第47話 1−4−1 操り人形《マリオネット》の糸は、雁字搦め

 王城に賊が忍び込んだことは首都セフィロトに一両日中に知れ渡った。王族は隠そうとしたらしいが、どこからともなく漏れたらしい。ジーンも騎士団もバラしていないので、「君待つ旋風」が自ら広めたか、その依頼主である「パンドラ」が広めたかのどちらかだろう。


 ジーンはすぐに騎士団長ファードルと話し合い、「君待つ旋風」の捜索隊を結成することで同意。とはいえ成果が出るとも限らないために少数による隠密行動が採られることになった。魔導研究会からはジーンとエレスが。騎士団からは信頼できる親衛隊から二人派遣してもらえることになった。


 この話は国を通してアスナーシャ教会にも伝わり、アスナーシャ教会にはメイルを派遣してもらうように要請した。


 たった五人だが、これは結果が出れば良いという可能性に賭けただけの派遣隊なのでこの少人数もしょうがないことだった。


 魔導研究会は研究がメインで盗賊団を追うことはやるべきことではない。「パンドラ」の用意した薬は希少な価値ある物体だが、命を懸けて時間を割いてまで追う代物ではない。検証データはきちんと保管してあること、今更実物なんて複数要らない・・・・・・こと。


 こういった理由から魔導研究会で捜索隊に加わるのはジーンとエレスだけ。他の研究員にはクイーンナーシャのことなど、他にも調べて欲しいことがある。


 それに戦力的な意味合いでも、親密度からも連れて行こうと思える人間はいなかった。「パンドラ」と「君待つ旋風」の戦力、団員数は全く把握できていなかったが、全勢力と一斉に戦うわけではなかったので行動のしやすい少人数での行動が隠密行動には適していた。


 「パンドラ」を発見できれば御の字。ついでに会話ができれば最高。


 それくらいの気持ちでジーンは「パンドラ」を探すつもりだった。


 「パンドラ」としても魔導士としては最高峰の実力者で知恵者のジーンと、デルファウスの事件を解決した神術士の少女を探しているはずなのでジーンたちが動いていれば接触があるだろうと予測していた。正しいアース・ゼロをするためには、ジーンとその少女がいれば成功率がググッと上がるために。


 ジーンたちが少人数で行動していれば、それは良い餌になるだろう。その餌に喰い付くかどうかは相手次第。


 たった五人での捜索隊。国側もこの計画に賛同したが、結果なんてまともに求めていないだろう。その証拠に懇意にしているアスナーシャ教会からの出向は一人だけで、その一人も魔導研究会ジーン騎士団ファードルの意見がそのまま通る始末。


 王族は今回侮辱されたことから「君待つ旋風」に対して何かしらの対策を講じたいが、有効策が思い付かない。首都から脱出されて、姿も見失い、相手のアジトの場所を把握しているわけではない。だが首都中に事件のことが知れ渡ってしまった以上、解決のために方針を打ち出さなければ国民からの信頼を失う。


 対策をした、という姿勢が大事だからこその結果がこの捜索隊の実態だ。


 ジーンは諸々の準備を終わらせて、長期間空ける時のように引き継ぎ資料を作成して次席に渡していた。ジーンは基本ラーストン村にいるので、本部を空けていることの方が多い。それでも問題なく組織が回るようになっている。


 寿命について、予測が立っていたために。


 ジーンは自分のことをあくまで、アース・ゼロによる混乱期の繋ぎだと考えている。任せられる人物や、それこそプルートに新しく選ばれる人物がいればその人物に研究会を任せるつもりだ。その人物が率いる時に困らないように組織を調整しているだけ。


 そういう準備の元、いつものように資料を提出するとロビーに多くの研究員が様々な荷物と一緒に移動する準備をしていた。


 「白龍調査隊」。クイーンナーシャの生態調査をする者たちだ。


 ジーンたちが出発する日と被ってしまったが、ジーンたちは身軽なので問題ない。


 ジーンとエレスがその集団に近付くと、アスタルトが気付いてジーンに近付いてきた。


「ジーンさん、お疲れ様です」


「お疲れ。行程通りに出発できそうか?」


「ええ。今の所問題はありません。ジーンさんも馬車の用意をしていましたが、今日出発ですか?」


「そうだ。報告書の提出は次席に頼む。多分世界を巡ることになるからな」


「わかりました。こちらは三ヶ月に一度は帰ってくる予定なので、そこでかち合ったら直接報告します」


 アスタルトの言葉にジーンは頷く。こうやって独り立ちできる組織になりつつあることをジーンは喜んだ。ここ十年弱でやってきたことが報われた証拠だからだ。


 これで「もしも」があっても大丈夫だと、安心していた。


「あ、そうそう。アリアに会ったぞ。お前のことも聞かれたから元気だって伝えておいた」


「そうです!アリアちゃんと友達になりました!」


「……ジーンさん?エレスちゃん?もしかしてそのアリアっていうのは、その……第二?」


 小声で確認するアスタルト。核心の言葉こそ言わないものの、そこまで言ってしまえばジーンもエレスも頷くだけだ。


 ジーンがエレスにアリアーゼ第二王女殿下をアリアと紹介したのは、人前でエレスが彼女のことを話してもアスタルトの本名がバレないようにという配慮のためだ。


「お前が想像する人物で合ってる。『受胎菩薩樹』についてもよく勉強していたよ。偶然・・会ってエレスと意気投合した」


「偶然、ですか……。そういうことにしておきます」


 アスタルトもこれで何度目の間接的な接触かわからないが初めてではないので、アリアの接触が偶然ではないことを知っている。魔導研究会の中でもアスタルトの本名を知っている者は限られているが、アリアもその人物が誰だかを把握しているので会う機会があったら様子を聞かれる。


 アリアからしても魔導研究会に接触できる機会は限られていて、しかもアスタルトの秘密を知っている人間も極少数。この間なんて王城にジーンが呼ばれたのだから嬉々として会いに来るだろう。


 偶然な訳がない。


「エレスちゃん。あの子と友達になってくれてありがとう。あんな子だから友達なんて他にいないと思う。いや、僕もあまり彼女のこと知らないんだけど」


「知らないんですか?」


「知らないよ。顔も見たことがないんだ。僕たち魔導士は神術士に近寄れないし、彼女のいる場所もいる場所だからねえ」


「あ……」


 エレスは何て気の無しに兄妹で知らないことなんてあるのかと聞き返してしまったが、アスタルトの言葉こそ今の世の中の常識。


 魔導研究会は特殊な環境なためにエレスも過ごしやすいが、神術士が魔導士を快く思っていない事例の方が多い。特に王族とその関係者はそんな差別が顕著になっている。


 ただでさえ接触がないどころか、アスタルトは捨てられた側だ。王城に近寄ろうとも思わないだろう。むしろアスタルトは何故血縁上の妹がそこまで自分を気に掛けているのか不思議でたまらなかった。文字通り話したこともないどころか顔も知らないのだから。


 あくまで王女であるからこんな人間だろうと予測しているだけ。そして王族だから友達なんて簡単に作れないのだろうと思っているだけだ。


「僕を気にせずこれからも友達で居て欲しい。友達なんて呼べる間柄なんて、僕たちには希少だから」


 アスタルトは元王族としてそう言う。朧げな過去の記憶から、そして伝え聞く今の王族の状況から、アリアに友達ができたなんて奇跡だと思っている。


 婚約者の導師?そんな言葉で塗りたくられた偽りの関係だけの相手なんて、何の足しにもならない。


「まあ、今回の一件で俺たちは王城に近寄りづらくなったが」


「ああ、そうですねえ。それに二人も旅に出るんですし。じゃあエレスちゃん。首都に戻って来たらあの子に会いに行ってくれるかい?もしかしたらあの子から招待状を送ってくるかもしれないから」


「わかりました。アリアちゃんが会いたいって言ってくれたら、友達として会いに行きます」


「──ああ。それはいい。彼女は寂しがりのようだから、エレスちゃんが友達になってくれて嬉しいよ」


 アスタルトは本心から安堵していた。顔も知らない、噂でしか知らない妹。


 腹違いの妹。そんな少女の笑顔を、王族という呪縛から離れた後も願っていた。まだ彼女が王城に縛られているからこそ、世界の広さをちょっとだけ知っている兄として今回の詩音を喜んだ。


 そんな兄の心に、同じ兄のジーンは笑みを零す。


 三人が談笑していたのが珍しかったのか、「白龍調査隊」の一人が質問をしてくる。


「首席、アスタルト。楽しそうですが、何か良いことでもありましたか?」


「ああ。アスタルトがとある幼女に懸想されていてな」


「なぁ⁉︎」


 ジーンの弄りに、聞いていた魔導士たちは口笛を吹いたり口元を抑えたりして驚きを示していた。アスタルトは今回クイーンナーシャを見付けたように将来を期待されている研究員の一人だ。


 そんなアスタルトに、というか魔導士に青春の噂なんてほぼほぼ聞かなかった。世間的には魔導士というだけで忌避される。魔導士が相手を見付けるとなれば同じ魔導士か、善良な能力のない人間だけだろう。


 そして、驚いた理由の一つの幼女。研究会では保護した子供もいることにはいるが、研究会にはそんなに若くして所属する子は少ない。ジーンやアスタルトは特例中の特例だ。


「幼女……。アスタルトの奴、そんな素敵な趣味が」


「育てて、実の熟した頃にパクっていくつもりだぜ?」


「俺は、同志という輝きを見付けたッ!奴こそが俺たちロリコンの星だ!」


「……アスタルトさん良いなあって思ってたのに」


「私も……。だからこの調査隊にも志願したのになあ」


「ドンマイ」


「ちょっとちょっとジーンさん⁉︎とんでもない誤解を受けたんですが!」


「えー、事実だろ?大切に想ってるじゃん」


「それと懸想は違うでしょ⁉︎」


 ノリが良いのか、一気にロビーは騒がしくなる。酷い風評被害を受けたアスタルトは上司だということも気にせずジーンの胸倉を掴む始末。ジーンはこの惨状を作り出して愉快に笑っていた。


 ジーンはこういう愉快犯なところがある。クイーンナーシャの調査という大仕事で緊張している者も多かったのでジーンなりの小粋なジョークで場を和ませようとした次第だ。なにせこれまでに経験したことのないような、重要ミッション。


 アスナーシャ教会にバレたら確実に面倒なことになる。そのため隠密行動をしなければならない。温厚だという話もあるが、仮にもアスナーシャの使役する龍を調査するのだ。神術の力量も想像を絶するだろう。そんな相手に牙を剥かれたら死ぬかもしれない。


 そんな考えから緊張感が漂っていたが、この発言でそんなものは吹っ飛んでいた。


「ん。冗談はここまでにしておいて。諸君らは前代未聞の調査に向かうことになる。魔導研究会としては初の試みであり、ここまで大規模な調査も初だ。だから上手くいかないことも多いだろう。それでも諸君らの健闘に期待する。是非俺の度肝を抜いてくれ。教会の連中が苦渋に満ちた顔をする様を見せ付けてくれ。諸君らならそれができると信じている。──人類の文明に光明が齎されんことを」


「「「はっ!」」」


 ジーンの激励に、腹から出た力強い返事がホールに伝播する。


 そこにあったのは各々に課された使命感に溢れる表情。この統率された様を見て、残る者もジーンも、彼らの成功を夢見た。


(─全く。こんなところまで似なくて良いのに。こうやって誰かの上に立って先導する姿はあの男そっくり。血は争えない、なんて言葉で終わらせられないわね)


 アスナーシャは表に出ないながらも、エレスには聞こえないように心の中で漏らしていた。その姿が憎き男と重なり、それを言えばジーンが悲しむと思って音には出さない。エレスに聞かせても困惑させるだけなのでエレスにも聞かせない。


 「白龍調査隊」が出発するのを見届けてから、ジーンたちもアパ・シャオが引く馬車に乗って騎士団本部へ向かう。

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