第29話 錬金術師を説得してみましょう

 レオン君の義手を作った錬金術師に会いに来たが、話を聞いてもらう前に追い出されてしまった私達一行。



 街の宿に一泊して交渉の作戦を練り、またまたやってきました。


『未来屋』


 準備は完璧だ。

 勝算は9割。


 今日の交渉は私とレオン君に任せてもらった。

 ルー先生達は外で待機。


 その時なぜかランさんから、短剣を渡された。

「何かあったらこれをお使い下さい。でもマリアお嬢様、急所はなるべく避けて下さいね。あとの処理が面倒なので」


 りに行かないよ?

 交渉に行くんだよ?


「ラ、ラン。これは必要ないから」

 そう言って短剣を返すと今度はルー先生が一言。


「そうね。それよりもいつも使ってる剣の方が良いわね。刃は潰してあるから死ぬことはないもの。ちょうど良い脅しになるわよ」


 脅しませんよ?

 交渉だってば。


「大丈夫です。いざとなれば僕が体を張ってマリア様を守ります。僕の身体はマリア様に捧げたものですから」と、レオン君。


 あー何だろう?

 前半のセリフは良かった。思わずキュンとしたよ。

 でも後半はアウトだよ。

 儚げな美少年がそんなこと言っちゃうといろいろ誤解を生むからね?

 ほら、ジーク様が私から遠ざかったではないか。

 思わずレオン君を睨みつけながら見上げると、顔を赤くして手で口を押さえた。

 反省しているようでよろしい。



 さあ、気を取り直して交渉と行きましょう。


 カラン、カラン。


 扉を開けると昨日聞いた懐かしいドアベルの音。


「こんにちは。メアリーさん」

 私はそう声をかけながら店内へ足を運ぶ。


「えっ? どうして私の名前を?」

 警戒心全開の眼差しで私を見つめるメアリーちゃん。

 か、可愛い! 今日はツインテールじゃなくてポニーテールなんだね。


 昨日、カウンターの中で椅子に座ったまま一度も立たなかったメアリーちゃん。


 兄がいる工房は店から扉一つでつながっているのに通信機を使って呼ぶなんて違和感があった。

 子供って無駄に動くものじゃない?

 もしかして歩けない?


 そう考えてルー先生、ジーク様、ランさんの3人に手分けをしてこのお店について調べてもらった。


 交渉を成功させるには相手を知るのが一番重要なのだ。


 結果はビンゴ!

