第4話 事件は現場で起きている

 目覚めてから三日たちました。


 実は声はもうすっかり出るようになっていた。


 カラオケで熱唱も出来るよ。

 ああ、でもこの世界にカラオケなんてないだろうな。

 私の唯一のストレス解消法だったのに残念だ。


 仕事終わりの一人カラオケは至福の一時だった。

 歌い終わったあとの得点を見て一喜一憂したのが懐かしい。


 普通はグラスを片手に一杯やるところを、飲めない私はマイクを片手に熱唱で憂さ晴らしをしていたのだ。


 そんな私はもともとバルコニーから転落なんてしてないから精神的負担なんてないのだ。

 声が出なかったのは単純に寝っぱなしだったのと、この体にまだ馴染んでなかったからだと思う。


 だけど、声が出ることはみんなにはまだ内緒。


 だって話し方とか前のマリアーナと全然違ったら何かとまずいものね。


 とりあえず、マリアーナのバルコニー転落事故の真相を調べてみよう。


 父親の話だと、マリアーナがバルコニーから転落するところは誰も見ていないらしい。


 大方、バルコニーに出たときに何か興味を引くものがあって身を乗り出したのだろうと言って困った顔をしていたけど、あなたのお嬢さん、亡くなってますからね?


 もっと、真剣に原因を追求しましょうよ!


 言えないけどね。


 多分私がこうして元気な姿でいるから深刻に受け止めていないんだろうな。


 亡くなったマリアーナのために、ここは私が一肌脱ぎましょう!


 発見したのは庭師のカントさん。

 物音がしたので様子を見に行くと、中庭に倒れているマリアーナを発見して部屋に運んでくれたらしい。


 事故なのか、自殺なのか・・・


 もし自殺だったら・・・

 父親とこのお屋敷にいる使用人達にきっちり謝罪してもらおう。


 10歳の子供が死を選択しなければいけない状況を作った責任は重大なのだ。

 そうでもしなければ亡くなったマリアーナが浮かばれない。


 兄のアンドレはまだ学園の寮には戻らず王都の屋敷に滞在中だ。


 父親の方は私が目を覚ました翌日に王城からお迎えが来てお仕事に行ってしまった。


 何でも『界渡りの乙女』とか『落ち人様』だとかが王城に運び込まれたとか言っていた。


 はて? なんだかどこかで聞いたことのあるフレーズだけどなんだっけ?


