第46話 1−3−2 操り人形《マリオネット》の糸は、雁字搦め

 王の間。


 城の中で一番煌びやかな、着飾った部屋。奥行きもあり、奥まった場所にある玉座は三段ほど床よりも高い位置にある。玉座には王族の証である蒼い髪を束ねた王がただ一人。周りには王位継承者のための座があるが、そこは空席だった。


 今の状況が、この国の現状を示しているように。


 部屋の中には大臣などの補佐官がおらず、いるのは王室警護隊のみ。その警護隊も三十人ほどが部屋のあちこちを警戒している。その人数からして、王の警戒心が伺えた。


 相対するのはたった二人。魔導士のトップと、その妹がいるだけ。


 妹は度外視するとしても。王が気にしているのは魔導士のトップだけ。その人物が暴れたらこの三十人の防衛網なんてあってないものだ。近接戦なら王室警護隊にも分はあるが、目の前の男は無詠唱という言葉を発することなく魔導を用いる。


 彼の使う魔導は、無詠唱といえども必殺の威力。三十人なんて接近する前に殺されてしまう。


 しかも警護隊は騎士団のように実践訓練をこなしているわけではなく、貴族の次男や三男などといった家督を継がなかった人間が仕方なしに所属する名ばかりの組織だ。そんな人間たちが魔導士とまともに戦えるわけがない。


 警護隊であれば、騎士団と戦っても負けて、騎士団の近衛隊に選ばれるような人間であれば一人で瞬殺できてしまう。そんなお飾りの部隊だ。


 この場で緊張するなと言われる方が難しい実力差があった。


 魔導士を嫌っている風潮からも、誰もがジーンに向ける目線が厳しい。もしくは畏怖している。


 だが、王はそのことをおくびにも出さない。ジーンも態度には示さず、臣下が取るように恭しく王に膝を着いた。隣のエレスも見よう見まねで同じように膝を着いている。


「フレスト国王陛下。魔導研究会首席ジーン・ケルメス・ゴラッド、勅命に従い登城致しました」


「ご苦労。して、例の愚か者が使っていたという危険物は?」


「こちらに。我らが研究した報告書も同封しております」


「おい」


「はっ」


 ジーンが取り出した麻袋と資料の束を、王は顎を使って警護隊の人間に回収させる。お互いに関わり合いたくないのか、最低限の形式だけ守って、命令通りに「パンドラ」が使用した仮称「薬」を手渡す。


 王はアスナーシャ教会からもデルファウスで使われていた神術の「薬」も受け取っていた。概要は掴んでいるが、サンプルは多い方がいい。国直轄の研究群も存在し、そちらへ調査を回す予定だ。ものがものだったのでまずは危険性がないかを魔導研究会に調べさせ、あとは安全に国が調査する。


 とはいえ、国の研究機関は魔導研究会と比べると予算はあっても成果はないに等しい。生活に必要な機械から騎士団が使用する軍用兵器まで開発は魔導研究会が行なっている。


 国がやっていることは研究会から譲ってもらった研究内容や機械を後付け調査して、大量生産の場を用意しているだけ。お飾りもいいところだ。


 王も一々内容や中身を確認しない。


 王城に呼び出したのは、ジーンが敵の賊を逃がしたことを公の場で叱責するためだ。


 ここ最近の魔導研究会は注目を浴びることが多い。


 デルファウスの事件を最終的に解決した者は導師なのだが、最大限貢献した者はジーンとエレスであるという事実がきちんと流布されている。導師がやったことなんてなかったことにされていた。


 これは「パンドラ」の協力者たちがこれ以上アスナーシャ教会と国に力を与えないために流した内容だ。特にアスナーシャ教会にこれ以上馬鹿な真似をされるのは困るために行なった工作だ。


 そして先日の「パンドラ」が暴れた事件も、騎士団と魔導研究会首席のジーンが主に事態の収拾に当たったとされている。アスナーシャ教会の戦闘部隊「聖師団」だって出撃したが、市民を守ったのも、敵の幹部と戦ったのも騎士団とジーンが主だ。


