第21話 可愛いは正義 ルーベルト・ターナー視点
「ルーベルト様。リシャール伯爵様がお見えになりました」
執事の声でオレは重い腰を上げた。
今日はオレの元上司が訪ねてくる日。
この連絡をもらったのは一週間前。
ちょうどこの屋敷に帰ってきた時だ。
オレはターナー子爵家の次男。
幼少の頃から可愛い物が好きでしょうがなかった。
父上からは男なんだから、もっとしっかりしろ、男らしくなれ、と言われ母上からは軟弱者と嘆かれた。
父上と母上が何を言ってもオレは可愛い物を集めるのが止められなかった。
それは可愛いフリルのついたハンカチだったり、動物の置物やぬいぐるみだったり、可愛い花がついた帽子だったりと多岐にわたる。
だが、自分でフリルたっぷりのドレスが着たいわけではない。
ただ可愛い物を見てると心が癒されるのだ。
小さい子供も可愛いと思う。
それは男の子も女の子もだ。
ふっくらとした頬も丸い目も小さな手も足も可愛い。
でもそれだけだ。性欲を感じるわけではない。
そこのところが父上や母上には理解してもらえない。
唯一兄上だけはオレを認めてくれた。
たぶん、理解はしてくれていないと思うが、理解しようと歩み寄ってくれる。
そんなオレは学園の
まあ、父上に放り込まれたと言ったほうが良いか。
魔法も剣術もそこそこの腕前のため入団テストはトップの成績で合格した。
騎士団の寮に入ったがそこでも可愛いもの集めは止められなかった。
そんなオレを騎士団に同期入団したヤツがからかってきた。
こういう奴は学園にもいたからオレは相手にしなかった。
そいつはオレが入団したときから何かとちょっかいをかけてくるウザイ奴だった。
そいつはあろうことか、オレが留守の間にオレの部屋に入りコレクションを片っ端から壊した。
今まで相手にしなかったがこれには堪忍袋の緒が切れた。
結果、そいつをボコボコにした。
「もう許して下さい」と奴が泣きながら謝るまで殴りつけた。
先輩が止めに入らなかったら、きっと殺していたかもかもしれない。
オレがどうなろうと自己責任だが家に迷惑をかけるわけにはいかないからな。
先輩には止めてくれて感謝している。
この先輩も瞳の色のことで他人から嫌な思いをさせらていたらしいから周りの人と違うオレのことを気にかけてくれていたようだ。
そんな先輩にこれ以上迷惑をかけるわけにもいかず、オレは騎士団を退団した。それが17歳の時だ。
退団してからは伯爵家の屋敷に住み込みで護衛の仕事をした。
仕事は真面目にやっていたが18歳を過ぎた頃からその屋敷の奥方や令嬢から変な目で見られることが多くなった。
どうやらオレの見た目は女性受けするらしい。
ある日、旦那様の留守時を狙って奥方がオレの部屋にやって来た。
もちろんそんな気はないから丁重にお断りしたさ。
だが、それがお気に召さなかったらしく、旦那様が帰ってきたとたん、オレが誘惑してきたとのたまった。
案の定、奥方の言った事を鵜呑みにした旦那様に殴られ屋敷を追い出された。
だいたい可愛いもの好きなオレがあんなメスゴリラを相手にするかっての。
そしてまた職探しの結果、今度は侯爵家に雇われた。
お嬢様の専属護衛だ。
今度はいらぬ誤解をされないように前に酒場で見た男なのに女言葉を使う変わった若者を演じてみた。
これでご令嬢や奥方から男として相手にされないだろう。
女言葉のおかげが、奥方や令嬢からは気安く声をかけてもらえ、その屋敷の使用人達とも概ね良い関係を築けていた。
そんな生活が終わったのは、その屋敷の子息が長い間かかった領地の立て直しから帰って来たからだった。
なんとその子息は女性の体に欲情しない性癖の男だった。
これには焦った。
オレは女言葉を使っているが男が好きなわけではない。
手を握られ熱烈に迫られたため、奴の股間に蹴りを入れて逃げ出した。
翌日、オレは侯爵家のご子息に暴力を振るったとして解雇された。
いったいオレがどんな悪い事をしたんだ。
騎士団をケンカした挙げ句辞め、貴族の屋敷を奥方を誘惑したと解雇され、その次は子息に暴力を振るったとして解雇されたどうしようもないオレを実家の両親は暖かく迎えてくれた。
男らしくなって帰ってきたと。
我が両親ながら感覚がずれている。
ケンカ
しかしながら、19歳にもなっても親に厄介になってるのも気が引ける。
さぁこれからどうするかと思っているところに騎士団の総団長から会いたいとの知らせが入ったのだ。
ターナー家の応接室でリシャール総団長と向かい合う。
社交界では「鋼鉄の貴公子」と呼ばれ、騎士団では「金の獅子」の異名を持つ総団長。
とても40歳過ぎとは思えないほど若々しく、整いすぎた美貌は人間味を感じさせない冷たさがある。
笑ったところを見たことが無いという噂だ。
こんな完璧人間がオレなんかに何の用があるというのだろう?