 まあ良いか。


 声が出ない設定のため、筆談で会話です。

 文字が書けるか心配だったがこのマリアーナの体が覚えているのか転生チートなのか文字も書けるし読むことも出来た。


 この異世界、服装から中世ヨーロッパのようだけど、意外にも文明は発達しているようで、紙もペンも鉛筆もあるし、なんと写真もあるようだ。

 マリアーナの部屋のドレッサーに母親と思われる写真が飾ってあったからね。

 マリアーナと同じピンクゴールドにエメラルドグリーンの瞳の美女だった。

 マリアーナは母親に生き写しなんだよ。


 しかもこのお屋敷にはたくさんの本を貯蔵している図書室があるらしい。

 時間のある時にこの屋敷にある本を片っ端から読まなくては。

 知識は力なり。


 さあ、マリアーナが転落したバルコニーに向かいましょう。

 筆談で兄に教えてもらった現場は二階にある母親の部屋のバルコニーだった。


 兄に案内してもらって母親の部屋に入る。

 扉を挟んだ隣は夫婦の寝室になっているようだ。


「マリア、何か思い出したかい? ランの話だとマリアはたまにここに来て物思いにふけっていたらしいよ」

 そうなんだ。

 きっと亡くなった母親の事を思い出していたんだろうな。

 小さなマリアーナの姿を思って涙が出た。


 兄にお願いしてしばらく一人にしてもらった。


 広々した部屋の中央には一際目立つ白いグランドピアノ。


 セレブ感満載の部屋だ。

 どうやらピアノを弾くのは母親の趣味だったようだ。


 そっとふたを開けて鍵盤に触れるとグランドピアノ特有の重厚な音色が響いた。 


 そこで、ふと思い出した。

 この世界に落ちる前に『大人のピアノ教室』なる物に入会した私。


 高校入学を期に辞めたピアノをまた始める気になったのは雑誌の婚活特集がきっかけだ。


『ピアノが弾ける女の子って料理も上手って知ってる?』『あなたもピアノ女子になって彼の視線を独り占め』のキャッチコピーに誘われて思わず入会したピアノ教室。


 今思えば、あれって大手楽器屋の企みだったに違いない。

 まんまと騙された。


 よく考えたら、高校にあがるまではれっきとしたピアノ女子だった私。


 モテた覚えがない。

 しかも、料理の腕前は壊滅的だ。

 料理教室の先生には絶対にこの教室に通っていることは言わないようにとお願いをされるほどに。


 つまり、ピアノ女子はモテないし料理も出来ないのだ。

 払い込んだ入会金とレッスン料を返せと声を大にして言いたい。

 結婚したい乙女心に付け入るなんて極悪非道な所業だぞ。


 こんな詐欺まがいの商法にコロッと騙されるなんてどんだけ結婚したかったんだ私。


 ひとしきり自分の迂闊さに悶絶した後、気持ちを落ち着かせるためにピアノの前に座り簡単な曲を弾いてみた。


 懐かしいピアノの音色に前世の思い出があふれそうになったところで指を止めた。



 さあ、そろそろ調査を開始しますか。


 兄のアンドレ君から危ないからバルコニーには近づかないようにと言われたが、現場を調べにきたのだこの際無視してしまいましょう。


 なにか言われたら記憶喪失のせいにしちゃえばいいよね?

 あれ? さっき言われたことを忘れちゃうのは記憶喪失とは違う? 

 あ、ただのバカか。


 まあ良いや。



 と、言うことで大きな窓を開けてバルコニーに出る。


 一番奥行がある場所で3メートルはありそうな半円形の広々したバルコニー。


 高さ120センチの白を基調にした手摺りが張り巡らされている。


 私の身長が140センチ位なのでこのバルコニーから転落するには手摺りをよじ登り、乗り越えないといけないよね?


 そっと手摺り越に下を覗いてみる。

 なるほど、下が中庭か。

 ここから落ちたとしても命に別状はない感じに見えるけど。

 実際にマリアーナは亡くなっているので打ち所が悪かったということか。


 バルコニーにはその場でお茶が飲めるように丸テーブルとその周りに椅子が4脚。


 ああ、マリアーナ、ここでいったい何を思っていたの?


「記憶がお戻りになりましたか? マリアお嬢様」


 ひぃ!

 背後から突然声をかけられて、危うく悲鳴をあげそうになる口を手で押さえた。


 ゆっくりと振り向くとそこにはランさんがいた。


 私の目をじっと見つめるのは本当に記憶喪失か疑っているからだろうか?

 私は慌てて首を横にふった。


 記憶、戻ってないです!

 そもそもマリアーナとしての記憶がないです!


 内心の焦りを悟られまいと可愛らしく微笑みながら母親の部屋を後にした。


 場所は覚えたからね。いつでも行ける。


 こ、怖かった。


 自分の部屋に戻ると早速ノートに今日のことをメモする。

 誰かに読まれたら大変なので日本語で書こう。

 これなら誰かに見られても子供の空想した文字だと誤魔化せるしね。


 さて、ノートにバルコニーの絵を書いてみますか。

 広さと手摺りの高さ、マリアーナの身長も記入。


 120センチの高さの手摺りを乗り越えるのは自分でよじ登るか、テーブルを足場にするか。


 ・・・・もしくは・・・大人に抱きかかえられるか?


 そう書いたところで背中に冷たい汗が一筋・・・


 もし、誰かに故意に落とされたとしたらいったい誰に?


 誰が味方で誰が敵なんだろう?









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