 この『未来屋』はガイモン・キーリヤとメアリー・キーリヤの兄妹2人でやっているらしい。

 兄のガイモンは19歳、妹は12歳。

 両親はすでに亡くなっている。


 そして、このお店を開いた切欠は、妹のメアリーが貴族の乗った馬車に轢かれ左足の膝下から先を失ったからだ。

 それが2年前。


 この先にあるカリスーラ領を収める、男爵家のご令嬢の乗った馬車が道を歩いていたメアリーちゃんに突っ込んできたのだ。


 男爵家のご令嬢は先を急ぐからと謝罪もせずに立ち去り、後日使いの者が慰謝料だけを持ってきたと言う。


 その当時、妹のメアリーちゃんを親戚の家に預けてファティア高校に通っていたガイモン少年は急遽学園を退学。

 そしてメアリーちゃんを引き取りこの店をオープンしたと言うのが経緯だ。


 そりゃあ、貴族嫌いにもなるか。

 しかも、男爵家のご令嬢と私の姿をだぶらせたとしてもしょうがない。


 でも、交渉の余地ありだ。

 このお店のコンセプトがそれを物語っている。


 勝負はこれからだ。


「昨日は自己紹介もせずに失礼しました。私はマリアーナ・リシャールと申します」


「僕は、レオン・クリミスと言います。僕の右手の義手は君のお兄さんが作ってくれたんだよ。お兄さんはいるかな?」


 レオン君の柔らかいイケメンスマイルに警戒心を解いたメアリーちゃん。


 おお、さすがレオン君。


 イケメンスマイルの破壊力は全世界共通だね。



 レオン君が自分の作成した義手の持ち主だと発覚した後はモブさんの態度は少しばかり軟化したような気がする。


 お店の一角にある商談用の応接セットに案内された。

 私とレオン君が並んで座り、対面にモブさんが座る。

 相変わらず私とは目を合わせないが仕方ない。


「で、俺を訪ねてきた理由はなんだい? 君の右手は確かに俺の作品だ。覚えているよ」


 モブさんの問いかけに私が口を開こうとするとサッと手で遮られた。


「おっと、俺はクリミス君に聞いているんだ。あんたはしゃべるなよ。俺はお貴族様と話すと蕁麻疹が出る特異体質なんだ」


 どんな特異体質だよ。人を病原体みたいに言うんじゃねぇ。

 無視だ無視。


「あなたに見てもらいたいものがあるんです」


「おい、俺の言ったこと聞いてたのか? あんたはしゃべるなと言ったんだ!」


「私はあなたの妹さんの足を奪った男爵令嬢ではありません。混同するのはおやめ下さい。今、私の話を聞かなければあなたは一生後悔しますよ?」


「な! 調べたのか? 何なんだ、あんた達は?! まともに歩くことの出来ないメアリーの気持ちが分かるとでも言うのか?!」


「分かります。何も悪くないメアリーさんの身に起こった悲劇に対する憤りも、そしてその元凶となったものへの嫌悪の気持ちも。全部分かります。でもこの先、そうやって誰かを恨み、拒否し続けるつもりですか? それでは物事は良い方向へは進みませんよ? 私達は今、生きているんです。この先にも人生が続いて行くんですよ?」


「知った風な口を利くな! じゃあ、あんたが妹の足を返してくれのか? あんたの足を妹にくれるのか?」


「あげますよ。私の足はあげられませんが、あなたが錬金術で作った足を私が動かします」


「は? 何言ってるんだ? そんなこと出来るわけがないだろ?」


 そう言うモブさんを横目に私はレオン君の義手にハンカチを帯状に折りたたみ結びつけた。


 レオン君は一瞬だけ目を閉じると私に向かって頷いた。


 さぁ、パフォーマンスの始まりですよ。


 レオン君はハンカチが結びつけられた義手をモブさんの目の前で握ったり開いたりしてみせ、おもむろに立ち上がるとカウンターの奥で椅子に座ってこちらの様子を息を詰めて見守っていたメアリーちゃんの前に立った。


 そして上着の内ポケットに刺してあった薔薇の花一輪を人差し指と親指で摘みソッと差し出した。

 もちろん右手でね。


 この一連の動作をモブさんは口をポカンと開けて見ていた。


 どや! すごいだろ!


 ルー先生達がこの店の情報をかき集めている時に、私とレオン君は遊んでいたわけではないのだよ。


 ルメーナ文字の魔法陣を書いた紙でクマのぬいぐるみが歩いたんだ、じゃあそれを布に書いて義手に付けたらどうなるだろう?と、言うことで実験してみた。

 握る、開く、摘まむ、あらゆる手、指の動きのデータを頭の中から引き出し、魔法陣を構築したのだ。

 もちろんレオン君の魔力に反応して起動するように。


 見事成功。


 そしてこれを説得の材料にしようと目論んだのだ。


「モブさん、未来屋と光華鳥がこのお店のコンセプトなんですよね? 悪い行いをした者はそのうち破滅するでしょう。そいつ等のことを考えるより、未来に目を向けましょう。困っている人に手を差し伸べ、光華鳥のように善人に癒やしと祝福を。私達ならそれが出来ますよ。あ、こんな大それたこと言ってると聖霊様に怒られちゃうかな?」


 いまだに呆然としているモブさん。

 おーい! 戻ってこい!


 モブさんの目の前で手を振ってみるとパチパチと目を瞬いた。


「え? え? モブさんって誰? まさか俺のこと?」


 ガクッ


「そうですよ。そんなことよりこれからのことを話し合いましょう。私に錬金術を教えて下さい」


「えっと、ものすごく軽く流したけど俺の名前はモブじゃなくて、ガイモンだからな」


「はい、知ってますよ。でも、ガイモンもモブもたいして変わりませんよ」


「いやいや、だいぶ変わるし、俺はモブなんて名前じゃないし。これからは、ガイモンと呼んでくれ」


 チッ

 モブさんって気に入ってたのになぁ。


「お、おまえ、今舌打ちしただろう? 貴族令嬢が舌打ちなんて行儀が悪いぞ」


「貴族令嬢だって人間です。舌打ちぐらいしますよ。あー! そういえば、モブさんも昨日、客の私に舌打ちしましたよね? あれは店主としてどうなのかな?」


「あ、あれは、その、お前があの男爵令嬢とダブって見えて…そ、それでどうにも感情が押さえられなくて… いや、だから…さっきも八つ当たりをして悪かった」


「その謝罪、謹んでお受けしましょう。じゃあ、今後は『モブさん』ってことでよろしく」


「いやだ! モブという響きにそこはかとない悪意を感じる」


 ムムム、なかなか手強い。


「あの、お二人とも論点がだいぶずれてますよ。結局、ガイモンさんはマリア様に錬金術を教授してくれるんですか?」


 レオン君の一言で我に返った私達。


「お、おう!」


 やった! 錬金術の先生ゲットだぜ!


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