第44話 1−2−2 操り人形《マリオネット》の糸は、雁字搦め
「アスナーシャだけが知ってるのか?それともあの医者に言われて、エレスも知ってるのか?」
「エレスも知ってるわよ。なだめるの大変だったんだから」
「それは……苦労をかけた」
「いえいえ、母親代わりなので。いえ、どちらかというと姉代わりなのかしら?そこは置いておいて、何か解決案は見付かった?その場しのぎじゃない奴」
「残念ながらまだだ。色んな書物に目を通してるし、世界も巡ったが……。俺はどうしようもない。精々早死にしないように、その場しのぎを重ねるしかない」
ジーンは大規模な魔導を使うと寿命を縮める身体である。正確には、体内のマナを消費しずぎるとマナ不足とは別に体質のようなもので勝手にレイズマナを消費してしまうのだ。
レイズマナは命の源。これが枯れてしまえば人間は死ぬ。
この身体はマナ不足になると、大気からマナを回収するのでは間に合わないと判断しレイズマナで代替する。
レイズマナは通常のマナよりも純度が高い。使えば強力な魔導も神術も使えるが、そのまま死に直結する。
レイズマナを消費してしまう禁術も存在するのだが、その詠唱文も名前も、存在すら公表していない。知っているのは王族と三大組織のトップになったことがある人間だけである。
このことから、緊急時を除いてジーンは大規模な魔導を使わない。わざわざ寿命を減らす真似をするほど愚かではない。
「そう。……クイーンナーシャの居場所を教えてもらえない理由はわかったけど、いつになったら教えてくれるのかしら?ぶっちゃけ戦力としては申し分ないわ。それこそエレスのことを守ってくれるわよ?」
「時期を見て、だな。研究会の奴らは口を割らない。その代わり、いざとなればメイルに聞いてくれ。メイルが良いって思ったら教えてくれるだろ」
「何でメイルなのよ?あの子は器にしないし、導師にもなれないわよ?いや、導師にはなれるでしょうけど……」
「メイルが、姉らしいことをさせてくれって言ってな。俺はそれを受け入れただけだ」
その言葉にアスナーシャの瞳は細くなる。睨まれていることがわかるジーンは、その目線を受けてはいたが、睨み返すことはなかった。
「メイルを囮にするってこと?」
「エレスが疑われるよりはいいってな」
「……『パンドラ』捜索にエレスは連れていくの?」
「連れていく。むしろ目を離したくない。その上で、メイルを大仰に守る。影武者なんて古典的な方法だが、通用すればかなり使える手だ」
「バレちゃったら元も子もないけど、守れる自信があるのね?」
「ああ。エレスには幻惑術も覚えてもらうからな」
「今からで間に合うと思ってるの?」
「十年前から使わせていたのは知ってる。レイズマナの譲渡、なんて本来八詠唱ものだ。あの村でエレスはゾンビメーカーって呼ばれていたらしいな。だが、死体を操るネクロマンシーは魔導の、しかもレイズマナを使わない意味での禁術指定物だ。神術でやるならレイズマナの譲渡しかない。そんなことを無詠唱でできる存在が、幻惑術を使ってないわけがない。最初に見た時のエレスは精々五詠唱ができる程度の神術しか纏っていなかった。外法でできることは力のオンオフだけ。なら答えは一つしかないだろ」
デビット村でエレスを連れて歩いている時にそう呼んでいる住民がいた。そこからレイズマナの譲渡に気付き、外法も使えることから色々察した。
そしてデルファウスでも自身が纏う神術を隠せていた。術式の名前を教えていないだけで実行はできるのだ。
「さすがにあなたの目はごまかせないか……。そのとーり。私が教えたわ。危ないからって。……注意しなさい、ジーン。この子は本物の天才よ。私が器に選んだからじゃない。あの子の娘だからじゃない。あの子を圧倒的に超える奇跡、それがこの子よ。外法については私のせいだけど、それ以外はこの子が全て感覚で済ませてる」
「……やっぱりか。アスナーシャに選ばれるからすごいんじゃない、凄いから選ばれる。しかも世界で選ばれるのはたった一人だ。生半可な天才なわけがない。想像を絶する
「それはもう。生き物の蘇生法なんて教えてもいないし、感覚だけで神術のルールを変えたのよ。レイズマナも消費せずに、今までに存在しない新しい術式をたった五歳の少女が産み出したの。
これがジーンの誤り。おそらくアスナーシャが折れてレイズマナの譲渡を教えたものだと思い込んでいた。
世間一般の常識に囚われていた。アスナーシャがいたからこそできたのだと思い込んでいた。だが、それこそ色眼鏡をつけてしまっていた証左だった。
エレスの才能という物は規格外としか言いようがなかった。昔から積み上げてきた法則を全て無視して、その上で新しい概念を打ち付ける。
それはもはや、鬼才だ。
「……いや、まあ常識的に考えて八詠唱を無詠唱にする時点でおかしいって気付かないといけなかったのか……。アスナーシャが居ても、それは神術のルールを侵しすぎている」
「そうね。どうせ治癒術だろうってたかくくっていたら痛い目を見たわ。そこからひたすら基礎中の基礎と倫理観を叩き込んだわけだけど」
「あの惨状をどうにもできなかったのか……」
アスナーシャは世間一般で言われているような神様ではない。むしろ神様であっても何でもできるわけがない。
神様が完全なる存在だというならば、まず人間を産み出したことは失敗だろう。民間神話では多くの神が人間の行いで痛い目を見ている。
もっとも人間も神様のせいでロクな目に遭っていなかったりするのだが。
あの惨状──エレスが村の全員から疎ましく思われる状況は、アスナーシャが手を回そうと思っても状況は好転しなかった。
表面に出てみたとしても、結局はエレスにしか見えないのだから。
「一度だけ、あなたと同じ方法をしたわ。圧倒的暴力。それを持てば恐怖心からエレスに手を出すバカはいなくなると思ってね。あんな村に頼りになる人もいなくなってたし、私が表面に出て暴れてやったわ。……結果的に暴力はなくなったけど」
「やりすぎたのか?」
「まさか。たった三人脳波をいじって幻覚見せただけよ、神術で。それでもう近寄らないでって言っただけ。それが失敗だったのかエレスを排除するために暴力を持ち出してきてねえ……。返り討ちにした後に綺麗に傷痕治してあげたわ」
充分やりすぎだと思ったが、ジーンは口を開かず唾を呑み込んだ。同じことをしたジーンは否定できないのだ。
「そこからは明確なルールを作って慎ましやかに過ごしたわ。村長に説教されたけど、自己防衛も許されないってよっぽどよね」
「あの村から出ることは考えなかったのか?」
「十五になったら出ようかとも思ったわよ。そうすれば首都にメイルはいて職についてるだろうし、最悪シンデレラストーリー立てて教会で働けばいいとも思ったし」
「で、その前に俺が見つけたと」
「そう。ありがとね、お兄ちゃん」
いつまでこうやってからかわれるのかわかったものじゃない。アスナーシャ自身がジーンを揶揄ることを愉しんでいる。良い性格をしているものだ。
「……ひとまず話はここまでだな。事務局行って王城に連絡してくる。エレスに身体返せよ?」
「はいはい。いつ出発?」
「四時にはここを出るだろうな」
「じゃあそれまでに洗い物を済ませますか」
ジーンが扉を開けてアスナーシャがお盆を持ったまま部屋から出る。そこから二人は別れてそれぞれがやるべきことを済ませにいく。
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