第19話 自分の葬儀はシリアス感ゼロでした
今日はマリナのお葬式の日。つまり自分のお葬式ね。
お父様、アンドレお兄様、私の三人で埋葬地に向かいます。
この世界でも葬儀は黒の装いのようでお父様とお兄様は黒のスーツ、私は袖と胸元が黒のレースで装飾されたロングドレス。
お父様とお兄様はどこのモデルさんですか? というくらい素敵な仕上がりです。
一方、ピンクゴールドの髪に黒いドレスの私は…似合わねー!
違和感半端ない。
何度も首を傾げながら鏡を覗き込む私にランさんとナタリーさんは、なぜか顔を赤くしながらキャッキャとはしゃいでいた。
二人が楽しそうだからまあ良いか。
この身体にもすっかり慣れて10歳の子供の反応もさほど意識せずに自然に出るようになった。
感情が子供の身体に引きずられているのだろうか?
馬車に揺られシュガーの頭を撫でながら、今日までの事を回想する。
ミリーとビクターは自分達の罪を洗いざらい自供し、この国の裁きを受けることに。
前任の執事と侍女長のヘンリーさんとリンダさん夫婦はまたリシャール邸に戻ってきてくれることになった。
所用で1ヶ月後の10月末になるそうだけど、その間、ランさんが侍女長代理、執事は取りあえず不在ということで、みんなで乗り切ろうと言うことになった。
あ、そうそう、新生マリアーナ宣言もしておきましたよ。
未だに記憶が無いので一度死んだと思って、これからは生まれ変わったマリアーナを見てほしいとね。
まあ、その宣言もあってマナーとダンスのレッスンを一から受けるはめに。
概ねマリアーナの体がマナーもダンスも覚えているようで大きく戸惑うことは無いが言葉遣いがまどろっこしい。
さすがに中身はアラサーなのでキチンと敬語は使えるが、ご令嬢仕様の「~ですわね」や「~でござますわ」はとっさに出てこない。
こりゃ、状況により大きな猫を被るしかない。
幸いな事にマリアーナの容姿は儚げな印象なので最悪黙って微笑んでいれば良いんじゃないかと思っている。
美少女は得である。
そうこうしている間に目的地に到着したようだ。
「さぁ、マリア着いたよ。少し予定の時間より遅くなったから急ごう」
お父様はそう言って手を差し出して私を馬車から降ろしてくれた。
言っときますけど、遅くなったのはおもにお父様とお兄様のせいですからね。
どちらが私の隣に座るかで揉めていたからだ。
一向にらちがあかない押し問答に「行きと帰りで交代しては?」と提案して解決したのだ。
お父様は「マリアは可愛いのに頭も良いな」と絶賛し、それを聞いた中身アラサーの私は恥ずかしさに身悶え、それを見ていたアンドレお兄様が「可愛い可愛い、マリアが可愛すぎてつらい」と呟きながら私の頭を撫で回した。
溺愛五割り増しの誰得劇場にお葬式のシリアス感はゼロである。
王城の隣に位置する王家の墓地には神官長様をはじめとした聖職者の皆さんが地中の棺を取り囲み祈りを捧げていた。
私達の姿が見えたところで神官長様が笑顔で出迎えてくれた。
この世界に落ちて早々に亡くなった『界渡りの乙女』の葬儀はひっそりと行われる。
ジークフィード様は来てないみたいだ。
あの人は来てくれるかと思ったのに残念。
何だか少し寂しいな。
そう言えば、日本での私の存在はどうなっているんだろう?
あれ? 変態ストーカーの足を刺しちゃっていなくなったから、まさか傷害犯として逃走したなんて思われてないよね?
やだ、『アラサー女、男性の足を刃物で刺し逃亡!』なんて新聞に出てたらどうしよう!
いやいや、あの場には私の血痕も残っているはずだからそこはちゃんと捜査してもらえることを願おう。
そんな事を考えているとボロボロの身なりをした男性がフラフラとこちらに歩いて来るのが見えた。
全身を黒いローブで包みフードを被っているので顔もわからない。
所々赤黒いシミがローブに飛び散っている。
あのシミはもしかして血?
まさか人でも襲ってきたのか?
怪しさ120%だ。
奇しくもここは墓地。
もしかして、ゾ、ゾンビ?
異世界だものゾンビ的な何かがいてもおかしくないよね?
すると、シュガーが私の腕からするりと滑り降り、あろうことか、ゾンビの方に走り出したではないか。
「ワン!ワン!」
慌てて私も後を追う。
「シュガー! ダメよ! 戻ってきて!」
ゾンビは自分の足元まできたシュガーを抱き上げた。
きゃー! 大変! シュガーが食べられちゃう!
