第10話 お父様に会いに行きましょう
「マリア、大丈夫かい? やっぱりまだ外に出るのは早かったんじゃないか?」
只今、馬車で移動中。
初めての馬車に、馬車酔いしております。
揺れるんだよ。
めちゃくちゃ。
これは早々にサスペンションを開発しなくては。
構造は全くわからないがな。
アンドレお兄様をそそのかし、いえ、アンドレお兄様にお願いをしてお父様の職場見学を企画しました。
今はその道中。
お父様にお昼のお弁当の差し入れをしたいとアンドレお兄様にお願いしてみたのだ。
もちろんお弁当の準備はお屋敷のシェフに丸投げですが、それがなにか?
困った顔のアンドレお兄様に必殺技炸裂。
上目遣いからの首コテン。
年上男性を落とす必勝法です。
ちなみに年下男性にはとにかくほめちぎり頭を撫でるべし。
婚活アラサーの知恵袋です。
ええ、見事に落ちましたよ。アンドレお兄様。
極めつけは『アンドレお兄様と二人でお出かけがしたい』と紙に書いたこと。
それを見たアンドレお兄様は二つ返事で了承。
チョロい。チョロすぎる。
将来、悪い女に騙されないか心配だ。
伝達蝶を飛ばしてお父様の許可も貰いこうしてお出かけとなったのだ。
伝達蝶って言うのは、元の世界でいう電報みたいなものかな?
蝶の形の紙に要件を書いて相手の名前に魔力を込めて飛ばすと相手に届くらしい。
まあ、この伝達蝶は近距離用で遠距離用はまた別にあるらしい。
さて、馬車酔いも少し収まり、ようやく外の景色に目を向ける余裕が出来てきた。
この馬車にいるのはアンドレお兄様と私の二人だけ。
あとは馬車の御者兼護衛だけどこの人がミリーさんとランさんに通じているかもしれない事を考慮してまだ声の出せない設定続行です。
今の私にはお父様とアンドレお兄様以外はみんな敵と思っていた方が安全だからね。
活気のある王都の街並みは見ているだけで楽しい。
色とりどりの建物、露店、明るい人々の笑顔がとても印象的だ。
そのなかでも一際大きな三階建ての建物に目を奪われる。
私の視線の先に気が付いたアンドレ君が解説をしてくれた。
「そうか、マリアは記憶がないんだよな。あれは、ギルドだよ。冒険者ギルドと商業ギルドが入っているんだ。学園に入学すると淑女科と文官科以外は強制的に冒険者ギルドに登録しなきゃいけないんだよ。魔物討伐の試験があるからね」
へぇ~魔物討伐か、面白そう。
商業ギルドの入り口では、一メートル四方の四角い箱が馬車とギルドを行ったり来たりしていた。
げっ! あの箱、足が生えてる!
通り過ぎる不思議な光景を首をひねりながら見ていると、アンドレお兄様が苦笑していた。
「あれは運搬用のゴーレムだよ」
ゴーレム? えっと、ゲームとかだと土でできた人形じゃなかったけ?
キョトンとしているとアンドレお兄様がさらに詳しく説明をしてくれた。
この世界では、錬成術で作られた動く物をゴーレムと言うらしい。
物質を異なる物に変換する術には、錬金術と錬成術がある。
錬金術は目の前の物質を違う物質に変換することができ錬成術はその上級、生み出した物質を自分の思惑通りに動かすことが出来るという。
ただし、錬成術を使うには古代文字である『ルメーナ文字』を駆使し複雑な魔法陣を組み込まなければいけない。
ルメーナ文字を習得した者はたとえ魔力が少なくても魔術力は上級魔力者に匹敵するらしい。
なるほど、魔力量が少ないのをそれで補えるんだ。
よし、これはルメーナ文字を勉強するか。
そんな会話をしているとようやく目的地に着いたようだ。
入り口の門番に御者が声をかけて門を開けてもらう。
馬車を降りて迎えに来てくれたお父様の部下?の青年に案内されながら歩く。
お屋敷のシェフ作のランチボックスはアンドレお兄様の手に。
お父様は騎士団棟にある総団長の執務室にいるらしい。
案内の途中で体育館のような建物を指差してあれが訓練場だと教えてくれた。
通り過ぎるときに開け放した扉から騎士の皆さん方が剣を打ち合う姿が見えた。
この他にも騎馬隊が訓練できる屋外の訓練場もあるという。
それを考えるとものすごい敷地の広さだ。
私は物珍しさにキョロキョロとしながら歩く。
だって王城が初めてというよりもこの世界が初めてだからね。
だんだんとアンドレお兄様達と距離が離れたが仕方ない。
基本、足の長さが違うんだもの。
途中、真っ白な小さなお城のような建物が私の心を惹きつけた。
誰かが私を呼んでる?