「ルーベルト・ターナー君。今日は時間を取ってもらってすまないね」
「あ、いえ、とんでもありません。それでどの様なご用件でしょうか?」
「単刀直入に言おう。君を我が娘の護衛兼、魔法と剣術の講師として迎えたいと思っている」
え? 総団長のお嬢様の護衛は分かるが剣術の講師?
「えっと、剣術はご子息ではなくお嬢様が?」
「ああ、そうだ。私の可愛い娘に教授してもらいたい」
それから、怒涛の娘自慢が始まった。
デレデレと目尻を下げながら自分の娘がどんなに可愛いかを切々と訴える総団長。
えっ、これ誰だ?!
まさか、総団長の皮を被った魔物か?!
笑ったことがないなんて言ったのどこのどいつだ?
始終にやけっぱなしじゃないか。
何だか、娘が産まれたときの話が始まったぞ。
おいおい、これいつまで続くんだ?
オレが返事をするまでか?
そうなのか?
「わかりました! お引き受けします! よろしくお願いします!」
負けた・・・
勝負をしていたわけではないがある種の敗北感がオレを襲う。
「そうか。引き受けてくれるか。あ、うちでは前の勤め先のように女言葉で良いからな。むしろその方が安心だ。では、よろしく頼む」
満面の笑みでそう言う総団長にオレはソッと息を吐き出した。
それにしても剣術を習いたいなんてどんな獰猛なご令嬢なんだろう?
総団長はしきりと可愛いを連発していたが、親の欲目ほどあてにならないものはない。
そして、翌日リシャール邸で初めてマリアーナお嬢様に会った。
うおー!可愛い、可愛い、可愛い!!!
何この子? 妖精? 妖精なのか?
サラサラのピンクゴールドの髪に深い緑色の瞳。
シミ一つ無い白い肌に可愛らしい小さな唇。
隣にいるのはこの子の兄だな。
兄妹揃って超美形だ。
兄の名前は確か、『アンドレ』だったか。
まあ、この
そう考えてオレは口を開いた。
「まあ、こちらがマリアーナ様かしら? とっても可愛いわね。あたしったら可愛いものが大好きなのよ。あら、こちらも可愛い僕ちゃんだわ。アンドレ様ね。やっぱり男は若い方が良いわね。ちょうど食べ頃かしら?」
そう言ったと同時に彼に向けてバチンとウインクをしてみた。
すると焦ったように走り去ってしまった。
あはは、からかいすぎたかな。
アンドレ様が立ち去った後、改めてマリアーナ嬢に向き直った。
「マリアーナ・リシャールです。マリアとお呼び下さい。ルー先生とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
なんてことだ、声まで可愛い。
「まあ、先生なんて呼んでくれるの?嬉しいわ」
「では、ルー先生、よろしくお願いいたしますね」
ああ、この子の笑顔が曇らないようにオレがしっかり守らなくては。
そう改めて思いながら微笑んだ。
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