第20話 言語チートとオネエ様

 自分の葬儀も無事に終わり、私は屋敷の図書室で読書中。


 お父様は仕事を補佐官に押し付ける技を覚えたらしく定時に帰って来るようになり、アンドレお兄様は学園の寮を引き払い、この屋敷から馬車で学園に通うようになった。


 王都のお屋敷から学園都市にあるイントラス学園までは馬車で約一時間。

 これって、近い? 遠い? 微妙な距離だ。



 因みに、学園都市と言われるものはこの国に3つある。

 東部、西部、南部の地域に別れている。王都が位置するのは東部地区、それに隣接する学園都市にアンドレお兄様は通っている。


 その昔は北部にもあったようだが、北部は隣国のナンカーナ皇国との国境があり戦争で学園都市のたくさんの学生が犠牲になったらしい。そんな経緯もあり今ではその学園都市は消滅した。


 学園都市と言うだけあってその中にサティナと呼ぶ13歳から15歳までの子供が通う学園が3つ、ファティアと呼ぶ16歳から18歳の子供が通う学園が3つ、ナティアと呼ぶ19歳から21歳までが通う学園が2つある。


 日本で言うところの中学サティナ高校ファティア大学ナティアと思えば良いかな。

 小学校までの勉強は貴族は家庭教師、平民は教会で学ぶようだ。


 貴族や裕福な家の子供は高校ファティア大学ナティアまで通うようだが、早期騎士団入団希望者や平民は中学サティナまで、家庭の事情によっては中学サティナも中退して働きに出たりする。


 この世界の教育に対するレベルは高く、これも『落ち人様』の影響だろう。


 学園はそれぞれ特色があり、アンドレお兄様の通うイントラス学園は魔法と剣術のレベルがハイクラスの学園らしい。


 私は錬成術を極めるつもりなのでこの屋敷から馬車で二時間ほどのライナンス学園に通うつもりだ。もちろん寮生活をしますよ。


 さて、今私が読んでいるのはルメーナ文字の辞書。

 これがですね。読めちゃうんです。

 読めるし書ける。ちゃんと意味も分かる。

 これって、きっと『落ち人様』のチート能力?

 なるほど、この世界に落ちて最初から言葉が分かったのはそのせいか。


 ゴーレムを造るにはルメーナ文字の魔法陣を構築して魔石に込めるらしい。


 現代文字と古代文字ルメーナ文字の魔法陣の違いは起動時の魔力量だ。


 つまり、現代文字の魔法陣はその魔法陣の規模に見合った魔力を込めないと起動しない。


 複雑な魔法陣や大きな物は相当な魔力が必要となる。

 だから、ゴーレムには適さない。


 ゴーレムを造るには文字自体に魔力があると言われる古代文字ルメーナ文字で構築された魔法陣でなければならない。


 現代文字の魔法陣を駆使した物の代表が灯りや、水道だ。

 これらの装備にはスイッチと言われる魔石に現代文字で構築された魔法陣が込められている。


 少しの魔力で起動するように「赤の賢者」という人が開発し、世に広めたらしい。


 今の便利な生活はこの「赤の賢者」のおかげなんだね。

 元の世界で言うところのエジソンみたいな人だ。


 初歩は教本を見ながら紙に書いて魔法陣を覚えるようだが、魔法陣の法則さえ押さえればオリジナルのものでも術は発動するらしい。

 それならば、色々と可能性が広がる。

 ギルドで見た、ただの箱型の運搬用ゴーレムじゃなくてもっと作業に適した人型のゴーレムだって造れるに違いない。


 ただ、魔法陣を魔石に込めるやり方や錬金術のやり方がわからない。


 それどころか、魔法の知識すらないもの。


 うーん、お父様に願いして家庭教師を探してもらおうか?

