第26話 あなたの人生私にください
只今、ヘンリー夫妻のお家にお邪魔しております。
リシャール邸の敷地内に建てられた使用人棟。
家族用の棟と独身者用の棟が並んでいる。
その家族用の棟の一角にあるヘンリー夫妻の部屋。
品の良い調度品が配置されているリビングのソファに私とアンドレお兄様が並んで座り、ローテーブルを挟んでレオン君が座っている。
使用人棟とは言えこのリビングの広さだけでも20畳はありそうだ。
前世の私のワンルームマンションより広いではないか。
お父様とヘンリー夫妻はお屋敷の方で今までの事と、これからの事を話し合っている。
なかなかドアを開けてくれないレオン君を説得すること10分。
ようやく対面する事が出来た。
「で、こんな所にアンドレ様とマリアーナ様は何をしに来たんですか? ああ、僕はどちらかの従者になるんですかね? 荷物もろくに持つことの出来ない役立たずですが、雇ってもらえるんですか?」
左手で前髪をかきあげながら自嘲気味に笑うレオン君の儚げな微笑に胸が詰まる。
「レオン兄…話は聞いたよ。それで心配になって様子を見に来たんだ」
アンドレお兄様の言葉に苦しそうに眉を寄せるレオン君。
私はその間、レオン君の膝に置かれた右手に釘付けだ。
この義手の製作者は天才だ。
色、質感、爪の形にいたるまで見事な再現だ。
装飾義手というやつだ。
見つけた! 錬金術の先生。
「そうですか。もしかして可哀想な僕を慰めに来たんでしょうか? あいにく、僕の心はもう何も感じません。悲しいとも辛いとも…僕は生きながらにして死んでしまったんですよ。死体が動いていると思って下さい」そう言って左手で顔を覆いうつむくレオン君。
そんなレオン君に向けて私は口を開いた。
「だったら、あなたのこれからの人生を私にください」
私の言葉にアンドレお兄様とレオン君は目を丸くした。
悲しみも辛さも感じないなら怒りは感じるよね?
「死んでしまったと言うのなら、良いでしょ? あなたのこの先の長い人生を私の好きなように使わせて下さい」
怒りの感情は時として起爆剤になるんだ。
さぁ、怒れ! そして奮起しろ。
こんな子供の傲慢な発言に反発しろ。
おっと、ここはダメ出しで悪役令嬢のように不敵にニヤリと笑ってみよう。
そんな私を見てレオン君は顔を赤くして俯いた。
うん、狙い通り怒りで感情が動いたようだ。
錬成術を駆使した義手を完成させるにはレオン君の協力が不可欠だ。
畳みかけるようにさらに声をかける。
「私にあなたのそばにいる権利を下さい。どんなに嫌がってもそばを離れないのでそのつもりでいて下さい」
データを取るのにレオン君の行動をそばで観察することになる。
きっと息が詰まる思いをさせてしまうだろう。
でもより良い物を作るにはたくさんのデータが必要になる。
この世界には測定器やモニターは無いものね。
全部自分の目で見て、確認しなきゃ。
指の動き、手首の可動領域、握力に至るまで細かい分析が必要だ。
そのための確約だ。
私の言葉に呆然としながら頷くレオン君。
よっしゃ! では、彼の気が変わらないうちに行動しますか。
「そうと決まれば、その義手を作った錬金術師に会いに行きましょう。まずはお父様に外出の許可をもらわなきゃ」
私は立ち上がるとレオン君の左手を握り締めた。
そんな私を真っ赤な顔をして見上げながら立ち上がるレオン君。
ヴァイオリニストと言うだけあって長い指の綺麗な手だ。
この芸術的な手を見事再現している右の義手。
大丈夫、その右手をちゃんと動くようにしてみせるよ。
そうでなきゃ、界渡りの乙女の力を引き継いだ意味がない。
さぁ、行動あるのみ。
私はレオン君の左手を握り締めたままお父様の元へ走り出した。
後ろから慌ててアンドレお兄様も付いて来る。
「マ、マリア、マリアはレオン兄が好きなのか? いつからだ?マリアが6歳の時に会ったきりだろう?」
ブツブツとうわごとのように呟くアンドレお兄様。
言ってる意味が分からない私はそのままスルーして先を急ぐ。
繋いだレオン君の左手を強く握りながら、決意を新たにする。
君の右手を動かしてみせるよ。
君の右手が取りこぼした才能と夢を掴みに行こう。
私は相変わらず赤い顔のレオン君を見上げてにっこりと笑いかけた。
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