第25話 ここで使わずしてどこで使うというのだ?

 久しぶりの再会でアンドレお兄様の手を振り切り、走り去ってしまったレオン少年。


 それを見て泣き崩れるリンダさん。


 いったい、何が起こったのかわからない私達は取りあえず、ヘンリーさんとリンダさんの話を聞くこととなった。


 レオン少年は使用人棟のヘンリーさん夫婦のお家にいるようなのでそのままソッとしておくことに。


 さぁ、ヘンリー夫婦のお話を聞きましょう。

 みんなで応接室に移動する。



 レオン少年は18歳。


 アンドレお兄様が通っている学園都市にある芸術関係に力を入れているファティア高校の3年生。


 そして貴族の間でも名が知れた天才ヴァイオリニストだという。


 13歳の頃から音楽のコンクールでは常に優秀な成績を収め、今では、王妃様のお茶会や夜会のゲストに呼ばれるほどだとか。

 五ヶ月後に開催される王妃様主催の音楽会でも優勝候補との呼び名が高い。


 ちなみに、この音楽会、ちょうど三月に開催されるのでエントリーした者はこれが卒業試験となるようだ。



 ヘンリーさん夫婦がこのお屋敷を出ることになった経緯が記憶に新しいビクター&ミリー事件。

 そういえば、一人息子を人質に取られ脅されたと聞いていたが、その詳細は聞いていなかった。


 なんとあいつ等はレオン少年をごろつき達に金を握らせ学園から拉致し、ヘンリーさん夫婦に屋敷を出るように脅迫をした。


 犯人の言うとおりに、屋敷を出てヘンリーさんがレオン少年の拉致された場所に駆けつけた時にはもう誘拐の実行犯によって彼の右手にナイフが突き刺さっていたという。


 その後は田舎のヘンリーさんの兄の家に身をよせながらレオン少年の右手の怪我を治療していた。


 ビクター達はその後もこの事を誰かに言ったら今度は命の保証はしないと脅迫したうえに、屋敷の使用人達も人質に取られていた状態で身動きができなかったらしい。


 レオン少年の怪我は時間が経つとともに治るかと思われたがナイフに魔物の毒が塗ってあったようで日を追うごとに悪化していった。


 これには治癒魔法も効き目がなく、毒が体に回る前に右手の肘から先を切断するしかなかった。


 レオン少年の拉致事件から4ヶ月経った今も心身ともに傷は癒えず…


 学園の方にはレオン少年の気持ちを考慮してまだこの事は知らせていなく、体調不良で実家で療養中のため休学扱いとしているらしい。


 なんて酷い…許せない…


 その話を聞いた後は先ほどのレオン少年の行動に頷ける。


 まだ18歳だという彼の心を思うとつらい。

 つらいし、悲しいし、そして悔しい。

 あんな奴らのせいでこの先の未来を握りつぶされるなんて…


 ギュッと両手を握りしめるとその上にアンドレお兄様の手が乗せられた。

 そしてもう片方の手が私の頬を撫でた。


「マリア、泣かないで」そう言うアンドレお兄様の声で初めて自分が涙を流していたことに気が付いた。


 うん、そうだね。一番泣きたいのはレオン君だよね。


 でもまだ18年しか生きていない彼にはこの先の人生も笑顔でいてもらいたい。


「今は錬金術師が作成してくれた義手をしています」そう言うヘンリーさんの目にも涙が溜まっていた。


 今、レオン君の右手には義手がはめられてはいるらしい。

 王都の外れに腕のいい錬金術師がいてその人に精巧な義手を作ってもらったという。


 その義手はぱっと見作り物とは思えないほど、精巧に出来ているらしい。


 だが、やはり動かない右手はレオン君の気持ちを暗くさせている。


 錬金術で作られた精巧な義手…

 …動かないのか…


 動かない…動かない…?


 錬金術だから動かない?

 錬成術なら?


 錬成術…ルメーナ文字古代文字の魔法陣を組み込めば術師の思い通りに動くゴーレムが作れるんだよね?


 実際、その魔法陣を使って動くことは、くまのベリーチェで実験済みだ。


 じゃあ、その精巧に作られ義手にルメーナ文字古代文字の魔法陣を組み込んだら動くんじゃない?


 幸にして私は人間の骨格や関節の動きに関する知識があるし言語チートでルメーナ文字古代文字も使える。


 できる!

 むしろここでその能力使わずしてどこで使うんだ。

 やってやろうじゃないか。

 なんとしても、レオン君の笑顔が見たい。


 まずはその精巧に出来ているらしい義手を見せてもらおう。


「あ、あの私、レオンさんに会いに行ってきます」そう言って席を立つと、先程からうつむいてヘンリーさんの話を聞いていたお父様がノロノロと顔を上げた。

 そしてその顔にみんな一斉に息を呑んだ。

 顔色が青を通り越して白い上に目が死んでる。


 うおー?!

 もしかして、この一連の事件が自分のせいだと思っていらっしゃる?


 違うから! 悪いのはビクターとミリーだから!


「ヘンリー、リンダ、すまない。私は当主失格だ。君達の息子にまでつらい経験をさせてしまって本当に申し訳ない」そう言って頭を下げるお父様。


 気位ばかりが高いどこぞのお貴族様よりキチンと頭を下げることの出来るお父様は人としてとても尊敬できる。

 でもこのことに関してはお父様のせいではない。

 そもそも、学園のセキュリティーの緩さも問題だ。

 ん? セキュリティー?

 そう言えば学園のセキュリティーってどうなってるんだろう?

 簡単に生徒1人を拉致できちゃうなんてそれこそ大問題じゃないだろうか?

 やだこわーい!


 まあ、私は学園にも行ってないないのでなんとも言えないが…

 取りあえず、お父様の思い違いを正して、レオン君に会いに行こう。

 そう思ったところで、ヘンリーさんが口を開いた。


「旦那様、頭をあげて下さい。私達は旦那様のせいだなんて思っておりません。悪いのは犯人達だとわかっております。ただ、息子の将来を思うと胸が締め付けられる思いです。片手が使えないとなるとヴァイオリニストの夢は諦めなければなりません。なので、このお屋敷で使ってもらうわけには行かないでしょうか?」


「もちろんだ。むしろこちらからお願いするよ。レオンのことは悪いようにはしないから安心したまえ」


 そこで、私も一言。


「あの、お父様。レオンさんのために一番いい方法を模索するということでよろしいのですよね?」


「ああ、そうだ。レオンのために出来る限りのことはやるつもりだ」


 よし、言質は取った。

 それでは、レオン君に会いに行きましょう。

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