第45話 1−3−1 操り人形《マリオネット》の糸は、雁字搦め
馬車で王城へ向かう。夕方時とはいえ、馬車の交通量は多い。歩行者も多く、いつも通り首都の中央区は活気で溢れかえっていた。
ジーンはエレスと一緒に王城へ、わざわざ報告へ行くことになっていた。しかも先日の事件の際に被害に遭った子どもたちから回収した魔導用の薬を全て持って、だ。
王城の周りには街の外のようにこれまた堅牢な壁がそびえ立っている。それが城門代わりになっているのだ。
「お城も大きいねぇ……。お兄ちゃん、この門にもリンゴのコーティングしてあるの?」
「さすがにしてないぞ。この門にリンゴのコーティングがされてたら、もし街の結界を失って魔物が侵入した際に民衆を見捨てることになるからな。それだけはしてない」
「あ、そっか。王様って偉いんだもんね。皆のこと考えてるんだ」
「実際は偉いだけなんだが……」
ジーンの呟きにエレスはどういうこと?というような目線を向けてくる。だが、政治の話はしなくていいだろうと考えて説明しようとしなかった。
守衛である騎士に身分証を見せて、馬車ごと王城の敷地内に入る。適当に邪魔にならない所で馬車を停め、二人は中へ入っていく。
白亜の城の中も、言ってしまえばこの世の財宝を全て集めたかのような豪華絢爛ぶり。飾ってある宝剣や鎧、壺や芸術品に至るまで全てが最高品質な、その手の者が見たら卒倒するような物ばかり置いてある。
ちなみに今エレスが見ている絵画。それを売り飛ばしたら
「お兄ちゃん、なんとなくすごい絵だってわかるけど、これ何?」
「ああ、これは──」
「『受胎菩薩樹』。今から千年ほど前に我が王家に寄贈された世界の始まりを示したとされるミロルド・D・ミッシドの作品ですわ。ご存じありませんの?」
せっかく説明しようとしたのに邪魔された。ジーンは声がした方へ振り向くが、目線の先には誰もいなかった。たしかに少女の声がしたはずなのだが。
「ちょっと!ジーン・ケルメス・ゴラッド!どこを見ているのですか!?わたくしはここですわ!」
さらに声がした方向を再度見て納得する。声は自分と目の合うような人間が言ったわけではなかったのだ。それよりももっと下だっただけ。
「……どうぞ、続きを」
「よろしくて?この絵画は中心に植物の種が描かれ、そこから樹が生え、様々な生き物の原型がその枝の先にいます。ここに、魔物も人間も、果てはアスナーシャ様に仕える生き物もプルートに仕える生き物も区別なく平等に描かれているのです。これは全ての生き物は母なる海から産まれたのではなく、我々が信仰し生活の常日頃から目にしてきたセフィロトツリー……。つまり!首都の中央にそびえ立つ天の頂を目指す我らの樹こそが、生き物全ての祖だったのです!
この絵画が発表された当初の、今から千五○○年前は我らの母が海であるか樹であるか揉めに揉めました。そこから様々な機関が調べた結果──樹が全ての始まりだったとわかったのです。それから首都をここに制定したという説もありますね。そしてアスナーシャは神術の祖であることと同時に、セフィロトツリーの守りびとであったため、今では教会が存在しているのです。樹の周りの紫や群青色で描かれているのはこの星……空の向こう側の景色というのが通常の見解です。おそらく夜をイメージして、それこそが太陽に遮られないこの星の外側だと。
これは今でも様々な学説が立てられるために学術的にも大事な絵となっています。千五○○年前はおろか、今でもこの世界の外側の知識など在りません。それを描いたミロルドは世界の外側を知る者、世界創生を知る者、アスナーシャの縁者など様々な憶測が立ちましたが詳細は不明。なぜなら消息不明だったからです。彼女の消息はわかりませんでしたが、彼女の家には他にも気になる物が複数あり──」
すっかり説明することが楽しくなっているエレスほどの少女はまだ話し続けている。ジーンは学術的な意味で重要な物だと知っているためもちろん調査もしたことがあるので右から左、エレスは長すぎて聞くのを諦めていた。
(アスナーシャが関わってるの?)
