第37話 レオン君をストーキング
「レオンさん、ちゃんとトマトも食べた方が良いですよ? あ、ほら、口にソースがついてますよ」
ここは厨房に隣接された使用人達のダイニングルーム。
朝から私もここでご飯を食べています。
「あ、皆さん、どうぞそのままお食事なさって下さい。私達のことはお気になさらずに」
チラチラとこちらの様子をうかがう使用人の皆さんに向けてにっこりと笑顔を向ける。
「気になります。とっても。マリア様はどうして僕の向かい側で食事してるんですか?」
「そんなのお腹が空いてるからに決まってるじゃないですか。いくら食いしん坊の私でもお腹がいっぱいなら食べませんよ? あ、このスクランブルエッグ絶品ですね」
「いえ、えっとですね、そう言うことを言っているのではなくてですね、どうしてご令嬢のマリア様が使用人用のダイニングで食事をされているのかを聞いているんです」
「もう、良いじゃないですかそんなケチくさいこと言わないで下さいよ。義手の調査中に空腹も満たせるなんて一石二鳥じゃないですか」
「け、ケチくさいって…」
レオンさんとメアリーちゃんの義肢のゴーレム化は大成功。
あの後、ヘンリーさんとリンダさんからも丁重にお礼を言われお父様からも良くやったと誉められた。
そしてレオンさんの手とメアリーちゃんの足が義肢だと言うことを知っているのはこの屋敷の一部の人のみ。
外部に漏らすことは御法度とした。
装着したと同時に自分の手と同化する術式を組んだのでどこからが義手なのかもわからないほどだ。
そして強固な守護も付加。
もう人の悪意で苦しまないようにね。
そして私はレオンさんに張り付いて義手の動きに不具合がないかを調査中なのだ。
ノート片手に調査内容を記入しながらパンを食べる。
ええっと、レオンさんはトマトが苦手っと。
そのノートを覗き込みながらレオンさんが一言。
「あ、トマトが苦手とか書いてる。って言うか、それって義手の調査に関係あるんですか?」
「関係があるかと言われれば、まったく関係はないですね」
「え? 関係ないのになんで記入してるんですか?」
フフフ
よくぞ聞いてくれました。
このルックスにこの才能とくれば、いずれレオンさんはこの国を代表する音楽家になるだろう。
その時には世界中から取材にくるはずだ。
これは義手の調査を兼ねた天才ヴァイオリニスト、レオン・クリミスの日常を綴ったファン向けの情報誌第一弾なのだ。
「あ、いたいた。マリア様、なんでここで食事してるのよ? さっきからアンドレ様が大騒ぎしてたわよ」そう言って私の隣に陣取ったのはルー先生だった。
「あれ? ここでレオンさんと朝ご飯を食べることはランにも言ってあったんですけど?」
「ああ、だからね。僕の可愛いマリアがレオン兄に取られたとか騒いでたわ」
そ、それはまずい。
最近、ガイモンさんと過ごすことが多く、アンドレお兄様をかまってあげてないので少し拗ねぎみなのだ。
シュガーにしがみついて愚痴を呟いているお兄様を見たときはあまりの可愛さにシュガーごと抱きしめたぐらいだ。
さっさと朝食を食べて、アンドレお兄様のお見送りに行きますか。
「ああ、マリア様、そんなにあわてて食べると喉に詰まりますよ。 それと、僕、明後日に一旦学園に戻ろうと思います」
え? 戻る?
そういえば、学園は休学中なんだっけ?
「卒業の資格は3年生に進級した時点で取ってるんですけど、さすがに卒業試験はパスするわけにはいかないので、3月の王妃様主催の音楽会にエントリーして来ます。そして自宅練習の届け出を出して戻ってきます」
「そうですか。明後日ですね? では、ルー先生、私達も準備しましょう」
「「え?」」
私の一言にレオンさんとルー先生が同時に反応した。
「ちょ、ちょっと待って。マリア様、まさかレオンについて行く気じゃ無いわよね?」
行きますけどなにか?
「あ、あの義手の調査なら帰って来てからでも出来ますし、僕も届けを出したらすぐに戻りますから」
はい、それもわかってますよ?
「レオンさん、最初に言ったはずですよ? 私はあなたのそばにいる権利をもらったんです。そう簡単に私を拒否する事は出来ませんからね?」
いわば、本人の許可を得たストーカーです。
犯罪じゃないですよ?
