第32話 お買い物に行きましょう①

「ワン!」

 今日もシュガーのひと吠えで起床。


「おはよう! シュガー。すぐに用意するから待っててね」


 ルー先生から剣術を習うようになってから毎朝のルーチンになっている朝飯前のランニング。


 シュガーの散歩もかねているのだ。


 服選びも着替えも、もちろんひとりでやりますよ。


 サスペンダー付きの黒のズボンに長袖の白いブラウス、髪をポニーテールに纏めたら編み上げブーツを履いていざ出陣。


 衣装提供は例によってアンドレお兄様でございます。


 屋敷の周りの庭を軽快なスピードで走る。


「待って~! シュガー! 早いってば」


 さすがに犬には勝てないな。

 それにしても大きくなった。

 シュガーの犬種は日本スピッツだと思ってたんだけど、どうやら違うみたい。


 すでに体長七十センチに成長しているもんね。

 シュガーは『サモエド』って犬種かな?



「あら、もうどっちが散歩されてるのか分からないわね」


 突然現れたのは麗しの美貌を誇るルー先生だった。


「あ! ルー先生! おはようございます」

 ルー先生のところまで走り寄った。


「おはようございます。 マリア様。 今日は王都の街でお買い物ね。 朝食後に正門で待ってるわね」


 そう言うと手をヒラヒラさせて立ち去った。


 ルー先生の後ろ姿を見送っているとこへずっと先を走っていたシュガーが戻ってきた。


「シュガー、お腹がすいたね。 ご飯食べに行こう」


「ワン!」





 今日は錬金術を習うのに無くてはならない物を買いにお出かけ予定。


 仕事と学園に行くお父様とアンドレお兄様を見送った後、ガイモンさんとメアリーちゃんを連れて王都の街に行くのだ。

 もちろんルー先生も護衛のため一緒だ。


 レオン君も誘ったが、音楽会のための準備があるとかで断られてしまった。

 私も早くレオン君のためにその義手に命を吹き込む術をマスターしなくちゃ。




 四人で馬車に乗り込んで街に出動です。


 寒くなってきたので今日は緑色の厚手のワンピース。

 寒さ除けに同じ色のフード付きケープ着用です。


 メアリーちゃんも厚手のワインレッドのワンピースに毛糸のストールを肩に羽織っている。

 もちろん私お手製のルメーナ文字魔法陣の靴下着用だ。


 寒さのためにほんのり頬がピンク色になっているのが愛くるしい。


 紺色のジャケットに茶のスラックス姿のガイモンさんもちょうど良いイケメン具合。

 そして安定のモブ感は健在だ。


「おまえ、何か今失礼なこと考えただろう?」


 おお、なぜわかった?

 あれ、でもイケメンってほめ言葉じゃない?


「ご、誤解ですよ。誉めてたんです。ガイモンさんはちょうど良いイケメンだなと」


「ちょうど良いイケメンってなんだよ?」


「ちょうど良いは、ちょうど良いですよ。えっと、ルー先生は超絶イケメンで、ガイモンさんはちょうど良いイケメンです」


「おまえ、それのどこが誉めてるんだよ? むしろ貶めてるじゃねえか」


 えー

 心外だな。

 私達の会話を聞いて始終楽しそうに笑っているメアリーちゃん。


「ガイモンさんもメアリーさんくらい大らかになった方が良いですよ?」


「あいにくだな、メアリーは心が広いんだ」


「さあ、着いたわよ。 魔術杖屋まじゅつじょうやは確かキメナ通りの一番端よ」


 ルー先生の一声で私達は馬車を降り徒歩で移動する。


 今日購入するのは『杖』


 あの有名な額に稲妻型の傷がある少年が使っていた物と言えば分かりやすいだろう。


 錬金術で作り出した物の形状を半永久的に維持するには魔石を核にする。

 そしてその魔石に条件づけした魔法陣を構築し圧縮して魔石に閉じ込めるのだ。


 その魔石に閉じ込める魔法陣を構築するのに魔術杖まじゅつじょうが必須とのこと。


 魔術杖まじゅつじょうでこの世界の空気中に漂っている『魔因子』なる物を集め、それを空気中で魔法陣に組み立てて魔石に送り込むらしい。


 ルー先生の案内でたどり着いた魔術杖屋。

 看板に書いてある店名を思わず二度見した。

 ん? アリスの箱庭?


「ルー先生、本当にここであってるんですか? 窓からチラリと見える感じだとやたらファンシーな雑貨屋みたいですけど… お店の名前も『アリスの箱庭』って書いてありますよ?」


「間違いなくここよ。このお店の奥に杖職人の親父さんがいるのよ。アリスっていうのは娘の名前ね。ほら最近、術師の数が減って魔術杖まじゅつじょうが売れなくて、店舗を娘と共有してるみたいよ」


 そうなんだ。

 何だか雰囲気出ないな。

 もっとこう『ダイ〇ゴン横町』的な薄暗い怪しげな感じを想像していたのになんだかな…


 とりあえず、中に入りますか。


 可愛いピンクの扉を開けて中に入ると若い女の子達やカップルがワイワイと楽しそうに買い物をしていた。


 私達がお店に足を踏み入れると途端に水を打ったように静かになった。


 な、なに?


 女の子達はそれぞれ顔を赤くしたり驚いた顔してこちらを見たり、反応が様々だ。


 ああ、もしかして超絶イケメンのルー先生とちょうど良いイケメンのガイモンさんのせいか。


 ルー先生は言わずもがな、ガイモンさんも私がモブ扱いしているだけで世間では優しげなイケメンだものね。

 しかもルー先生より背が高いし。

 それに、メアリーちゃんもリカちゃん人形のように可愛いものね。


 はい、どうぞ皆様心行くまでご鑑賞下さい。


「じゃあ、俺とメアリーは適当に店内を物色してるから行って来いよ」と、ガイモンさんが言った。


 では、私は杖を求めて奥に行きますか。


 そう思って足を一歩踏み出したところでルー先生に捕獲された。

「こらこら、ダメよ。はい手出して」

 うう、完全に子供扱いだ。


 ルー先生に手を引かれて歩き出すとなぜか、モーゼの海割れのように人垣が左右に別れて歩きやすくなった。

 あー ルー先生といると目立っちゃうな…


 す、すみませんね。

 と、心の中で呟き左右の女の子達に微笑みかけるとサッと目をそらされた。


 地味に傷つくな…


 目的の魔術杖売り場にたどり着いた。


 そこだけ周りの空気の色が違う感じだ。

 壁の棚に5本程度の杖がディスプレイされている前で親父さんが一人椅子に座って居眠りをしていた。


 おーい、商人魂あきんどだましいはどうした?

 お客が来たぞー


「あの、すみません! 杖を買いたいのですが」

 そう声をかけると、居眠りをしていた親父さんが飛び起きた。


「おおっと、なんだ客かい? 珍しいな。お嬢ちゃんが使うのかい? 自分の気に入ったやつを選びな」


 選びなって色も形もどれも同じではないか。 

 はっ、まさかこの魔術杖、どこぞの工場で大量生産なのか?


 なんだかなぁ


 ファンシーショップに並んだ大量生産の杖。

 これはもう大阪にある有名なアトラクション施設、U〇Jのお土産ではないか。


 そして親父さんの口から出た衝撃の一言。

「あ、今なら一本買うとおまけでもう一本付いて来るお得なセール期間中だぞ」


 まさかのジャ〇ネット方式だった。










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