第24話 感動の再会はどこ行った?

 ルー先生の魔法の訓練も順調。

 ルー先生の属性は火と風なので水と土はアンドレお兄様が学園のお休みの日に教えてくれている。


 剣術と魔法の授業がない日には、図書室で本を読み漁っている。

 この国の歴史はもちろんこと、他国の歴史や地理に至るまで暗記する勢いで一心不乱に本を読む。


 面白い。

 魔法や魔物がいる異世界のことが書かれている本は下手な小説よりも読み応えがある。


 もともと本好きな上に子供の柔らかい脳が知識を欲しているようだ。


 さて、この国と周辺国の歴史と地理はだいたい頭に入れた。

 次は魔法陣全集なる本を読みますか。


 その本は初級編から上級編、はたまた古代文字の魔法陣まで網羅している。


 非常に興味深い。

 魔術関係のことは大人が一緒にいるとき限定ときつく言われているが、これはもう自室で実験するっきゃない。

 子供は好奇心の塊なのだ。

 中身はアラサーだけどね。


 誰にも見つからないように分厚い本を抱えて上機嫌で部屋に戻る。


 さぁ、魔法陣全集、ルメーナ文字古代文字魔法陣のページを開いて実践だ。

 紙に『歩く』と条件づけの魔法陣をルメーナ文字古代文字で構築する。

 それをくまのベリーチェの頭に乗せて魔法陣に魔力を流すと三歩ほど歩いた。

 乗せていた魔法陣を書いた紙がスルッと落ちたところでコテンと転がった。


 うーん。やっぱり魔石に魔法陣を魔石に込める方法を教えてもらわなきゃ。


 錬金術も錬成術も高性能な物を作るならそれが必要だからね。


 防御魔法も攻撃魔法も一応一通り出来るようになった。

 もちろん言霊も詠唱もなしで出来る。


 まあ、これは前世のゲームのおかげだね。


 ルー先生からもアンドレお兄様からも絶賛されたが、ランさんの話だとアンドレお兄様もすぐに言霊も詠唱もなしで全属性を使いこなし、イントラス学園中学の入試はオール満点で突破したらしい。


 チート過ぎる。

「顔面も頭脳も高偏差値で優しいなんて、欠点なしの完璧貴公子か…」

 こりゃ、ご令嬢達がほっとかないわな。

 私のつぶやきに、ランさんが笑いながら言った。

「偏差値と言うのが何のこと分かりませんが、お優しいのは今のところマリアお嬢様限定ようですよ。社交界では氷の貴公子の二つ名で呼ばれ、同年代のご令嬢達の間では第二王子に次いで人気でいらっしゃいます」


 氷の貴公子?

 なるほど、あの容姿で愛想を振りまいていたらそれこそ花に蜂が群がるがごとく大変なことになっちゃうか。


 何でも、あの第二王子のラインハルト殿下はアンドレお兄様の同級生でこれから婚約者選定をする二人は社交界では有名人らしい。


 因みに、今年17歳になる第一王子の婚約者選定はすでに終わったとのこと。

 同級生の侯爵家のご令嬢だそうだ。


 王族と結婚なんて、ザ・庶民の私からしたら面倒なだけで何一つ美味しいところはないと思うんだけどなぁ。

 だって王子様の前でおならとか出来ないし。

 え? 普通、惚れた相手の前でも出来ない?

 うーん、そこはお互いに愛を育んでおならが出来る間柄にするんです。

 あれ? じゃあ王子妃になってもそうすれば良い?

 まあ何にしても、第一王子なんて以ての外だ。

 この国の王様は正妃の他に側妃も娶れるのさ。

 つまり、一夫多妻制ね。

 現国王は正妃との間に、王子が1人、第一側妃との間に王子が1人、第二側妃との間に王女が1人いるらしい。


 でもいずれこの国の王様になる予定の第一王子が側妃は持たないと宣言した事から年頃の娘を持つ貴族と揉めているらしい。

 権力至上主義の貴族社会では自分の娘を売り込むのにみんな必死のようだ。


 うちのパパさんが権力至上主義でなくて良かった。

 どっちかって言うと娘至上主義だものね。


 だいたい、一夫多妻制なんて言語道断。

 どんなに優雅な生活を保証されようと愛する人を誰かと共有するなんて無理。


 ないわー


 それにしても、十代で婚約者を決めるなんて早いな。

 27歳にして婚活を始めた私にしてみれば、そのあと、運命の相手に出会ってしまったらどうするんだと心配になっちゃうよ。


 私は行き遅れと言われても自分の気持ちに正直に相手を選ばせてもらいます。

 政略結婚は No thank  you! なのだ。

 このことをお父様に言ったら、「お嫁になんて行かなくて良い。ずっとお父様と暮らそう」と言われ、また違った意味で心配になった。

 騎士団総団長の父親を敵に回しても私を娶ってくれる強者がいるだろうか?