 幸い、学園入学前の基礎勉強はさすがに中身アラサーなのですぐに卒業出来てしまったのだ。

 ついでに剣術も習ってみようかな。

 だって魔物がいる世界だからね。


 これは私の保険だ。

 お父様とお兄様から向けられる真っ直ぐな愛情が時々私の心に言い知れぬ苦しさをもたらす。


 だってこの暖かい愛情は本来なら本物のマリアーナに向けられる物でけっしてアラサー女の満里奈に向けての物じゃない。


 この先、私が成人してお父様とお兄様の幸せな未来が見通せるようになったらひとりで旅に出るのも良いかもしれない。

 まあ、最終目標は幸せな結婚なんだけどね。


 そのための自立計画なのだ。

 手に職と自衛術の習得ね。

 早速、お父様にお願いしますか。





 そして、一週間後、魔法と剣術を教えてくれる先生が来ることになった。

 残念ながら、錬金術と錬成術の先生は見つからなかったらしい。

 こうなったら、文献を読みあさり自分で習得しますかね。

 学園に入学する前に錬金術と錬成術の基礎を押さえておきたいからね。


 私は朝からソワソワしっぱなし。


「マリア、ずいぶん嬉しそうだね。なんだか妬けるな。そうだ、僕も兄としてマリアの先生にあいさつをしておこう。今日は遅刻して学園に行くことにするよ」


 そう言って学園の制服姿のアンドレお兄様は私の隣に腰を下ろした。


「なんだ、アンドレ、サボリはいかんぞ。マリアの講師は私の元部下だ。これからはマリアの護衛としても従事してもらおうと思っている。だから挨拶などいつでも出来る。むしろアンドレが屋敷にいる方が心配だ」


 ああ、そうだよね。やっぱり親としては学校サボるなんて容認できないよね。


 それにしても、お父様の元部下というと、騎士だった人?

 なんで騎士団を辞めたんだろう?


「あ、なんだか僕がいたら不味いような言い方ですね。まさか、その講師って若い男ですか? 父上、マリアに若い男を近づかせるのは反対です!」


「まあ、若い男と言えばそうとも言えるがな」


「本気ですか? 父上、こんなに可愛いマリアを見てその男が変な気を起こしたらどうするんですか?! 講師は30越えたおじさんに変更して下さい」


 いやいや、誰もこんな子供相手にしないって。

 それに、30越えをオジサンと形容するのも止めてちょうだい。

 心がえぐられるじゃないか。


 むしろ30越えた男性なんて中身アラサーの私からしたらドストライクだってば。

 私が変な気起こすわ。


「お兄様、誰もこんな子供なんて相手にしませんよ。それより早く学園に行かれては? 本当に遅刻してしまいますよ」


「マリアまで、僕のことを邪魔者に…」そう言ってうなだれるお兄様が可愛くて私はギュッと抱きついた。

 すると嬉しそうに抱きしめ返してくれた。


 ああ、可愛いな。アンドレお兄様は。

 時々悪魔な発言をするけど見た目は天使。


 すると私の足元にシュガーがすり寄ってきた。

 あら、こっちも可愛い。

「シュガー、良い子ね」そう言ってシュガーを抱き上げるとシュガーも嬉しそうに「ワン!」と鳴いた。


 そんなことで朝からワイワイ騒いでいるとランさんが1人の男性を従えて私達のいるサンルームに入って来た。


「ご歓談中失礼いたします。ルーベルト・ターナー様がいらっしゃいましたのでお連れしました」


 ランさんの後ろから顔を出したのは、20歳前後のスラリとした姿態のものすごい美形のお兄さんだった。


 深い藍色の瞳に銀色の長い髪を後ろで束ね、ちょっと着崩した黒の剣士服がとてもよく似合っている。


「おお、来たか。うちでは取り繕うこと無いからな、いつものお前の言葉遣いでいいぞ」そう言うお父様に頷くと美形のお兄さんが口を開いた。


「ルーベルト・ターナーよ。この名前可愛くないからいやなの。あたしのことは、ルーって呼んでちょうだいね」


 おお! まさかのオネエ様でしたか。


「まあ、こちらがマリアーナ様かしら? とっても可愛いわね。あたしったら可愛いものが大好きなのよ。あら、こちらも可愛い僕ちゃんだわ。アンドレ様ね。やっぱり男は若い方が良いわね。ちょうど食べ頃かしら?」


 そう言うと、ルーベルト様、いえ、ルー様はアンドレお兄様に向かってバチンとウインクをした。


 肉食系のオネエ様ときたか。


 うん、騎士団を辞めた理由が分かった気がする。お父様が屋敷にいるアンドレお兄様のことを心配した理由わけも。

 こりゃあ、お兄様の貞操の危機ってやつか?


「お、お兄様。早く学園に行かれた方がよろしいのでは?」


「そ、そうだね。では、行ってまいります!」脱兎のごとく走り去るアンドレお兄様。


 お父様曰わく、若い男性の講師を私に近づけたくなく、そうかと言って良く知らない女性をこの屋敷に迎え入れることはミリーの事件から得策とは言えないと。ならば、女性でもなく、男性でもないルー先生が適任だと思い至ったらしい。


 なんにしても、私に魔術と剣術を教えてくれるならオネエ様だろうと気にしませんよ。


「マリアーナ・リシャールです。マリアとお呼び下さい。ルー先生とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


「まあ、先生なんて呼んでくれるの?嬉しいわ」


「では、ルー先生、よろしくお願いいたしますね」


 こうして私は魔法と剣術の師匠をゲットしたのだった。

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