第30話 溺愛モードオフのお父様と事業計画

「さぁ、マリア、君の事業計画の話を聞こうじゃないか」

 ここはお父様の執務室。


 お父様の言葉に対談用のソファに座り背筋をピンと伸ばした。


 あのガイモンさんとの初対面からすでに一週間経った。


 あの日、レオン君のパフォーマンスのために用意した魔法陣と同時にメアリーちゃんの足用の魔法陣の用意もしていた私。


 やっぱりメアリーちゃんの義足も素晴らしいもので本当に見た目だけでは義足とは気がつかない物だった。


 その秘密はガイモンさんのスキルにあった。


『複製』だ。ガイモンさんは見たものを複製出来るスキルがあるのだ。


 健在な片側をスキルで複製し、魔法陣で反転の条件付けをする。

 その結果、本人の物と遜色ない義肢が完成するというわけだ。



 足はレオン君の義手に巻き付けたようなハンカチと言うわけにはいかない。


 歩いているうちに何かの拍子に取れてバランスを崩すと怪我をするからだ。


 なのでハンカチではなく、長靴下に魔法陣を施してみた。

 足って重要なパーツなんだよ。なんてたって上にある体を支えなきゃいけないんだもの。


 メアリーちゃんの左足は膝下10センチから先が義足。

 膝が残ってて良かった。

 ここで膝が残ってるのといないのとでは動きの滑らかさに違いが出るのだ。


 私が作ったルメーナ文字の魔法陣ソックスを履いて恐る恐る立ち上がったメアリーちゃん。


 そして一歩、また一歩と歩き出したメアリーちゃんをガイモンさんは泣きながら抱きしめた。


 その姿に妹のために義肢装具士の道を選んだ麻生さんがダブった。

 思わず、見てられなくて顔を背けた私の頭をレオン君が優しく撫でてくれた。


 ごめんね、レオン君。

 ちょっとだけ気が緩んじゃったよ。




 そんなこともあり、ガイモンさんとメアリーちゃん兄妹は王都のリシャール邸に来てくれ、住み込みで私に錬金術を教えてくれることになった。


 それと同時に私が構想していた事業についてもガイモンさんの了承を取ったのだ。


 そして今、お父様の了承を得るべくその事業計画についてプレゼンをするのだ。


 今のお父様はいつもの溺愛モードスイッチは完全オフ。

 リシャール伯爵家当主の顔となっている。


 一週間前、事業の相談をした私に事業計画書の提出を求めてきたお父様。

 10歳の子供に鬼畜な所業だ。


 だが、見た目は子供、中身はアラサーの私には屁でもない。

 やってやりましたよ。

 過去三年分のリシャール領の出納帳を見せてもらい、まず家に資産がどれだけあるかの算出。

 私の事業でかかる準備金及び必要借入額。

 事業展開における見込み収入額。


 一週間かけて事業計画書をまとめ上げ、今こうしてお父様と対面している次第です。


「えっと、では私とガイモンさんの共同事業計画を説明します」


 そう前置きして私は話だした。

 計画はこうだ。


 まず、義肢の販促。

 こちらの販売は完全紹介制。

 これは私達の作成した義肢が悪用されないように信頼のある人限定で販売するためである。

 販売価格はその人の経済力をみて決める。

 そのため、面談必須。


 そして、義肢の土台となるシーナの木はリシャール領の一角で栽培。


 錬金術は早い話が物質の変換術。

 変換する物質が相反する物だとそれだけ時間も魔力も必要なのだ。


 つまり、砂を鉄に変換するのは大変だが石に変換するのは簡単だと言うこと。


 ガイモンさんが試行錯誤の結果、このシーナの木が一番効率よく術の効果が出たらしい。

 シーナの木と言うのは全長5メートル直径20センチ程のヒョロリとした木で栽培も簡単。


 しかもこのシーナの木、伐採すると樹脂が木皮の内側に集まり、弾力のある木材になるのだ。


 この性質を利用しない手はない。

 と、言うことで私は二つの事業展開を思案した。


 そこまで説明したところでお父様から一言。

「甘いな。販売価格を経済力で決めるとは。商売はそんなに甘くないぞ」


「はい、分かってます。ですが、手や足を失って困るのは主に平民です。貴族はお付きの者がいますので生活に支障が出ることは少ないでしょう。反対に平民は死活問題です。体が不自由だと働けませんから。ですから、価格も公表しません。事前の面談で魔法契約を結ぼうと考えてます」


「ほう、魔法契約か。どういう内容にするつもりだ?」


「まず、私達が作成した義肢で犯罪を犯さない。購入価格は秘匿とするですかね」


「うむ。それに販売元の秘匿も追加だ。マリアがルメーナ文字を使えることは今はあまり知られない方が安心だ。販売価格を一定額に設定していないのに見込み収入額はどうやって出した?」


「魔石の価格からです。四肢欠損の被害者の第一位は冒険者です。一つの義肢に中級の魔石が必ず一つ必要となります。中級の魔石の価格は約2万ユラ~2万5千ユラ。あとは必要に応じてクズ魔石が数個、それに材料費、手技料を加えて4万ユラが最低価格として考えました。怪我で冒険者を辞めざるを得ない人は年間約100人前後。その中で約6割が復帰を望んでいます。それを踏まえて算出した額です。ですが貴族や大商人、上級冒険者など経済力のある人からは、ぼったくるつもりです」


