第41話 学園見学④

 指を差しながら名前を叫ばれた私はしばしボーゼン。


 あはは、聞き間違えではなさそうね。


 エミリアさんは腰に手を当て私を睨みつけながらさらに声をあげる。


「大方、リシャール伯爵家の権力を振りかざしてレオンさんに無理やり学園を休学させ自分のところに呼び寄せたのでしょう。いかにもわがままな貴族令嬢のしそうなことですわ。今回、レオンさんに同行したのも学園への復帰を邪魔するためですわね。さも自分がこの学園に興味があるような素振りをして学園長まで騙して。ふっ、本当の事を言われて言葉も出ないようですわね」


 いえ、あまりにも的外れの発言に驚きで声が出ないだけです。

 反論する間もなく、隣にいたアンドレお兄様がすくっと立ち上がった。


「君、面白い冗談を言うね。ワイアット侯爵家のご令嬢ともあろう方が、何の証拠にそんな戯れ言を口にしているのでしょうか?」


 わお! 怒っていらっしゃる? お兄様?

 先ほどまでの輝くような笑顔とは一転、魔王降臨です。

 整いすぎた美貌がより凄みを増してるなあ。

 って言うか、エミリアさんは侯爵令嬢だったんだ。

 道理で言葉使いや所作がお上品だと思った。

 あの縦ロールの髪は天然だろうか?

 毎日セットするのは大変だろうな。


 あまりの衝撃に現実逃避をしながらお茶を飲む。


 そして今度はレオンさんが立ち上がって声を上げる。


「エミリアさん、それは君の勘違いだよ。マリア様は僕にとって大切な人なんだ」

 レオンさんの『大切な人』発言に皆さん一斉に色めき立つ。

 なんか、エミリアさんを始めとした女性陣の視線が痛いんですけど?


「た、大切な人? それはどういうことでしょうか? まさか! マリアーナさんあなた、権力で言うこと聞かないレオンさんに女の武器までをお使いになったのですね?!」


「うぐっ」


「きゃー! マリア様ったら、大丈夫?! お茶が喉に詰まったのね」


 そう言いながら私の背中をさすってくれるルー先生。


 でも私はそれどころではない。


 お、女の武器って?! 何?!

 10歳の子供に使える武器って何さ?

 逆に教えて欲しいわ!


「ちょっと、待った! エミリアさん、落ち着いて。さすがに子供に女の武器は使えないだろう。まあ、レオンが幼女趣味なら話は別だが」そう言いながらエミリアさんを止めに入ったのは水色の髪に深い紺色の瞳のウォルターさんだ。


「おい、ウォルター変なこと言わないでくれ。僕は決して幼女趣味なんかじゃない!」


 そう叫んだレオンさんの右肩をわかった、わかったと叩きながらブランドンさんが口を開いた。


「だんだん論点がずれてきてるぞ。今はレオンの性癖について議論している場合じゃないだろ。悪いね、マリアーナちゃん。でも、俺達音楽家を囲いたいと思う貴族は結構いてね。君はこの学園に興味があって見学に来たんだろう? レオンがこの学園に戻るのを邪魔しに来たわけじゃないよね?」


「もちろんです。この学園がどんな風なのかを自分の目で見たかったんです」


 おもにレオンさんを陥れた犯人を見つけつるためにね。


「そうか。この学園に興味があるってことは君も音楽の心得があるってことだね。君の専攻は何かな?」


 え? 専攻?


 首を傾げる私にエミリアさんがにっこりと笑顔で言った。


「そうね、わかりましたわ。ではこうしましょう。この場であなたの専攻する楽器を演奏していただきましょう。まさか何の楽器も出来ないとは言いませんわよね? マリアーナさんが純粋にこの学園に興味があって今回、レオンさんに同行したのであればそれぐらい出来ますわよね?」


 演奏?

 エミリアさんの言葉に思わず固まっていると、魔王に変身したアンドレお兄様が低い声で一言。


「面白いね。その挑戦、受けてたつよ。その代わり、マリアが見事演奏をやり切ったらこちらの要求を、そうだな2つほど飲んでもらうよ」


 ええっ?!

 何、勝手に受けて立ってるんですか?! お兄様!






 どうしてこうなった?


 おかしい…


 この学園にはレオンさんを陥れた犯人を見つけにやってきたというのになぜ私は食堂の中央に位置するガラスのグランドピアノの前にいるのでしょうか?


 しかもギャラリーが大勢見守る中。

 みんな興味津々ではないか。


 ああ、レオンさんのファンクラブの方達と思われる女性陣からもの凄い睨まれている気がする。


「さあ、マリア。君の才能を皆さんに披露してあげようではないか」


 そう言いながらアンドレお兄様は私の手を取ってピアノの前の椅子に座らせる。


 やめて~

 無駄にハードル上げないでくれ~


 反対側ではルー先生が私を同情を込めた目で見ている。

「マリア様、骨は拾ってあげるわよ」小さな声で呟いたルー先生。


 ほ、骨?

