり口を開いた。


「私、すべて分かりましたわ。今までレオンさんが学園をお休みしていた理由。体調不良なんかでは無いですわね? レオンさん?」


 なんと! 核心を突いた発言ではありませんか!

 あまりの予想外の発言にレオンさんは目を見開きエミリアさんを見つめる。


 一方、レオンさんに見つめられてぽっと頬を赤らめるエミリアさん。


 気の強そうな美少女がほんのりと頬を赤くする様は非常に眼福ですが、その続きが聞きたい。


「な、なんで…そ、それは…」

 突然の問いかけにしどろもどろのレオンさん。

 そんなレオンさんの様子を見てエミリアさんは表情を引き締めながら言った。


「レオンさん、この場で言いづらいのはわかりますわ。その原因を作った張本人がこの場にいるんですもの。でもわたくし、許せません。レオンさんを休学に追い込んだ張本人を野放しに出来ませんわ」


 おお! エミリアさん、なんて男前発言でしょう。

 そうです! レオンさんをこんな目に合わせた犯人を糾弾しましょう!


「ちょ、ちょっと待ってくれ、それはどういうことだ? レオンは体調が悪くて実家で療養してたんだろう?」そうブランドンさんが言うと他の皆さんも口々にそうだそうだと同意する。


「それは、表向きの理由ですわ。本当の理由は別にあります。レオンさん、ここはキチンと相手に言ってあげた方がよろしいですわ。それが本人のためになるのではないでしょうか? この先の人生の中でこんな事がまかり通ると思ってもらっては困りますもの」


 さすが、エミリアさんだ。縦ロールにつり目の美少女なんて見た目悪役令嬢のようだがどうやら聡明な令嬢のようだ。


 きっと、エミリアさんも先ほどのジェイクさんの発言に違和感を覚えたんだ。

 そこから導き出して答えにたどり着いたってことか。


 まさに名探偵だね。


 レオンさんはどうするのだろう?

 この場で皆に自分の身に起きた悲劇を話すのだろうか?

 そっとレオンさんに目を向けるとレオンさんは眉毛を寄せながら何かを考えている様子。

 そんなレオンさんを見てエミリアさんが口を開いた。


「レオンさんは優しいのできっと言えないのでしょうね。ここはわたくしが当の本人に話をつけますわ」


 エミリアさんの言葉に、皆さん、一斉に固唾をのむ。


 うんうん。

 ここはエミリアさんにお任せしましょう。

 さぁ、エミリアさん、あなたの名推理をお聞かせください。



 そしてエミリアさんが叫んだ。


「レオンさんの休学の原因を作ったのはあなたです! マリアーナさん!」


 ん? 誰?

 マリアーナ?


 えー! 私??!!


 なんでやねん?









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