第31話 いよいよ引っ越し
「マリア、いい加減落ち着いて座ったら?」
アンドレお兄様に言われて、自分が先ほどから部屋を行ったり来たりしていたことにハッとした。
先ほどから落ち着かない理由は今日、ガイモンさんとメアリーちゃんがこのリシャール邸にお引っ越ししてくるからだ。
昨日のうちに荷物だけ届き、もう工房や部屋に運び入れてあるので今日は本人たちが来る事になっている。
学園がお休みのアンドレお兄様もガイモンさんに兄として挨拶をすると言って私と共に待っている状況だ。
それを聞きつけた執事のヘンリーさんがなぜか応接室の花瓶や使っていない暖炉の火かき棒、壁に飾られた聖剣のレプリカを仕舞う指示を出していた。
えっと、挨拶をするだけだよね?
なにこの厳戒態勢?
「やだなぁ、マリアの錬金術の先生に挨拶するだけなのになんで武器を隠すのかな?」
ん? 武器? 今、武器って言ったよね?
何故に、花瓶と火かき棒が武器認定されてるの?
「あ、あのアンドレお兄様? ガイモンさんにご挨拶するだけですよね?」
「そうだよ? ランからの報告で僕の大事なマリアが丁重な扱いを受けたらしいからね」
丁重な扱い…
思わず、部屋に控えていたランさんに視線を向けるとサッと逸らされた。
こ、これは…
血の雨が降る?
「アンドレ様、マリアお嬢様、先ほど、ダンから連絡がありもうすぐキーリア様ご兄妹がこちらに着くそうです。」
リンダさんのその言葉に私は応接室を飛び出した。
「マリア! どこ行くの?」
その後をアンドレお兄様が付いて来る。
「正門で出迎えようと思いまして!」
本当は応接室で出迎えてそのままお茶でもと考えていたが、何だか危険な匂いにキーリア兄妹をゲットしたらそのまま部屋に案内してしまおう。
その方がきっと平和的だろう。
「そうか、じゃあ、僕も正門で待ちかまえてるか」
待ちかまえる? かまえちゃうの? な、何のために?
「ワン! ワン!」
庭で遊んでいたシュガーも私達の騒ぎを聞きつけて走り寄って来た。
「シュガー! ひとりで遊んでたの? カントさんのお花畑には入っちゃダメよ?」
「バウ!」
「ちゃんと返事が出来るなんて、シュガーは頭がいいな」と言ってシュガーの頭を撫でるアンドレお兄様。
おお! 犬と戯れる天使だ。
「シュガーだってこちらの言ってることを理解出来るのに、そのガイモンとやらはマリアの話を聞かずに帰れと言ったらしいね?」
あーやっぱりランさんから話を聞いて怒ってる?
「あの、もうそのことはガイモンさんからも謝罪してもらいましたよ?」
「でもその後、そのガイモン兄妹の姿を見てマリアが泣いていたってレオン兄から聞いたけど、やっぱり傷ついたんだろう?」
ううっ、妹を思うガイモンさんの姿と麻生さんの姿がダブって見えたなんて言えないよ。
「そ、それはえっと、妹さん思いのガイモンさんに…その、あ、アンドレお兄様を思い出して! 早く、早く帰ってアンドレお兄様に会いたいと思ったら涙が!」
とっても苦しい言い訳にアンドレお兄様は目を丸くしたあと私を力いっぱい抱きしめた。
く、苦しいです。
「マリア! なんて可愛いんだ! 可愛すぎるのにもほどがあるぞ。もう明日から学園も休む事にするよ。片時も離れないよ。ずっと一緒にいよう」
いや、離れてくれ。重い…重いよ…
兄の愛が重い…
そんな私達の周りをシュガーが嬉しそうにグルグルと走り回る。
「マリア様! こんなところに居たんですね? あれ? なんだか楽しそうですね」
いえ、楽しそうなのはシュガーだけです。
「ああ、レオン兄! あの時のマリアの涙は僕に早く会いたいと思ってのことだったんだ。マリアに寂しい思いをさせないようにこれからはずっと一緒にいることにするよ」
「僭越ながらアンドレ様、そのお役目はこのレオンのものです。僕のこの先の人生はマリア様のものなので」
レオン君の言葉に固まるお兄様。
その隙に回された腕からすり抜けた。
ふうー、苦しかった。
あーそれにしてもレオン君、だからそれは誤解なんだってば。
レオン君の気持ちを奮起させるのと義手の動きのデータを取りたいために言ったの。
儚げな美少年を従えて喜ぶ悪役令嬢じゃあ、ないからね。
「レオンさん、あのですね。あの時に言ったのはそう言う意味じゃなくて」
そう言い終わらないうちにレオン君が口を開いた。
聞けよ、おい。
「そんな事より、マリア様のために曲を作りました。聞いて下さい」
そう言うとヴァイオリンを構えた。
レオン君にはルメーナ文字の魔法陣入り指なし手袋をプレゼントしてその場をしのいでもらっていたのだ。
正門に響く優しいヴァイオリンの音色に思わず聞き入る。
素敵…
やっぱりレオン君は天才なんだ。
それに、目を閉じてヴァイオリンを奏でるレオン君はまるで
そんな中、リシャール家の紋章入りの馬車が門から入ってきた。
ちょうど、レオン君の演奏が終わる頃に馬車から護衛のために付き添っていたルー先生が降りてきた。
「あら、すごい! 演奏付きのお出迎えなんて素敵ね」
あはは、偶然の産物です。
続いてガイモンさんが降り、馬車の中のメアリーちゃんに手を差し出した。
その手を取ってゆっくりと馬車からメアリーちゃんが降りてきた。
明るい茶髪をハーフアップにまとめ淡いブルーの瞳と色を揃えたワンピース姿。
はうう、可愛い!