 特に幹部たるモードレアと「タイガーマスク」と戦ったのは騎士団長ファードルとジーン。これでアスナーシャ教会が賞賛されたらおかしな世界だ。


 これ以上つまはじき者が大きい顔をされては困る。そうフレスト王は考えたが。


 麻袋を受け取った警護隊の人間が、王とジーンの間に立ったまま動かない。その事実に眉を吊り上げるフレスト王。


「どうした?さっさと持ち場に戻れ」


「……」


 王がそう命じても、警護隊の人間二人は動かない。


 そのことに周りは訝しむ。王の命令を絶対に聞き、波風立てずに職務を遂行する烏合の衆こそが王室警護隊だ。王及び王族の言葉は内容を問わず二つ返事で遂行する。それが非道なことでもどんな雑用でも絶対にやる名前負けの税金喰らい。


 彼らにとって今の立場を失えば、家の立場を失くし、家の取り壊しもあり得る。家族が路頭に迷い、貴族としての豪遊もできなくなる。自堕落な仕事を慢性的にこなしていれば身分も給料も保障されている。


 そんな人間が、王の命令を聞かないどころか苛立たせるなんてあり得ない。


 今は顔を隠す兜を共通装備としてしているためにどこの誰だかわからない。それでも周りの同僚たちは兜の中でその二人を嘲笑していた。


 これでアイツらは、終わりだと。何が気に障ったのか知らないが、今の立場を捨てるなんて愚者でもしない蛮行だと。


 唯一この場で、命令を聞かない二人の王室警護隊の正体に当たりをつけていたジーンは、ハンドサインでエレスを下がらせる。ついでに神術は使わないように指示していた。


 ジーンも警戒して王の御前だというのに立て膝を崩して立ち上がった。座ったままでは対応できないとわかったために。


 そして二人の男は、行動に移す。


「「『君待つ旋風We're Tempest』!」」


 二人が手を掲げて使った魔導。それは二人を中心に突風を引き起こし、それだけでお飾り警護隊は王も含めて吹っ飛ばされていた。


 一詠唱で起こせる規模の魔導ではなかった。いや、正確にはジーンであれば同じことができる。三詠唱の魔導を詠唱省略すればできるが、逆に言えばジーンクラスの魔導士でなければ発動できないレベルの魔導のはずだった。


 いくら共通詠唱という複数人での同じ魔導を用いた技術の結果だとしても、ジーンが把握した二人の魔導士としての実力からは想像できない結果を産み出していた。


 突風の魔導によって無事だったのは、術者二人とジーン、エレスのみ。ジーンはこの程度の魔導であればプルートによって増幅させられた資質のみで無力化でき、エレスもアスナーシャの加護によって驚嘆する威力の魔導であっても無意識下の神術の力場だけで防いでいた。


 王のちょっと鍛えられただけで才能に溺れた程度の実力では防ぎきれず、警護隊もまともな神術士としての才能もなく、身体もまともに鍛えていない人間には防ぐことができなかった。


 部屋の中は高価な調度品や自己顕示欲の現れだった剣などの残骸で溢れかえっている。警護隊の鎧や兜にヒビが入り、王の象徴たる王冠は無惨にも欠けた上に真っ二つに折れていた。


 そんな暴風が過ぎ去った後に、平然と立っているジーンとエレスがおかしいのだが。


 ジーンは状況を把握した上で、迎撃するために袖に隠していた愛用のトンファーを取り出す。


「有名な盗賊団の犯行に立ち会えたのは光栄だ。その光栄ついでに、アンタらの後ろにいる『パンドラ』について話してもらおうか」


「ダイヤモンド・ミスト!」


 ジーンの問いかけに対する答えは、逃走用に放たれた魔導だった。部屋全てに蔓延するような霧を発生させ、その霧に乗じて逃げ出すようだった。


 その動きは当然読めていたが、一応建前である王の警護を優先させ、逃亡を許諾した。どうせこの城の中には他にも警護隊はいるはずで、その警護隊が役に立たなくても騎士団の人間と近衛隊も若干数とはいえ勤めているのだ。