 こ、これ失敗したらあかんやつかい?

 まさか、袋叩きとか?


「そうだな、母上の部屋で弾いていた曲なんて良いんじゃないか?」


 ビビりまくる私の胸中を知ってか知らずか、アンドレお兄様はそんな提案をしてきた。


 ん? お母様の部屋で弾いた曲?


 ああ、そう言えばマリアーナのバルコニー転落事件を調べている時にピアノに触れたね。


 でもあれはJポップだよ?

 良くカラオケで熱唱してたアイドル歌手の曲だよ?


 こんなセミプロ集団に聞かせる曲じゃなくない?

 やっぱりクラシック? あれ? でもこの世界にクラシックなんてあるのかな?


 この世界の楽譜なんて見たことないからわからないな。


 ん? わからない?

 そうだ!

 私はこの世界の曲を知らない。でもここの人達も『Jポップ』なんて知らないんだ。


 つまり、弾き間違えたとしてもわからないってことだ。

 ふふふ、これはいける!


「どうなさったの? マリアーナさん。降参するなら今のうちですわよ?」そう言いながら不適に笑うエミリアさんに私も微笑みを返す。


「いいえ、どんな曲を弾こうか考えていたものですから。ここには優秀な音楽家の皆さんがいらっしゃるので。そうですね…では、私が作曲した曲をご披露いたしますね」


 素晴らしい歌詞で感動を呼び、大ヒットしたアイドルグループの曲。

 中学時代に何度も練習した曲だ。

 子供の頃夢中になったものって案外忘れないものなんだよね。

 自分の作曲だなんて、思いっきり著作権の侵害だがここは許してもらおう。


 さあ、思いっきりいかせてもらいましょう。

 そっと鍵盤に指を乗せる。


 ♪♪~♪~♪~♪~♪♪~♪♪~♪~♪~♪~♪♪~♪♪~♪~♪~♪~♪♪~

(最初は優しく、春の風が吹くようにソフトなタッチで~)


 ♪~♪~~~♪♪~~


 前奏を奏でたところで好きだった歌詞まで鮮明に思い出す。

 思わず口ずさみながら演奏する。


 ♪♪~♪~♪~♪♪~♪♪~♪~♪~♪~♪♪~♪♪~♪~♪~♪~♪♪~

(色々と悩んで足掻いて苦しい思いの心情を少し押さえた音で表現~)



 ふふふ、楽しいな。

 そう言えばなんでピアノを辞めちゃったんだろう?

 こんなに楽しいのに。


 ♪~♪~♪~♪~♪♪♪~~♪~~~♪♪♪♪♪~~~♪♪♪♪~~

(悩んだ末に答えを見つけた嬉しさを軽快な音に乗せて~)


 ああ、そうか、いつの間にか楽しいから弾くんじゃなくて発表会のために弾くことに疑問を持ったからだ。


 この世界にカラオケがないならこれからはピアノを弾きながら熱唱すれば良いんだ。

 これは癖になりそうだ。


 ♪♪~♪~♪~♪~♪♪~♪♪~♪~♪~♪~♪♪~♪♪~♪~♪~♪~♪♪~


 さぁ、一番盛り上がるサビに突入。

 知らず知らずに音も声も大きくなっていく。


 ♪~~♪♪♪♪~♪~♪~♪~♪♪~♪♪~♪~♪~♪~♪♪~

(ああここ、お気に入りなんだよね。自分は自分、誰かと比べたって仕方ないんだって気づいて前を向く姿勢を力強く表現~)


 ♪♪~(サービスでリフレインしちゃおう~)♪♪


 ♪♪~♪~♪~♪~♪♪~

 ♪♪~♪~♪~♪~♪♪~


 最後の一小節を弾き終えてホッと一息をつく。


 あ、あれ?

 なんか、皆さん固まってる?

 え? もしかして失敗だった?


 そう思った瞬間、食堂中のいたるところから割れんばかりの拍手喝采が起こった。

 食べながらこちらの様子を遠巻きに見ていた学生達も、厨房のおばちゃん達も立ち上がって拍手をしてくれている。


 そしてなんと言っても私に挑発的な態度で接していたエミリアさんが勝ち気な瞳を潤ませながら拍手をしている姿を目にして驚いた。


「マリア! やっぱり僕の妹は天才だな」そう言って私の頭を撫でるお兄様。


「すごいわね! ただの飢えた子ライオンだと思ってたのに。さっき馬鹿食いしていた同一人物とは思えないわね」と、ルー先生。


 デスられているのか、誉められているのか今一わからない。


 とりあえず、袋叩きは回避ですか?





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