可愛いもの好きな私の感性を刺激するメアリーちゃん。
リアル、リカちゃん人形や!
それに私特製魔法陣入り靴下が、ちゃんと機能していて良かった。
私は二人に駆け寄ると声をかけた。
「ガイモンさん、メアリーさん、いっらしゃいませ! 道中大丈夫でしたか?」
そんな私に二人は腰を降り、礼の型を取った。
そして、ガイモンさんが口を開いた。
「マリアーナ様、お久しぶりです。この度、私共にかけて下さった温情、決して忘れません。これからは誠心誠意、マリアーナ様に仕える所存でございます。どうぞ兄妹共々よろしくお願いいたします」
「ええっ、誰?! ガイモンさんの皮を被った別人? あ! やだガイモンさん、道中なにか変なものでも食べたんでしょ?! 拾い食いなんてしたらダメですよ。もう、メアリーさんの教育上良くないですよ」
「な! 誰が拾い食いなんかするか! お前な、俺の丁寧な挨拶を何ぶちこわしてんだよ? そこは一言『よろしい』で締めくくれよ」
あー、やっぱり本物のガイモンさんだ。良かった。
「君がガイモン殿か。僕はマリアの兄のアンドレだ。僕の妹は君と違って繊細なんだ言葉に気をつけてくれ」
私とガイモンさんの間に立ちはだかりながらそう声をかけるアンドレお兄様。
そんなアンドレお兄様の顔をポカンと見上げるメアリーちゃん。
あーうん、見た目天使だものね。アンドレお兄様。
「アンドレお兄様。大丈夫です。ガイモンさんは私の錬金術の先生でもあるのと同時に事業の共同経営者ですのでお互い気兼ねない関係を作りたいと思います。言葉使いもそのままの方がガイモンさんらしくて好きです」
「え? す、好き? マ、マリア、そ、それはどういう…」
何事か呟きながらフリーズしているお兄様を置いて私はガイモンさんとメアリーさんをこれから生活してもらう使用人棟へ案内しようと歩き出した。
「お、おい、お前の兄さん、何だかショック受けて固まってたぞ。ほっといて良いのか?」
ガイモンさんのその言葉にちらりと後ろを振り返るとレオン君とルー先生が何やら声をかけているようだ。
シュガーも心配そうにアンドレお兄様の周りをウロウロしている。
「ここはレオンさん達にお任せしましょう。 それより、メアリーさん、足の方は大丈夫でしたか? 疲れたでしょ? 少しお部屋で休んで下さい」
今使われているメアリーちゃんとレオンさんの動く義肢は応急措置的な物だ。
動かすときに自分の魔力がそちらに持って行かれる。
だから、ずっと使っていると疲れるのが難点だ。
その点、ルメーナ文字の核魔石を使えば文字自体に魔力があるので自分の手足と遜色ない感覚で動かせる。
「ありがとうございます、マリアーナ様。こうして自分の足で歩けるなんて夢のようです。このご恩は一生かけてお返しします」
「私のことはマリアで良いですよ。大袈裟です。私になんて一生かけなくて良いですよ。ああ、でもそう思ってくれるのなら、全力で幸せになって下さい。そしてメアリーさんの周りの人も幸せにしてあげて下さい」
私が笑いながら言ったその言葉にメアリーさんはほんのり頬を染めて微笑んだ。
「メアリーさんが休んでいる間に、ガイモンさんに工房を案内しますね」
「わかった。こんなに良い部屋を用意してくれてありがとな。工房を見るのが楽しみだ」
ガイモンさんはそう言ってにっこりと笑った。
おう! ガイモンさんの不意打ちの笑顔!
モブといえども破壊力抜群です。
何となく懐かしさを感じほっこりした気持ちになる。
私も笑顔を返しながら案内をするために歩き出した。
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