第5話  マリアーナの日記とモグモグタイム

 さて、日本語で書いたノートだけど、どこに隠そうかな?


 部屋には随時、侍女さん達が出入りする。

 下手なところには隠せない。


 日本語で書いてあるとはいえなるべく不審な行動を見られたくないからね。


 部屋中のあらゆる場所を探索。


 掃除の手が入るところはパス。

 クローゼットの中もダメ。

 ドレッサーの引き出しもダメ。


 うーん

 ノートを手に悩んでいるとちょうどベッドに置いてあったクマのぬいぐるみが目に入った。


 ピンク色のクマ。

 そうか! このクマ、マリアーナと一緒の配色なんだ。

 ピンク色の毛並みにエメラルドグリーンの瞳。


 そう発見すると何だか愛おしく感じる。

 マリアーナも自分の分身のように思って可愛がっていたのかもしれない。

 マリアーナの気持ちになってピンクのクマを抱きしめる。

 クマが着ているドレスも見事なできだ。


 あ、このクマのぬいぐるみの中はどうだろう?

 背中に切り込みを入れてノートを隠せないかな?


 早速、ドレスを脱がせてみる。


 あれ? クマの背中にファスナー? スーッと開いてみると本が入っていた。


 本? いや、ちがう、日記帳だ。

 マリアーナがここに自分の日記帳を隠してたんだ。


 うう、これ読んでも良い? 

 ダメ?


 今は私がマリアーナだけどやっぱり違う人間だものね。

 人様の書いた日記を読むなんて人道的にどうなんだ?


 でも、これ読んだらバルコニー転落事故の事が何かわかるかもしれない。


 とりあえず、もうすぐ夕飯の時間だ。

 食べながら、ゆっくりと考えよう。

 今日から病人食卒業なのだ。




 ***************




 今日も父親は仕事でまだ帰って来ないらしい。

 だから、兄と二人で食卓につく。


 20人は座れそうなダイニングテーブルにたった二人分のディナーのセッティング。


 夕飯のためとドレスに着替えたが必要あったのだろうか?


 しかも向かい側の兄の席は遠すぎる。

 これじゃあ会話をするのにも大きな声を出さなきゃいけないではないか。


 あ、声が出ない設定だけどね。

 それとこれとは別だ。


 私はテーブルのセッティングを無視して兄の隣の席についた。

 一瞬、給仕のお兄さんの顔が困ったように眉を下げたが、機敏な動作で私の前にディナーのセッティングをしてくれた。


 ありがとうの気持ちを込めてにっこりと笑うと給仕のお兄さんは顔を赤くしながら一礼をして下がって行った。


 お礼とか言われ慣れてないのかな?


 マリアーナったら、感謝の気持ちは大事なんだから、日頃からキチンとお礼を言わなきゃね。


 兄のアンドレ君は目を細めて微笑んでいるだけで特に私の行動をとがめることはしなかった。


 それにしてもこれって、今は兄がいるから良いけど、普段はマリアーナ独りで食事をしてたってことだよね?


 こりゃ、9歳や10歳の子にはキツイ環境だわ。

 あー自殺説が濃厚になってきた。


 やっぱり、マリアーナの日記を読もう!

 マリアーナがこの環境をどう思っていたか知りたい。


 私は、声が出ない設定のため喋るのはもっぱらアンドレ君だ。


「それにしても、マリアが意識不明と聞いたときは心臓が止まるかと思ったよ。あのままマリアの目が覚めなかったらどうやって侍女達に罪を償って貰おうかと思案していたところだ。まあ、侍女達の命を持ってしてもマリアひとりの命には代えられないがな」そう言って綺麗な笑顔を見せるアンドレ君。


 あ、あれ? 天使の笑顔のはずが悪魔の笑顔に見えるのは私だけ?


 いやいや~人の命の重さは等しく皆同じですからね。


「あれ? マリア、人参食べれるようになったんだね」


 え? もしかして、マリアーナは人参嫌いだった?

 やばい、全部平らげちゃったよ。

 えっと、会わない間に苦手なものを克服したってことでご容赦ください。


 エヘヘ、笑顔でごまかし作戦です。


 ふと、兄のお皿を見ると見事にブロッコリーだけが残っている。

 あら、アンドレ君はブロッコリーが嫌いなんだね。

 ダメだよ、好き嫌いしちゃ。

 ブロッコリーはとっても栄養があるんだよ。


 私はアンドレ君のお皿に手を伸ばしブロッコリーをフォークに刺すとアンドレ君の口元にそれを差し出した。


「え? 食べろってこと?」目を丸くして問いかけるアンドレ君に私はにっこりと笑顔で頷いた。


 パクリ。

 少し戸惑った後、意を決してブロッコリーをパクつくアンドレ君。

 可愛いな。

 私がせっせと口元に運ぶブロッコリーをパクパクと食べるアンドレ君。


 ふふふ、こういうところは14歳の少年らしいな。

 さっきの悪魔の笑顔は私の見間違いに違いない。


 うん、美少年のモグモグタイム、たまりませんなぁ~


 はい、完食です。えらい、えらい。よく頑張ったね。

 私は笑顔でアンドレ君の頭を撫で撫で。


「マリア、マリアも嫌いだった人参を食べられるようになってえらいぞ」そう言って今度はアンドレ君が私の頭を撫でてくれた。

 アンドレ君の目がちょっぴり涙目だったのは、恥ずかしかったからかな?

 多感な時期だもんね。


 さあ、部屋に戻ってマリアーナの日記を読むとしますか。

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