 ジーンは城に現れた賊を捕らえる仕事などない。目の前で凶行が起こったとしても、王城での魔導の使用は禁止されている。そんな場でできることなどなかった上に、この場は被害者であることが望ましかった。


 薬が入った麻袋が盗まれたのは都合が良いと考えていたこと。そしてどうせ捕まえても追いかけている「パンドラ」の情報なんて碌に持っていないだろうということ。この王城にたくさんの協力者がいるだろうからどうせ逃げられるということ。


 そこまでわかっていて、無駄に動くつもりはなかった。「君待つ旋風」の犯行成功率は驚異の十割。ジーンは見たことがなくても、ジーンという障害があっても成功させる準備があったのだと相手の盗賊団を信頼していた。


 ジーン一人がいるために失敗するようなことを最も有名な盗賊団がするとは思いもせず、さっきの魔導で偽者を騙るバカでもないと確信したために。


 この場にいる全員が先ほどの暴風で気絶していたのは本当に都合が良かった。


「エレス、無事か?」


「うん。でも逃しちゃって良かったの?」


「俺たちは警察でも騎士団でも警護隊でもないからな。むしろここで魔導を使って王様を殺しましたってなった方が問題だ。薬をどうにかして回収するだろうと思ってたから予想通りの範疇。むしろこれで賊を逃がしたら国の責任だから大丈夫だ。エレスは一応王様の治療をしてくれ」


「わかった」


 エレスは王に治癒術を使って、ジーンは扉の外を確認する。


 喧騒は続いており、賊は捕まえられていないようだ。たったの二人を相手に大捕物が開催されているらしい。


 ジーンは賊を目の前にして捕まえられなかったと追求されても、警護隊に全ての責任を取らせるつもりだった。ジーンはあくまで研究者であり、賊を捕まえることなんて考えたこともない。そも、王城で魔導を使うなと言われている魔導士に何ができるというのか。


 今王の警護を受け持っているだけで十分代役はこなしている。それ以上を王城に詳しくない研究者に任されても困る。


 騒ぎを聞きつけたのか、城に在中しているアスナーシャ教会の神術士が護衛の騎士と共に駆け寄ってきた。ジーンが手招きで彼らを呼ぶ。神術士は王の間に入っていき、ジーンと話そうとしたのは騎士だった。


「状況は?」


「王室警護隊に『君待つ旋風』が紛れ込んでいた。届けに来た戦利品を全部持っていかれて、魔導で風を引き起こして逃走。それ以降はわからない。むしろ城内の状況は?」


「王族の他の方々は騎士団で保護しているから安全です。城内でも色々なところで警護隊の内紛が起きて対処をしている最中。ジーン殿、魔導で抵抗しなかったのですか?」


「ちょうど賊の後ろに陛下がいらっしゃった。俺が動けば陛下が害されていただろう。手を出さなくても今は気絶されている。下手に動けなかった」


「なるほど」


 騎士はそれで納得していたが、無詠唱でもそこそこ魔導を用いることができるジーンなら取れる手段はいくつもある。魔導の使用が禁止されていた王城とはいえ、本当の緊急事態なら無抵抗なまま見過ごすはずがない。


 むしろこの状況を狙っていた。網を仕掛けていたのはジーンたちの方。これを知っているのは他に騎士団長のファードルだけだ。


 掛かった獲物が予想以上に大物だったことには驚いたが。それと使った魔導も。


(さて。これで全く手掛かりがなかった「パンドラ」を追いかけられる。俺のこともファードルが庇ってくれるだろう。しかし、事態が動くとしたら一気に動くな。クイーンナーシャの発見なんてもう少し事態がズレてからの方がありがたかったが……。エレスがあの村から出たことに勘付いたクイーンナーシャが自発的に動いた、可能性はあるか)


 そんなことを考えながら、一応ジーンとエレスは事情聴取をされて解放された。


 王城に潜入し、目的の物を盗んだ「君待つ旋風」は。


 王都を脱出して見事に不敗神話を更新した。

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