第38話 学園見学①

「ほら、マリア、手出して。迷子になったら大変だから」


 そう言って私に手を差し出したのはアンドレお兄様。


 ここはレオンさんの在校しているファティア高校、学園名はベリトン学園だ。


 王妃様主催の音楽会にエントリーするため一旦このベリトン学園に戻ると言うレオンさん。


 そのレオンさんに付いて行く予定メンバーは私とルー先生の二人のはずが、なぜか乗り込んだ馬車にアンドレお兄様が陣取っていたのだ。


 アンドレお兄様曰わく、レオンさんの後見としてリシャール伯爵家の権威を見せるのは社交界で名が知れている自分の方が適任だとのこと。


 お父様をうまく丸め込み自分の同行の許可をもぎ取ったようだ。

 おい、自分の学園はどうした?

 サボって良いのか?


 思わずじと目で見上げるとなんとも爽やかな笑顔を向けられた。

 ああ、この天使の笑顔には勝てない。


 そんなこんなでレオンさんを含めた4人でこのベリトン学園に乗り込んできたのだ。


 レオンさんには、今回私達が同行したのは拉致傷害事件の犯人を見つけるためだと伝えて、この場ではおとなしく成り行きを見守っていてほしいとお願いしておいた。


 レオンさんはソッとため息をつくと軽く微笑んで言った。


「マリア様が僕に付いて来るって言ったときからわかってましたよ。行動力ありすぎです。でもありがとうございます」


 レオンさんのその言葉に私もホッとしたのは言うまでもない。


 着いて早々、学園長にご挨拶し、見学者用のパスカードを受け取った。

 このカードさえあればどこの教室も入ることが出来るらしい。



 今は学生が行き交う廊下を突き進んでいる状況です。


 それにしても広いな。


 芸術に関して造詣が深いという王妃様の支援もあって、このベリトン学園は音楽科、美術科、服飾科、装飾科の4科からなり各地区から才能のある子供が集まってくる。


 各科で棟が分かれていて、その中でも音楽科の棟は広さも設備も最上級だ。



 女子の制服は長袖の白いロングワンピース。

 ベルトのバックルの色で学年がわかるようだ。


 男子は光沢のあるブルーグレーのスーツ。

 こちらはネクタイの色で学年がわかるようになっているようだ。


 どちらの制服もそのまま演奏会に出られそうなくらい高級感がある。


 生徒間ではいわゆる身分の上下はなく、才能で学園カーストが決まるらしい。

 もちろんレオンさんは学園カーストのトップグループだ。


 レオンさんが廊下を通と皆サッと道をあけ、女の子は顔を赤くし、男の子はキラキラした羨望の眼差しで見ているのがわかる。


 そして、その後に続く天使なアンドレお兄様と超絶イケメンのルー先生に目を留めるとみんな一様に目を見開き固まった。

 お兄様と手をつないでいる私も必然的に注目の的ではないか。


 めっちゃ目立ってる。

 これじゃあ、密かに動き回ってレオンさんを罠にはめた犯人を探せないではないか。


 こんな事なら、モブイケメンのガイモンさんと一緒にくれば良かった。


 アンドレお兄様とルー先生は人目を引きすぎるんだよね。


 そんなガイモンさんに失礼な事を考えていると私達が目指していた目的地に着いたようだ。


 そこはベリトン学園の学生食堂。


 レオンさんは事前に今日この学園に戻ると友人たちに知らせていたようだ。


 到着がちょうどお昼頃になることから学生食堂に集合となったらしい。


「おーい! レオン、こっちだ!」

 私達が学生食堂に足を踏み入れた途端、どこからともなく声があがった。


 食堂というよりもオシャレなカフェレストランのような建物には中央にガラスのグランドピアノが置かれている。


 さすが、音楽科に一番近い学食だ。


 ちなみに、学生食堂はこの他に3つあるそうだ。

 どこで食事をしても良いのでこの時間は他科の人と交流出来ると言うわけだ。


 先ほど声をかけてきた主をキョロキョロと探すと、二階席のフロアから手すりに身を乗り上げて手を振っている少年がいた。


 レオンさんはその少年に軽く手を上げて微笑むと、私達に言った。


「二階のフロアに行きましょう。二階はビュッフェスタイルなので好きなものを好きなだけ食べられますよ」


 え? 好きな物を好きなだけ? なんて魅力的な言葉でしょう。

 そう思ったとたんお腹がぐーと鳴った。


「ああ、マリアのお腹が可愛く返事をしたね。お腹の虫まで可愛いなんてさすが僕の妹だ」

 そう言って私の頭を撫でるお兄様。


 アンドレお兄様、そこは聞こえないふりをしてほしかった。

 ほら、ルー先生もレオンさんも笑いをこらえているではないか。


 ムッとしてアンドレお兄様を見上げると、「うっ」と言ってなぜか私の顔を隠すように抱きしめた。


「マリア、そんな顔を見せて良いのは僕だけだからね。他の男にそんな顔してはいけないよ」


 当たり前じゃないですか。今、私が怒っているのはアンドレお兄様だけですからね。


 よっぽど私の睨み攻撃が怖かったのか、先ほどよりもしっかりと私の手を握りずんずんと歩くアンドレお兄様。


 反省しているようでよろしい。


 レオンさんによると、二階のフロアは学生証がゴールドの人専用の場所とのこと。


 ゴールドの学生証をもらえるには色々な条件があり、各地で開催される品評会に入選を5回以上や優勝、準優勝するなどの功績が必要となるらしい。


 もちろん、レオンさんはゴールドだ。


 二階につくと、そこのフロアだけ別世界のようだった。


 高級感あふれる毛足の長いふかふかの赤いジュータンにシャンデリア。


 10人掛けの円卓や2、3人掛けのテーブル、4人掛けのテーブル、ソファ席など使い勝手の良いように配置されている。


 テーブルの中央には小ぶりのブーケのような花が飾られていてまるで高級レストランのようだ。


 ビュッフェスタイルなのに料理ブースには黒の給仕服を着た男女が20人ほど待機していた。


 どうやらこのエリアは私達の貸し切り状態のようだ。


 足を踏み入れたとたん、レオンさん目掛けて6人の男女が走り寄ってきた。


「レオン! 心配したぞ! 元気な姿が見られてホッとした」


「レオンさん、突然、休学なんて驚きましたわ。もう大丈夫ですの?」


「レオン、一体何があったんだ? 今までどこでどうしてたんだ?」


「もうレオンさんがいなくて寂しかったです。心配で寝れなくて私も体調が悪くなりましたよ」


「レオン、待ってたぞ! お前、手紙の返事くらい書けよな」


「そうですよ、何通も出したのにいっこうに返事が来ないから皆で王都レオンさんの所に押しかけようと思ってたんですから」


 矢継ぎ早に言葉が飛び交う中、レオンさんが返事をしようと口を開きかけたところで私の堪え性のないお腹の虫が鳴った。


「ぐー」


 そしてみんなの視線が集まる中、私は訴えた。


「ご飯ください!」















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