行かなきゃ、あの場所に・・・
私はふらふらと惹きつけられるまま足を向けた。
礼拝堂? 扉を開けると日本でもおなじみの教会のような内装だった。
この小さなお城のような建物は神殿かな?
祭壇の向こう側にまた部屋があるようだ。
私を呼んでるのはあの部屋の中からだ。
誰もいないのを良いことに祭壇を通り過ぎ、その奥にある観音開きの扉をソッと開けて中に足を踏み入れる。
あれは棺?
そこは二十畳ほどの空間。
その部屋の中央に高さ一メートルほどの台座にガラス張りの棺があった。
「ワン!」
子犬?
棺の上には故人を護るように白い子犬がお座りをしていた。
白い子犬? あ!
思わず走り寄り子犬を抱きしめる。
「クーン、クーン」
子犬も私の腕の中で安心したように目を細めて私の手をペロペロと舐める。
「ワンちゃん元気だった?」
「ワン!」
まるで私の問いかけに返事をするかのように声をあげる子犬。
もう可愛い過ぎ。
子犬をモフリながらふっとガラス張りの棺に目を向ける。
うおっ! こ、これって、私?
片手で子犬を抱き思わず駆け寄り、ガラスに張り付いて凝視する。
そこには黒髪の、日本人の私、秋本満里奈がいた。
自分で自分の遺体を見たのは世界広しといえども私ぐらいじゃない?
遺体だよね? まるでまだ生きているかのように肌艶が良い気がする。っていうか、若返ってない? この遺体。
高校生ぐらいの時の私?
純白のドレスを着せられ棺に横たわる自分の姿に知らず知らずに涙があふれてくる。
「誰だ! ここで何をしてる?!」鋭い叫び声に思わず振り返る。
あ! この人知ってる。私の、満里奈の最後を看取ってくれた人だ。
あの時はここが異世界だとは思わず、騎士のコスプレ外人だと思ったんだ。
その時の事を思い出してまた涙。
ポロポロと大粒の涙を流す私に子犬が慰めるように「クーン、クーン」と私の頬を舐める。
「犬が懐いている・・・」そうコスプレ外人がつぶやくと同時にお父様とアンドレお兄様が足音も高々になだれ込んできた。
「「マリア!」」
子犬を抱き締めて泣いている私の姿を見たお父様がなぜか剣を抜いた。
「ジーク! 貴様、俺の可愛い娘に何をした?!」
「な、何もしていません!」
「嘘付くんじゃねぇ! マリアが泣いてるじゃねぇか!」
お父様とコスプレ外人のやりとりが耳をかすめる中、私は自分の思考に捕らわれていた。
ここに本当の自分の体がある。
もしかして魂がマリアーナの体から出たら元の体に戻れる?!
だってまるでただ寝ているかのような遺体だもの。
そんなことを考えていると誰かに後ろから抱きしめられた。
アンドレお兄様?
「マリア、泣かないで。君を悲しませるものは全部、僕が排除してあげるよ」
アンドレお兄様・・・
そうか、私の魂がマリアーナの体から出るってことはマリアーナが死ぬってことなんだ。
この棺のなかの
私の秋本満里奈としての生はもう幕を閉じたんだ。
だったらマリアーナとして周りの人達と自分を幸せにするプロジェクトに挑戦しても良い?
マリアーナ、あなたの未来の人生を私に頂戴。
今度こそ、後悔しないように生きてみせるから。
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