第3話  記憶喪失とさせていただきます

 医師の診断の結果、バルコニーから転落するという恐怖体験をしたことにより、精神的負担が大きく、一時的に声が出ない状態なのだろうということだった。


 そうか、この子バルコニーから転落したんだ。

 どこのバルコニーだろう?


 日本でもマンションのバルコニーから子供が転落する事故とかあるけど、たいてい小さい幼児だよね?


 子供とはいえ、こんな大きな子が誤ってバルコニーから転落なんてするだろうか?


 よっぽど手摺りが低いとか?


 それにしてもどこにも打撲の痕跡はないし、どこかが骨折している様子もない。

 なぜだろう?


 首を傾げながら考え込んでいる私に父親が声をかけた。


「マリア、もしかして記憶がないのか?」

 あ、そうだよね。ここは記憶喪失設定とさせていただこう。


 それにしても、言葉がわかって助かった。

 私は父親の言葉に頷いた。


 なんせ、自分のフルネームすら分からないものね。

 誰か、教えて!


 その日以降、三人のメイドさんが入れ替わりで私の記憶の穴埋めをするべくお世話の片手間に色々な話をしてくれた。


 私の名前はマリアーナ・リシャール。

 リシャール伯爵家の長女。10歳。ピンクゴールドの髪に碧眼。なかなかの美少女だ。父親や兄からはマリアと呼ばれているようだ。


 父親はセドリック・リシャール。

 リシャール伯爵家の当主でこの国、シャーナス国、王城騎士団の総団長。

 42歳、金髪碧眼の美丈夫。

 伯爵家ってことは、ちょうど中間の位置の貴族なのかな。

 それにしても騎士団の総団長と言うのは騎士団のトップってことか。

 見た目は優しげなイケメンなのにね。

 人は見かけによらない。



 兄はアンドレ・リシャール。

 リシャール伯爵家の長男。14歳。父親と同じ金髪碧眼の美少年。

 金髪の巻き毛にエメラルドグリーンの瞳なんてお姉さんには天使にしか見えないよ。

 今、学園都市にある学園の寮に13歳から入っているらしい。

 学園都市って言うからにはいろんな学校があるのだろうか?

 今回妹が意識不明のため急遽王都にあるリシャール家のお屋敷に帰って来たという。


 執事服の男性はビクターさん。

 やっぱり執事でした。

 緑色の髪にサファイアを思わせる青い瞳、まだ若そうだ。

 20台後半から30台前半くらいだろうか。


 そして、母親だが、一年前に亡くなったそうだ。

 名前はアメリア・リシャール。


 ちなみに母の兄はグットオール公爵家の当主でこの国の宰相らしい。

 私の伯父様ってことだね。


 この話をしてくれたのはメイドさん達のリーダーである、ミリーさんだ。

 あ、余談だが、メイドさんはこの世界では侍女さんというらしい。

 ミリーさんはこのお屋敷の侍女長と言うことだ。


「お嬢様を庇ったせいで奥様がお亡くなりになり、旦那様はそれを忘れるようにお仕事に打ち込みこのお屋敷に帰って来るのは、たまにだった」と、にっこりと笑いながら教えてくれた。


 お嬢様を庇ったせいで? 何となくこの言い方に首をひねる。

 暗に母親が亡くなったのは、マリアーナのせいだと言っているようだよね。

 普通子供に対してはもっとオブラートに包んだ言い方をするんじゃないかな?


 これって、子供の柔らかい心には突き刺さるんじゃない?


 何でも王都から離れたリシャール伯爵家の領地にある森で魔物に襲われた私を身を挺して守ってくれたのが母親だと言うことだ。


 なんとこの世界、魔物がいるらしい。

 そしてみんな魔力を持って生まれて来るという。


 水を出すのも部屋の明かりをつけるのも魔力を使うらしい。

 それぞれ目的別に設置された魔石に魔力を込めて発動するという。


 魔石と言うのは、魔物の体内の核のことらしい。

 一体の魔物から一つの魔石が取れ、魔物の大きさや強さで魔石の価値が違うみたいだ。


 果たして私は魔石に魔力が込められるのだろうか?

 一人になったら試してみよう。

 トイレで水が流れなかったら大変だもの。


 私の体に転落の痕跡が見当たらないのも納得です。

 治癒魔法ってやつだね。



 もともと父親の生活圏は仕事がら王都のお屋敷で母親と私達子供は王都の屋敷と田舎の領地を半々で過ごしていたらしい。


 一年前と言うとマリアーナが9歳の時だ。

 まだまだ母親に甘えていたい年頃だよね。


 母親が亡くなって、王都のお屋敷に来ても父親は仕事で屋敷にはたまにしか帰って来ず、兄は学園の寮に入ってるんじゃ、この広いお屋敷に一人取り残されていたんだ。


 おまけに母親が亡くなったのはお前のせいだと言われたらどうなる?

 父親が屋敷に帰って来ないのは母親が亡くなる原因を作った自分を疎ましく思っているからだと考えないだろうか?


 父親と兄は日頃からマリアーナに愛情ある言葉をかけていたのかな?


 男性特有のそんなの言葉にしなくてもわかるだろう的なスタンスだったらマリアーナには伝わらないだろうな。


 ましてや、兄は寮生活、父親は仕事で帰宅せずじゃあ期待薄だ。


 私が目覚めた時の反応を見る限り、父親も兄も本当にマリアーナを愛していると思う。


 でもマリアーナは死んでしまったからそれを知らないんだ。

 可哀想に・・・


 はたしてマリアーナがバルコニーから転落したのは、たんたる事故なのだろうか? それとも・・・


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