「え? いや、あの拒否するとかじゃなくてですね。えっと…危険…」
レオンさんがブツブツと何か呟いている間に席を立って玄関ホールに向かう。
「あ! こら、お待ちなさい。マリア様、そう簡単にレオンに付いて行くなんて無理よ? 旦那様の許可だって取ってないでしょ?」
後ろから私を追いかけてきたルー先生に振り向かずに叫ぶ。
「お父様の許可は今から貰うんです! ルー先生、急いで下さい。玄関ホールでお父様を捕まえますよ!」
そしてなぜだか私とルー先生は馬車の中。
「それで? マリアは明後日、学園へ向かうレオンについて行きたいと?」
玄関ホールまでお父様を追いかけてきた私の様子にただならぬものを感じたお父様はすぐにヘンリーさんに二人分の外套の用意をさせ通勤用の馬車に招き入れたのだ。
「単にレオンの義手の調査目的ではないのだろう? 何が目的だ?」
何もかも見透かすような眼差しに背筋がピンと伸びる。
そうか、お父様は何もかもわかっているんだ。
やっぱり騎士団総団長の名は伊達ではないってことか。
「お父様、レオンさんの拉致傷害事件ですが主犯格のビクターとミリーが捕まり、奴らに雇われたという手下共も捕まりました。ですが、私はあの事件はまだ終わっていないと思っています」
「へ?」
ん? 何、今の間抜けな声?
首を傾げながらお父様を見ると、向こうも首を傾げながら私を見ていた。
「拉致傷害事件…」
「そうです。あの事件ですが、レオンさんに拉致された状況を聞けば聞くほどおかしな点が出てきます。それに、ビクターと手下の供述に相違があったと聞きました」
そう、レオンさんを拉致しろと言ったのはビクター、でも右手をナイフで刺せとは言ってない。一方、手下共はレオンさんの右手を刺せと言われ刺したと。
ビクターが罪を軽くするために言い逃れを言っているとの見解に落ち着いたと言う。
でも本当にビクターがそんな指示をしていなかったとしたら?
手下にその指示を出したのは別人と言うことになる。
もちろん、手下共の勝手な暴走行為という見方も出来るが、でもその場合、何故右手と言う指示だったと供述したのかが謎だ。
単なる暴走行為なら右手にこだわる必要がないもの。
となると、ヴァイオリン奏者にとって右手の重要性を理解している人間ではないだろうか。
それに、拉致された状況だが、レオンさんが寮の自室で寝ている時に運び出されたと言う。
レオンさんは絶対音感のある優秀な音楽家だ。
つまり、耳が良い。
いつもは物音が眠りを妨げないように部屋に静寂の結界の魔石を起動させて寝ているらしい。
そんな物音に敏感なレオンさんを部屋から運び出すにはよほど熟睡していなければ無理だろう。
そこで考えつくのはマリアーナも盛られた睡眠薬だ。
それを気づかれずにレオンさんに飲ませられる立場にいるのは同じ寮にいる人間。
そしてレオンさんの部屋へ進入しやすくするなるように工作出来る人間も…
つまり、レオンさんにとって身近な人物、友達だ。
きっと、彼も気がついている。
『危険…』
そうつぶやいたレオンさん。
この学園行きは音楽会にエントリーするためだけじゃない。
きっと一人で対峙するつもりだ。
でもね、そんな事させませんよ。
そんな危険な場所にレオンさんを一人で戻す訳ないじゃないですか。
ただ唯一救いなのはレオンさんが右手を刺されたときにあまり痛みは、感じなかったと言っていたことだ。
犯人は睡眠薬と同時にレオンさんが痛みを感じないように鎮痛剤も一緒に飲ませたに違いない。
もし、犯人がレオンさんを心底憎んでいたとしたら、そんな気遣いはしないだろう。
私の一通りの説明を聞いてお父様はそっと息をついた。
「そうか、レオンについて行きたい理由はそう言うことか。確かにまだその様な疑念がある場所にレオンひとりで向かわせるわけにはいかないな。せっかく立ち直ったところだ。あの事件ではレオンにすまないことをしたと私も心を痛めている。マリアが一緒に行くことでレオンの後見にリシャール伯爵家がついていると知らしめるのも良い手ではあるな。よし、許可しよう。ただし危ないことは絶対しないこと、ルーベルトのそばを片時も離れないこと。約束できるか?」
「はい! ルー先生のそばを離れません」
とりあえず、ルー先生のそばを離れないことだけは約束しておこう。
私の隣でルー先生が大きなため息をついていたが気付かない振りをしましょう。
「ではレオンの学園には私から一報を入れておこう。我が娘が学園の見学を希望していると」
「ありがとうございます。お父様」
「いや、良いんだ。もしかしてレオンの事が好きだから追いかけたいと言われたらどうしようかと思ったが、少しホッとした」
ん?
あれ? もしかして、何もかもわかっていなかった?
騎士団総団長の名は…???
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