第11話 界渡りの乙女と子犬
本当の自分の遺体を前に新たにマリアーナとして生きる決心をしている私の耳元でアンドレお兄様が囁いた。
「マリアを泣かせたやつの罪は重いな。サクッと
ぎょっ、なに物騒なこと言ってるんですか!
驚いてアンドレお兄様を見上げるとニッコリ笑って更に一言。
「心配無用だよ。証拠は残さないようにうまくやるから」
ちがーう!
そんな心配しとらんわ!
天使の口からまさかの悪魔の発言。
ふと気づくと父親がコスプレ外人に剣をつきつけてるし!
キャー! 親子そろって殺人狂ですか?!
ちょっと待って! そのコスプレ外人は
「お父様! この方は何も悪くありません。剣を納めて下さい」
「マリア! 声が出るようになったのか! 良かった、良かった」
良くなーい!
言葉と行動が合ってないってば!
早く剣をしまってちょうだい。
そこへ白い法服をきたダンディーな男性が入って来るなり大声をあげた。
「これは何事です! ここは神聖なる神の
「「「神官長様!」」」
あ、やっぱり。
威厳あるオーラに神殿のトップクラスの人だろうなとは思ったんだ。
めちゃ怒ってるよ。神官長様。
それにしても、『界渡りの乙女』って。
遺体は確かに若返っているけど、27歳でも乙女で良いの?
私の涙の
その後、お父様はこんこんと神官長様にお説教をされて解放されたのは一時間後だった。
なぜか、コスプレ外人も一緒に正座させられて涙目になっていた。
可哀想に。ごめんね。
お説教が終わり、外出が久しぶりだという私のために神殿の裏手にある庭園を神官長が自ら案内をしてくれた。
「その子犬、すっかりマリアーナ嬢に懐いておるな。ジークフィード殿、ようやく飼い主が見つかったようじゃな」
おお、そうだ。コスプレ外人の名前、ちゃんと覚えているよ。
確か、ジークフィード・トライアンだ。
自分が死ぬ間際の瞬間は今でも鮮明に思い出せる。
きっと一生忘れない。
「そうですね。この子犬がこんなに人に懐くのを見たのは初めてです」と、ジークフィードさんが言えば、お父様も口を開く。
「マリアがその子犬を気に入ったのなら家に連れて帰るか」
「本当ですか?! 嬉しいです。ありがとうございます。お父様」
すっかり寛いで私の腕の中で寝てしまった子犬を撫でながらにっこりと笑顔を向けるとお父様も嬉しそうに笑った。
「総団長が笑っている・・・これは天変地異の前触れか」とジークフィードさんが呟いた。
どうやらお父様は自分の部下にはあまり笑顔を見せないようだ。
「さて、この子犬の飼い主も無事に見つかったようだから、今度の月の日に界渡りの乙女を見送るとするか。ジークフィード殿もそれで良かろう?」
神官長様から話を振られたジークフィードさんは少し寂しそうに笑いながら頷いた。
見送る?
首を傾げた私にお父様が今までのいきさつを説明してくれた。
異世界からこの世界に迷い込んだ人を『落ち人様』というらしい。
その中でも黒髪に黒目の女の子のことは『界渡りの乙女』と言い、膨大な魔力と癒やしの力を持つという。
不思議なことに黒髪、黒目の女の子はみんな成人前の年齢のため『界渡りの乙女』と言われているらしい。
成人前の乙女?
この国の成人は18歳だという。
んん? 私は27歳だぞ。
確かに、先ほど見た私の遺体は若返っていた。
もしかして異世界に落ちる道中で若返るのか?
通常、『界渡りの乙女』の出現は慶事として知らしめるが今回は亡くなったと言うことでこの事は秘匿とされた。
そんな中で、ジークフィードさんは最後の界渡りの乙女の願い事を叶えるべく、神殿に足繁く通い子犬の飼い主を探してくれていたようだ。
その飼い主が無事に見つかるまで界渡りの乙女の埋葬は待ってもらいたいと進言していたらしい。
そのためにあのガラスの棺には状態保存の魔法陣が施されていたようだ。
そう言えば、最後に『この子が自分から懐いた人がいたら良い』と
律儀にそれを守ってくれたんだ。
「ジークフィード様、この子は私が大切に育てます」と言って微笑んだ。
私の言葉に少し切なそうな顔をするジークフィード様。
なんだか悲しそうなルビー色の瞳を思わずジッと見つめると知らず知らずのうちに言葉が口を付いていた。
「綺麗な瞳・・・」
その呟きに驚いたように目を丸くするジークフィード様。
わ! いけない。こんなに食い入るように見てたら気色悪いやつだと思われちゃう。
ごまかすように私は神官長様に向き直ると言った。
「神官長様、お願いがございます。『界渡りの乙女』の埋葬の際には私も立ち会わせてください。この子と一緒にお別れがしたいです」
私の言葉に神官長様は優しく頷いてくれた。
神官長様とジークフィード様と別れて、当初の目的であるお父様の執務室に向かう。
ちょっと遅めの昼食を三人で食べ、今日はお父様と一緒にリシャール邸へ帰りたいと訴えた。
だって、殺人犯がいるんだよ?
安心して帰れないじゃん。
お父様は少し驚いたように眉毛をあげた後、それはそれは嬉しそうに笑った。
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