 前世同様、結婚出来ないまま死ぬのは嫌だよ。

 目指せ幸せな結婚!





 さて、今日は、いよいよ前任の執事と侍女長の夫婦である、ヘンリーさんとリンダさんが戻って来る日。


 ルー先生と御者のダンが昨日から馬車でお迎えに行っているのだ。

 多分、お父様とアンドレお兄様も午後の早い時間にお屋敷に帰ってくるだろう。


 それまで暇な私は、中庭でシュガーを相手に魔法の特訓中。


 水の玉をいくつも作って風魔法で浮かせれば、シュガーがジャンプをしながらパクパクと水の玉を食べる。


「ワン! ワン!」


 もっと出せってか?

 シュガーのご要望通りに水の玉を出して今度はシュガーから逃げるように動きをつけてみた。


 大喜びのシュガーが夢中で水の玉を追いかける。

 私も一緒になって走り回り、あ! と思ったときには遅かった。


 飛ばした水の玉を追いかけてシュガーが走って行った先は庭師のカントさんが丹誠込めて作ったレンガで囲われた薔薇園だった。


 脅威のジャンプ力でレンガの塀を飛び越えたシュガーは見事水の玉を口でキャッチ、着地した足の下にはつぶされた色とりどりの薔薇の花。


 あちゃーこれは不味いぞ!

 私の気持ちとは反対にシュガーは満足そうな顔で『すごいでしょ? ほめて! ほめて!』と言わんばかりに尻尾をブンブン振っている。


 あまりにも可愛いその様子に思わずへにゃと笑顔になるが後ろから聞こえてくるカントさんの野太い悲鳴に背筋がピンと伸びた。


 はい、お説教タイム突入です。

 普段優しいカントさんは声を荒げて怒ることはないが静かな低音ボイスのお説教は心にずっしりと響きます。


 カントさんのお花への深い愛に打ちのめされ、シュガーが踏み荒らした薔薇達にごめんなさいと頭を下げた。


 これ、もうダメかな? 抜くしかない? ダメもとでソッと手をかざして水を蒔いてみた。


 あ、あれ? さっきまでシュガーに踏みつぶされて地面に横たわっていた薔薇の茎がにょきっと立ち上がり、千切れ落ちそうになっていた花びらさえもピンと元気になった。


「な、なんじゃこりゃ? マリアお嬢様、一体何をやりなさった?」


 ん? な、なにも… 

 水を蒔いただけだよ? え? なんで???


「お嬢様は緑の手のスキルがあるのですかい? いや、これは緑の手の力にしてはおかしいな。光属性の力か?」


 光属性? もしかして治癒の力? 

 やばい…


「きっとこれは緑の手のカントの力ね。土に魔力が残ってたのでしょう。そこに水を蒔いたから薔薇が元気になったのね。さすが我が家の庭師ね!」

 首を傾げるカントさんを後目にシュガーを連れて逃げるようにその場を立ち去った。


 やっぱり光属性もありそうだな。

 人前ではバレないようにしなくては。





 昼を少し回ったところで帰ってきたお父様とお兄様と一緒にお屋敷の門前に待機中。


 そろそろ着くとルー先生が伝達蝶を飛ばしてくれたのだ。


 執事のヘンリーさんと侍女長のリンダさん。

 どんな人達だろう?

 マリアーナの日記にはとても懐いていた様子だったけど。


 程なくすると、リシャール家の紋がついた馬車が到着。


 中から出てきたのは、グレーのスーツをビシッと着こなした緑の髪に淡い茶色の瞳の美丈夫、深緑の上品なワンピースに赤い髪を頭の上で一つに纏めた緑の瞳の美女。


 そしてその後ろから赤い短髪に淡い緑色の瞳の少年が現れた。

 容姿の特徴から二人の息子だろう。

 見たところお兄様より少し年上かな。

 シュッとした顎のラインが繊細な印象の美少年だ


 しっかし、この世界、美形率が高いな。

 無類のイケメン好きを豪語する私だが、右を見ても左を見てもイケメンだらけだと日本人的なあっさり顔が恋しくなる……


 これって、甘いものばかり食べるとしょっぱい物が欲しくなる心理だね。



 アンドレお兄様はその美少年を見ると嬉しそうに笑った。


 ヘンリーさんとリンダさんがお父様に挨拶している間にアンドレお兄様が赤い髪の少年に駆け寄った。


 おう! 美少年同士の感動の再会ってやつか。

 眼福、眼福。


「レオン兄じゃないか! 久しぶりだな。レオン兄も来るなんて知らなかったよ」

 そう言ってレオン少年の右手に触れようとしたとたん、思っても見なかった展開に。


「止めてくれ! 僕の手に触るな!」レオン少年はそう言うと、アンドレお兄様の手を振り切って走り去った。


 残された私達は呆然とし、リンダさんはその場に泣き崩れた。


 な、なに? 何がどうしてこうなった?


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