なりふり構わずゾンビのもとに走り寄り、シュガーを奪い返すと叫んだ。
「ダメー! シュガーを食べないで! 名前は美味しそうだけど、美味しくないから! 食べるならあそこにいるメタボのおじさんにして! あんなに太っているんだもの、きっと美味しいはずよ!」
私の指差した先には先ほどから祈りを捧げている聖職者達がいた。
その中でぽっちゃり体系のおじさんが、ショックのあまり泡を吹いて倒れるところだった。
「失礼な。犬も人も食べないぞ。俺は美食家なんだ」
しゃ、しゃべった! 異世界のゾンビはしゃべるのか?
それに美食家のゾンビって、なに? こ、怖すぎる!
「なんだ、ジークじゃないか。また森に行ってたのか?」
この緊急事態にのんびりとしたお父様の声が耳に届いた。
ん? ジーク? ジークフィード様か?
良く目を凝らしてみると、フードの下から綺麗なルビー色の瞳が見えた。
なんだ、ジークフィード様じゃないですか。
「あーびっくりした。ジークフィード様、あのおじ様、ショックで倒れちゃいましたよ」と私が言うと、アンドレお兄様が笑いながら口を開いた。
「いや、あの人はどっちかって言うとマリアの一言に衝撃を受けたみたいだよ。シュガーを助けるために、迷わず他人を差し出すなんてマリアは本当にシュガーのことが大事なんだね。少しシュガーに嫉妬しちゃうな。小さな動物に愛情を惜しみなく注ぐなんてマリアは優しい良い子だね」と言って頭を撫でてくれた。
「いや、それは人としてどうだろうか?」そうつぶやくジークフィード様をまるっと無視してお父様が話しかける。
「ジークお前、5日間の休暇願を申し出てたがもしかしてこの5日間、森で魔物狩りしてたのか?」
「あ、はい。この埋葬に間に合うと良かったんですけど。結局、新種の魔物を見つけることは出来ませんでした。界渡りの乙女に
「えっ? 新種の魔物ですか? そんな連絡、僕の学園には来てませんよ?」
「ああ、まだ確認中だからな。界渡りの乙女が新種の魔物に襲われて命を落としたようなんだ。ヘンタイス・トーカという魔物にな」
あれ? なんだろう? とっても聞いたことのあるフレーズが・・・
ヘンタイス・トーカ? 新種の魔物?
えっと、ヘンタイス・トーカ…ヘンタイストーカ…ヘンタイストーカー…ん?
…それって…変態ストーカーだ!
そう言えば、あの時ジークフィード様が新種の魔物がどうとかって言ってたような…
「それなんですが、総団長。俺、その新種の魔物をどうしても見つけたいんです。騎士団を退団して冒険者になろうと思います」
げっ! ダメ、ダメ、ダメ!! 騎士団を辞めるなんて!
ヘンタイス・トーカって、変態ストーカーのことだよ!
新種の魔物じゃないってば!
どうしよう? 何だか死に際の
騎士団ってエリートコースだよね? なるの大変なんだよね?
「あ、あの! ジークフィード様。お話があります。お父様達はここで待ってて下さいね」私はそう言いながらジークフィード様をちょっと離れたとこに引っ張って行った。
お父様とお兄様が何か口々に何か叫んでいるが知ったこっちゃ無い。
「ダメです! 騎士団を辞めるなんて。えっと、界渡りの乙女もそう言ってます」
「君に界渡りの乙女の声が聞こえるとでも言うのか? 言っとくが、これは俺の問題なんだ。騎士団を辞めるも辞めないも俺が決める」
「聞こえます! 私にははっきりと聞こえるんです。埋葬される前にあなたに伝えてほしいと…新種の魔物なんてこの世界にはいないそうです。自分の世界の人間にお腹を刺されたそうです。その人を変態ストーカーと呼んでいたんです。ジークフィード様にも騎士団を辞めてほしくないと言ってますよ」
「嘘だ! 界渡りの乙女の名を使って適当な事を言うな!」
「嘘じゃないですよ。界渡りの乙女は、マリナ・アキモトさんはあなたにとても感謝してます。自分の最後を看取ってくれたあなたに」
「なまえ・・・マリナの名前を・・・本当に君はマリナの声が聞こえるのか?」
もちろん、本人ですからね。
「はい。マリナさん、あなたには騎士団で活躍してほしいと言っていますよ。あと、子犬のこともありがとうって。最後のお願いを叶えてくれてありがとうって。騎士団、辞めないで下さい。マリナさんが悲しみます」
私のその言葉にジークフィード様は片手で顔を覆いしばし沈黙のあと、顔をあげた。
「俺のことはジークで良い。騎士団は辞めないよ。マリナの言葉をありがとう。君はやはり導きの女神なんだな」
ん? 最後はなんだか中二病的な言葉が聞こえたが、まあ、退団を阻止できて良かったとしますか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます