第48話 1−4−2 操り人形《マリオネット》の糸は、雁字搦め

 集合場所が騎士団本部になった理由は、ジーンが騎士団の推薦人を知らないためだった。ファードルには二人選出しておくということだけ伝えられたため、当日になっても誰が来るのか知らない。


 ジーンとしては大切なことはメイルとエレスと一緒に行動することなので、騎士団として誰が選ばれようが気にしていなかった。道中の戦力になれば良いと考えているだけで、どうせ知らない人間なのだから深く考えようともしていない。


 ジーンたちを含む五人程度であればアパ・シャオが引いているラーストン村から乗ってきた馬車で余裕だ。様々な物資を入れ込んで快適に暮らせるほど余裕があるが、これ以上の人数を入れることは無理。二匹の牽引限界を超える。


 メイルも一応別組織の人間なので、現地集合になっている。メイルがジーンの妹であることは一応隠すことになっている。バレたらバレたで問題はないのだが、その辺りはメイルとアスナーシャとも話し合って隠すことにした。


 ジーンとしては確信が持てなかった再会した時と違って、隠す意味はないと思っていたが、アスナーシャの言葉で納得せざるを得なかった。


 第一にジーンが有名すぎること。ラーストン村で暮らしていることもある程度の人間なら知っており、妹のメイルだけをアスナーシャ教会で一人で暮らさせていた理由を上手く説明できないこと。


 まさかお互いが存在を把握しないまま離れ離れだったなんて言えるわけがなく。


 第二にこれが決定的だったのだが。


「あなたたち、顔は全く似ていないじゃない。才能だけを見れば血縁って納得されるかもしれないけど、パッと見だけじゃ兄妹になんて全く見えないわ。それはジーンとエレスにも言えることだけど」


 これをアスナーシャに言われて、ジーンは肩を落とした。せっかく再会した妹のことを大手を振るって兄として構えないことが悲しかった。


 ジーンはようやく家族と再会できたからか、かなりシスコンを拗らせている。エレスにもメイルにもかなり苦労をかけさせたことから、何かにかけて甘やかそうとする。その溺愛っぷりはエレスが喜ぶものの、メイルは苦笑してしまうほど。


 そんなわけでメイルとは他人のフリをしたまま、ジーンたちは騎士団本部の正面玄関に辿り着く。懐中時計を確認したところ集合時間の十分前に着いていた。だが、既に他のメンバーは揃っていたようだ。


 ファードルに、赤い騎士服を着た人間が二人。ファードルは見送りとして、この「パンドラ」捜索隊の発起人でもあるので居てもおかしくはない。メイルも来ていて、その近くに何故だか見覚えのあるアスナーシャ教会の人間が一人いたが、ジーンは関わることなくファードルに謝る。


「悪い。待たせたな」


「構わないとも。全員自分の考えで行動できるということは、少人数編成においては助かることだ。まずは我々騎士団のメンバーから紹介しようか」


「ああ。一人は見覚えがあるがな」


 ファードルの傍にいた騎士団近衛隊の二人。ファードルから見て右側に三十代になろうかというほどの鳶色の髪にアメジスト色の瞳をした魔導士の男性。そして左側にいたのは先日とは着ている服装が近衛隊のものに変わっているものの、ジーンとエレスと旅をしていたラフィアだった。


「ん。それじゃあコウラス嬢から紹介しようか。この度近衛隊に昇進したラフィア・F・コウラスだ。騎士団としても何も素性を知らない人間を二人駆り出すのは忍びなくてね。一人は知己のコウラス嬢を選ばせてもらった」


「依怙贔屓が過ぎるんじゃないのか?『ミクチュアの英雄』」


「そうかな?私としては適材適所だと思っているが」


「『ミクチュアの英雄』?」


 エレスが口に出しながら首を傾げていたが、「ミクチュアの英雄」について知っているのはジーンとファードル、そしてもう一人の近衛隊だけだった。メイルもラフィアも、アスナーシャ教会のもう一人もその単語に聞き覚えがないようだ。


「ファードルの異名だ。まあ、これは魔導士がファードルに対して使ってるだけで、一般に知れ渡った異名じゃないが。とある事件を解決したことでファードルは騎士団の出世街道を駆け上がった。その偉業から魔導士からは尊敬されてそう呼ばれてるってだけ」


「ファードルさんが凄いってこと?」


「それで良い」


 誰もその事件や異名について深く聞こうとしなかったので、これ以上その話はしなかった。ファードルが騎士団長に異例の若さで選出されるきっかけになった事件とだけわかれば十分だ。


「ではもう一人の紹介に移ろう。彼はダグラス・ジェインバー。腰にある銃を見ればわかると思うが、遠距離攻撃に秀でた騎士だ。そして魔導士でもある。ジーンたちの側で守れる人材としては最適だろう」


「紹介に預かったダグラスだ。騎士団長からの推薦で今回の任務に参加することになった。一行の中で最年長者になると思うが、俺はジーン殿に従うつもりなのでよろしく」


「殿はいらないぞ。ダグラス」


「話がわかるー。よろしく、ジーン」


 ダグラスが差し出した右手を、ジーンはあっさり受け取る。


 騎士団や近衛隊は王城で守護警備があったりするので礼節には厳しいが、ここには王族や貴族はいないのでダグラスは素を曝け出してジーンたちに接するようだ。


 年齢は二十八。二十歳になる者がラフィア以外いない一行では最年長であっても、この捜索隊のリーダーがジーンだというのは決定事項だった。三大組織の唯一トップ。その人間が指針を示すべきだとダグラスは指揮権の譲渡で周りに示唆していた。


 ジーンとしてもこういう上下関係などは最初にはっきりさせておきたかったので、早々に自分の立場と本性を見せ付けてくれたのはありがたかった。


「じゃあ俺が自己紹介するか。魔導研究会首席のジーン・ケルメス・ゴラッドだ。今回の捜索隊発案者で、『パンドラ』に聞きたいことがある。こっちは妹のエレス・ゴラッド。妹も魔導研究会所属だが、神術士だ。ダグラスは気を付けてくれ」


「了解。エレスちゃんもよろしくなー」


「はい。よろしくお願いします」


 近衛隊だから神術士の扱いにも心得があるようで、ジーンとエレスの距離を見てそれと同距離以上近寄ることはなかった。ジーンもエレスも外法が使えるので実は触れ合えるが、この情報は家族間と、既に知っているラフィア以外にバラすつもりはなかった。


 ジーンとエレスの簡潔な自己紹介も終わったところで、残る一人のメイルが自己紹介をする。


「最後はわたしですね。アスナーシャ教会『天の祈り』所属、メイル・アーストンです。序列は九十八位ですが、首都勤めですので魔物と戦ったことはありません。そういう意味では皆さんに迷惑をかけてしまうかもしれませんが、よろしくお願いします」


「魔物なんてラフィアとダグラスに任せておけば良いんだ。『聖師団』でもない神術士にそんなこと求めねーよ」


「あはは。そうですね。怪我をしたらすぐに言ってください。治すことだけは得意なので。主にラフィアさんの治療になると思いますが」


「もしそうなったらよろしくお願いします」


 年齢はラフィアの方が上だが、彼女の性格柄か歳下のメイルに頭を下げていた。治療を受けさせてもらえるというのは生死に関わる。それを軽視していないからこその態度だった。


 他の面々は魔導士。エレスは戦場に出さないだろうから、矢面に立って魔物と戦うラフィアが主に恩恵を受けることになる。


 ジーンとしては余裕がない限りエレスとメイルを戦闘に連れ出すつもりはなかった。いくら神術士で、自分の力で傷を治せるとしても。家族が傷付くところを見たいとは思わない。


「わたしはジーンさんの推薦で今回の捜索隊に抜擢されました。アスナーシャ教会は今回の事件を重く受け止めていますが、世界に散っている者を呼び出すには時間がかかること、また序列が高い者は首都の防衛があるので派遣できない、という話だったんですが……」


「隣にいる導師は幻か何かか?ファードルのように見送りに来たわけじゃねえだろ。教会が導師をどれだけ重要視してるかくらいはわかってるつもりだぞ」


「ようやく話題を振ってくれましたね。このまま無視されたらどうしようかと」


 そう、何故かこの場にいる導師ルフド。メイルの隣にいるのが当たり前の顔をして立っているのだからジーンが幻と勘違いしてしまっても仕方がないだろう。


 導師とはアスナーシャを呼び出す者。そして今代も王族へ婿に入ることが決定している、政治にも口を出せて現状でも国政に口を出せる、政府にとっても最重要人物。


 次代の王になるかもしれない人物であり、彼がもしも死んだりしたら国民に与える絶望はフレスト王の比ではない。デルファウスにやってきただけで大事になったのだ。


 そんな人物が二度目の家出を画策しているともなれば、ジーンが溜息をつくのも尤もだろう。


 お目付役フレンダがいない時点で、碌なことをルフドが考えていないとわかっているために。


「水臭いじゃないですか。魔導研究会首席ジーンさんが捜索隊に加わるのなら、アスナーシャ教会導師も加わったっておかしくはないでしょう?発案者にファードル騎士団長も加わっているようですし」


「教会にはちゃんと伝えてあるんだよな?」


「もちろん何も言わずに出てきましたが何か?」


 十四歳の子供の突拍子のない行動に頭を抱えたくなるジーンとファードル。ジーンが加わる理由としては狙われていることがわかっているからこそこちらから打って出るだけの話であり、魔導士の中でも旅に慣れているからだ。


 ファードルはそれこそ王族の警護や首都の防衛などあるので首都から出られない。ジーンのように身軽な立場ではないからだ。だからこそ、信頼できる三十人しかいない近衛隊を、二人も同行させることを決定した。それがジーンのためにできる最大の援助だと示すために。


 ルフドの立場はファードルと変わらない。彼も首都から出ることなど推奨されておらず、家出をしたと知られれば教会に阿鼻叫喚の嵐が降り注ぐ。


 導師はあくまで象徴。何も彼自身が率先して事件を解決する必要は、ない。


「帰れ。遊びじゃないんだぞ」


「わかっていますよ。世界に混乱をもたらそうとしている『パンドラ』。これを導師として見過ごせません」


御大層な理由導師を掲げてるからこそ、要らないんだよ。今回は隠密行動。顔があまり知られていなかった俺なら、いくら放送をしたからと言って知っている人間は少ない。一方お前は世界中で顔を知らない奴なんていないだろ。そんな目立つ旅は御免だ」


「そこは逆にバレないと思いますよ?導師が少人数で外にいるわけないって一般人は思っているでしょうから」


 ここがルフドの甘いところだ。ジーンは放送を行なったが、設備のある場所でしか顔を確認できない。新聞には敢えて顔写真を載せなかったのだ。この捜索隊について決定されていて、「パンドラ」も実際に会うまでジーンの正体を知らなかったのだから顔を出さない方が良いと考えた。


 放送設備があるのは首都の広場や主要な施設、貴族などの大金持ちの邸宅。他の街では精々首長の家や集会所に一つだけある程度。高価すぎてそんなにいくつも世界中に配置できない物なのだ。


 一方新聞であれば伝達速度はまばらではあるものの、世界中に配達される。この新聞にジーンは写真を載せなかったために、たまたま放送を見ていた人間しかジーンのことを把握できない。


 しかしルフドともなれば導師としてどのようなことをしたかなど事細かに記載されるコーナーがある。そこには当然顔写真が載っているので、新聞を読まない人間でなければ首都に引きこもっている箱入り坊ちゃん導師の顔は知られている。


 導師というだけで、魔導士じゃない人間からは大人気。そんな人物が一緒に居て平穏無事に済むはずがないとジーンは危惧していた。


「ファードル、なんとかしてくれ。メイルしか寄越さなかった教会なんて信用できねーし、導師は目立ち過ぎる。俺たちの行動を考えると邪魔だ」


「メイル君だけで良いと考えていたからそれは結果オーライだっただろう?しかし、導師殿は隠密行動に向かないのも事実……。アスナーシャ教会に連絡して引き取ってもらおう」


「ちょっとちょっと。僕は善意で事態の解決を望んでいるんですが?どうせ首都に残ってもやることなんてありませんし」


「無自覚な善意ほど面倒なものはないよな。お前はさっさとアスナーシャを呼び出しやがれ」


 ジーンは無茶振りを言い、エレスの中のアスナーシャが苦笑する。表向き百年単位で現れていないアスナーシャ。導師も何代か代替わりをしているが、それでもアスナーシャを呼べていない。十年前にアスナーシャと契約していた人間がいたなんて教会は把握していないだろう。