(─簡単に言うと、そのミロルドって女性、器だったのよ。それで色々世界の真実を知っていただけ)
(へぇ……)
気になったところだけ確認ができたのでエレスは満足していた。
そして二人が話をまるで聞いていないことに気付いた少女は、逆ギレする。
「聞いておりますの!?誰のために説明していると思っていまして!?」
「え?ううん。絵がすごいなぁって思っただけで、別に詳細知りたいわけじゃなかったもん。だって絵は絵でしょ?」
「それに収まらない素晴らしい物だと説明してあげましたのに、その言い草はどういうことですの!?ジーン・ケルメス・ゴラッド!この子は何なのですか!?」
「ん?俺の妹」
「妹の教養の底が知れていますと、あなたの評判も落ちますよ?まあ、最近の事件のせいで研究会そのものの地位も落ちかけましたが、あの声明はさすがの一言ですわ。天才の名は廃っておりませんのね。妹さん、あなたもお兄さんの栄光に溺れぬよう、日々精進なさい」
この上げようとしているのか下げようとしているのかわからない態度に二人は困惑してしまう。とりあえず、ない胸元を自信ありげに誇らしげに張るのはどうなのだろうかと思うが紳士なので口には出さないジーン。
ちなみにサイズはエレスの勝ちだな、とかも思ってはいるが、もちろん紳士のため口には出さない。
「お兄ちゃん。どうしてこの人偉そうなの?わたしと年齢あまり変わらないよね?」
エレスは目の前にいる蒼髪に琥珀色の瞳をした、深紅のドレスを着て腕には白い手袋まで付けている見るからにお上品な相手を指さして、甚だ疑問だと言うように首を傾げた。
ジーンは知らなかったかー、としか思わず、指差された少女は怒りでこめかみの血管が切れるブチッという音を響かせながら本ギレした。
「わ、わたくしをご存知ないと!?フレスト王家王女にして王位継承位第二位、アリアリーゼ・ベルグラウス・コウナッシャー=フレストをご存知ないと!?」
「あー、そんな名前だったっけ。すまん、王女殿下。王女であることと継承位が二位だということしか知らなかった」
「あなたもですか!?ジーン・ケルメス・ゴラッド!そんなんだからこの少女の教育も中途半端なのです!」
「おう、そうだな。否定できん」
「開き直らないでくださいます!?」
先程から叫び続けているためか、肩で息をし始めた。
ツッコミの役割ゆえ仕方がないが、まだ少女である王女をツッコミ役にするとは不敬にもほどがあるだろう。
「ゼー、ハー、ゼー、ハー……。あ、あなた方はわたくしと接することに敬いを持つとかないのですか……?」
「ないな。王女殿下は王女殿下だろう。まだ年下の少女を敬う意味がわからん」
「お・う・じょ・で・ん・か!充分な理由でしょう!?」
「なるほど。アリア王女殿下。これからは態度を改めます。申し訳ない。妹にはこれからゆっくり教えますので、もう少々我慢ください」
「全く態度を改めていませんね!?そんな愛称も却下です!あなたは以前会った時から何も変わっておられないのですね!」
距離を縮めるために愛称で呼んだのは失敗だったらしい。ジーンはならばどうするかと思ったが、特に思い付かないために思考を放棄する。
ジーンは面白いと思いながらわざとからかっているのだが、周りに騎士がいないことを確認してこうやっておちょくっている。騎士やそれこそ国王がいる前ではそんな失態は犯さない。
土台、態度を改められないだろう。魔導士に対して行った数々の王家の仕打ち、忘れられるはずもない。
国政であるこの国は、国王と、導師の一声でほぼ政治が回る。政治家という助言役もいるにはいるのだが、彼らの発言力は低い。
アース・ゼロが起こる前も後も、魔導士を蔑ろにしてきてマナタイトの供給だけは要請してきて甘い蜜を吸い続けた王家に、悪感情を抱かない方が無理だ。
これは正当なやり返しであるとジーンは考えている。相手はアリア王女殿下にするのは本人が一々反応してくれて面白いからなのだが。
「エレス。このアリア王女殿下はお前と同い年だ。心も器も広いから、気軽にアリアちゃんと呼んでやれ」
「わかった。アリアちゃんだね。わたしエレス・ゴラッドです。よろしくね」
「この兄妹はー!?」