 私の堂々としたぼったくり発言に若干引きぎみのお父様。

 ちなみに『ユラ』というのがこの国の通貨で4万ユラは日本円で言うと4万円ぐらいの価値だ。


 パン一つが30ユラ~50ユラの物価なので平民にとっては4万ユラの出費は安くはないだろう。


「商売ですから儲けがないと成り立ちませんもの。そのための購入価格秘匿の魔法契約です。自分の購入価格が高いのか安いのか誰とも比べられないのでわからない仕組みです」


 詐欺? いいえ商売です。


「その他に、支払いは現金だけではなく魔石でも良しとします。最低価格の4万ユラの支払いにも難儀する人に対してはローンというシステムを取ろうと考えてます」


「ローンとは?」


「えっと、簡単に言うと販売価格の分割払いです。設定した販売価格を本人が毎月支払える額で割り、支払い回数を決めます」


「うむ…ローンか。面白いシステムだな。しかし、魔石の価格から割り出した見込み収入額にしては多すぎる。他に何か考えていることがあるようだな」


 おお、さすがお父様。


「はい、馬車の乗り心地が飛躍的に快適になる樹脂制の車輪とサスペンションという部品です。こちらは貴族対象なので価格設定は高めに、これらを装備した馬車が貴族社会のステータスと言われる位に知名度をあげていこうと考えてます。貴族特有のブランド志向を利用します」


 そう、シーナの木の性質を馬車の車輪に利用するのだ。

 自転車のゴムの車輪を思い浮かべてもらえば良い。


 木で出来た車輪をシーナの木の樹脂を利用してクッション制のある車輪に加工、さらに悪路でも揺れを吸収するサスペンションの合わせ技で乗り心地は飛躍的に快適になるはずだ。


 そしてこれらの販売対象は上流階級意識の強い貴族。


「そうだ! 王家に格安で売りつけて広告塔になってもらいましょう」


「売りつけてって…マ、マリア、王家まで利用するとは我が娘ながら恐ろしい…」


 利用出来る物は王家だって利用しますけど、なにか?


「ふふふ…こんなにラインハルト殿下に会いたいと思ったのは初めてです」


「そ、そうか。何だか、同じ男として殿下が不憫だ…」


「ああ、売りつけるのは国王陛下にですよ? だってラインハルト殿下はまだまだ親のすねをかじるお子様ですもの」


「お子様…マリアも子供なんだがな」


「大丈夫です。私はこの事業を成功させてお父様から出資してもらった分はちゃんと返済します」


「い、いや…そういう心配はしていないんだが。まあ、そちらの収入を見込んでの義肢販売価格未定と言うわけか。良いだろう。やってみると良い。ではこちらからもいくつか条件をつけさせて貰おう」


 お父様からの条件は、まず、義肢の販売に関して私は表舞台に立たないこと。

 そのため、義肢販売の際の面談、魔法契約に関する交渉はギルドマスターに任せること。

 その分の手間賃は樹脂車輪とサスペンションをギルド直轄の販売商品として売り出し、売上の3割をギルドに納める。

 3割か…

 ギルド直轄と言うことは、店舗を持たなくても良いってことか。

 もともと紹介制の販売を考案した時点でギルドに交渉しようと思っていたので好都合だ。


 それに王都の店舗料を考えると良い話だ。


 樹脂車輪とサスペンションを購入後はそのまま商業ギルドの馬車庫で設置する。その時の作業代金は別途請求となる。

 なる程、作業代金はそのまま商業ギルドの収入となるわけか。


 ちなみに、冒険者ギルドのマスターはお父様の同期生で商業ギルドのマスターは元部下とのこと。


 お父様から話を通しておいてくれるらしいのでガイモンさんが来てから一緒にご挨拶にいく予定である。


 そして、シーナの木の栽培、樹脂車輪、サスペンションはリシャール領の特産品とする。

 これに関してはアンドレお兄様が次期リシャール家当主としての力量を計るために運用を任せることになるらしい。


 家督を継ぐ者はこうやって少しずつ領地の経営を勉強するのが習わしみたいだ。


 そろそろ、リシャール領の一角の統治を任せるつもりでいたので好都合とのことだった。


 プレゼンも無事に終わり一安心したのもつかの間、お父様の好意でリシャール邸の裏庭にあった物置を義肢の製作工房として使って良いと言ってもらえた。


 そんなこんなで工房として機能するように作業台の設置や水回りの工事の手配を一手に請け負い、私も忙しかった。

 この物置、古い家具などを収納しておくのに建てられたらようでやたら広い。


 しかもとても物置とは思えないほどしっかりとした建物だ。

 もうここに住めそうなくらいだ。

 家具も使える物は使って良いと許可を得たので利用させてもらった。


 こちらの準備とガイモンさん達の準備が整ったらいよいよお引っ越しだ。




 ーーーーーーーーーーーーーー



 作者から一言…

 マリアーナの事業計画はとっても適当ですのでそこのとこ突っ込まないでいただけるとありがたいです。


 あれ?って思ってもスルーして下さいませ。



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