 なにせ前の契約者、エレスの母は導師ではなく、器であることも公表されぬままジーンが殺した。


 前の器について知っているのはジーンとメイル、それに「パンドラ」のみ。


 アスナーシャが昔と今どこにいるのか知っているからこそ、ジーンは教会をバカにするのだ。


 ジーンもファードルも頑なに同行を主張するルフドに手を拱いていると、この場に猛スピードでやってくる馬車が。その騎手はルフドの保護者、フレンダ・T・ベンダだった。


 どこかで見たような光景だなとジーンは思いながら、急停止した馬車から鎧姿のフレンダが飛び降りてルフドを確保していた。


「こんのバカがぁ‼︎」


「ぐえっ!何でフレンダがここに!」


「メイルが連絡をくれたからです!あなたが捜索隊になんて入れるわけがないでしょう!導師が危険地帯に向かうことを枢密院が認めるはずがありませんっ‼︎」


 フレンダはすぐにルフドの首を絞め始める。そのバイオレンスな折檻に女性陣はドン引き。ルフドは年齢の割に体格が小さく、女性にしては恵体のフレンダによって軽々しく折檻が行われる。「聖師団」所属なだけあって筋力があり、まともに身体を鍛えていないルフドではその拘束を抜けられない。


 絞めてくる腕を必死に叩くが、それでもフレンダは力を緩めない。


 ジーンたちは何を見させられているんだという気持ちになるが、このままルフドを連れて帰ってくれるなら何でもいいかと諦観していた。


「そこまでだ、君。導師が死んでしまったら世の中にまた混乱が起こる」


「このバカは一度死なないと治らないんですぅ!」


「たとえそうだとしても。せめて騎士団本部前で導師殺害なんて事件が起こったら私の責任になってしまう。やるべきことがたくさんあるのに、こんな道半場で団長を辞するわけにはいかない」


「……失礼いたしました。ファードル騎士団長閣下」


 フレンダがルフドを離してファードルに頭を下げる。アスナーシャ教会としても騎士団と諍いを起こすつもりはないのだろう。


 立場としては対等で、今回迷惑をかけているのは教会側──もっと言うと導師の単独行動──だ。フレンダとしてはいつものように頭を下げるしかない。


 教会の序列六位がそう簡単に頭を下げてもいいのかという問題もあるが。序列一位から五位までは枢密院が戴いている位なので、表に出てくる構成員の中では実質トップに位置する六位。導師は位とはまた別枠の象徴なので考慮外だ。


「いやー。フレンダが馬車を持ってきてくれたのでこれで僕も捜索隊に入れますね。メイルから上限五人の馬車って聞いていたのでどうしようと思ってたんですよ」


「まだ世迷言を言いますか?導師殿?」


「あはは。フレンダ、拳下ろして。実際問題、『パンドラ』を追うにはこの五人だと実力不足だと思いますよ?ジーンさんとファードルさんがいて先日は二人組と互角。こんなことを引き起こした『パンドラ』がそんなに少ない戦力とは思えませんし。僕なんていなくても教会は枢密院が動かしてくれますから、僕とフレンダが行くのは理に適ってると思うんですよねー」


 ルフドがそう宣う。どうしてもついてくるつもりで、一歩も引かないのだろう。


 ジーンがファードルに助けを求めるが、ファードルは首を横に振って諦めていた。


「ジーン。これ以上出発を遅らせるわけにはいかない。そっちの馬車で二人を連れて行けばいいだろう」


「クソ。せめてその教会のマークを隠して、導師の服装も変えて正体がバレないように徹底させた上でじゃないと許可できない。こんな主張の激しい隠密行動があるか」


「それはすぐに騎士団で用意しておこう。用意ができたら東門から出発してくれ」


 トップ二人の諦めで馬車の改装と私服の用意をして、今度こそ「君待つ旋風」が逃げていった東から出発する。


 これは世界を救う旅。


 そして、少女が大人になるために、絶望する滑稽話。

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