とてもやんごとなき方の声とは思えない絶叫。そんな声が響きながらも駆けつけない騎士は無能なのではないか。ファードルに密告しようかとも画策する。
後に聞いてみれば、ジーンが戯れているだけで王女殿下も楽しんでおられるから止めなくていいと言われていたらしい。さすが、騎士団長ファードル。ジーンのことがよくわかっていた。
「さて、無事に自己紹介も済ませましたし本題に入りましょうか。王女殿下」
「無事ではありませんわよ……。まあ、いいでしょう。父上からあなたがこちらに来ることを伺いました。……あの人は、お元気ですか?」
いきなりしおらしくなるアリア王女殿下。こちらこそが本題なため、間違ってもいないのだが。
というより、先程までの方は八割以上ジーンのお遊びなのだが。
「あの人、ではどの方かわかりかねますが?」
「わかりきっているでしょう!あ……アルドルフ・アヴェンスター・クルナーク=フレストのことです!」
「はて?たしか病死なされた元王位継承位第二位の、あなたのお兄様の名前ですね。俺でも死人のことはわかりませんよ?」
「わざとらしく誤魔化さないでくださいませ!」
「と、申されましても。死人も、まして王族の方など研究会にはおりませんので」
ジーンはあえて核心に触れない。何をアリア王女殿下が求めているのかもわかっているし、王城にいる人間であれば別段隠すようなことでもない。
それでも、彼女の口からきちんと正しい名前で聞かなくてはならない。そこは妥協してはいけないことだ。
「……アスタルト・シェイン=ブケーシャのことです。お元気でしょうか?」
「ああ、彼のことですか。元気ですよ。先日も実地調査でよい発見をしたようで。論文にして発表会を開けるかはわかりませんが、研究会としては彼の働きに感謝していますよ」
「そうですか……。それは良いことを聞きました。ご報告ありがとうございます、ジーン」
「その程度でしたらいくらでも。では今日の教訓として、その名をこの外では言わぬように。まるで王子殿下が生きているようですからね」
「……気を付けますわ。お父様が王の間でお待ちです。お時間を頂戴いたしましたわ」
スカートの裾の部分をつまんで一礼し、アリア王女殿下は王の間とは逆方向へ歩いていく。
ジーンの解答が聞けて、満足したように頬を緩ませて帰っていく。あれだけを見れば年相応の少女だ。
「アスタルトさんって、お昼に報告に来た人だよね?アリアちゃんとどういう関係なの?」
「……兄妹だよ。血の繋がりとしては、だけど」
「偽名で研究会にいるの?……もしかして魔導のせい?」
「そう。王族で魔導士だなんて恥らしい。だから病死したことにして研究会に放り投げた。そのまま首都から放り出さなかっただけマシなんだろうけど」
アスタルトが研究会に捨てられた当時のことをジーンは知らない。三歳の時に研究会預かりになったようで、アリア王女殿下は存在すら知らなかったはずだ。
アース・ゼロで生きていることを王家で確認し、それを使用人が話していたところをアリア王女殿下が聞いてしまったそうだが。
「兄妹なのに……。それ以前に王様の実の息子なんだよね?」
「もちろん。だからこそ煙たがられたんだろうが……。王族は血統的に神術士が多くてな。神術士じゃないと王位継承位がもらえず、その婚約者候補も全員神術士だ。人間の王族は近しい貴族に養子に出され、魔導士だったら研究会行きだな」
「なんかそれ、怖いよ?」
「正常なはずがないが、それが王族なんだ。理解しなくていいぞ」
普通の感覚からすればもちろんおかしい。それほどまでに彼らは潔癖症なのだ。
どこか狂っていないと、王族などやれないのだろう。
「あと、さっきのアリアと導師のルフドは婚約関係だぞ」
「え?あのひょろひょろ導師様?」
「ああ。導師は大体王家に嫁ぐ。今回はちょうど異性同士だからな。本人たちの与り知らない所で勝手に婚約が結ばれていたらしい」
「変な話」
そのエレスの呟きに激しく同意しながら、二人はそんな変なことをしている人たちの元へと向かっていった。
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