第43話 1−2−1 操り人形《マリオネット》の糸は、雁字搦め

 首都、セフィロト。そこの東部にある魔導研究会本部の一室、つまりはジーンの私室にジーンとエレスがいた。


 ジーンは書類を見ながら何かを書き込んでいき、次々と資料をとっかえひっかえしていく。その処理速度はかなり速い。


 一方エレスは本を読んでいた。首都の始まりについてという本だった。年齢を合わせて十歳前半の子どもに読ませる物をジーンが持ってこさせたのだ。


 エレスではジーンの仕事の手伝いはできない。ジーンも急激に増えた仕事を終わらせるためにエレスに構っている暇がなかった。何かあったら困るので目の届く所に置いているだけである。


 退院してからジーンがやっていることは世界に配る魔導の召喚術で呼べる存在のピックアップ。そして今回回収した、「パンドラ」が用いていた薬の解析だった。


 全ての召喚術を試して写真を撮り、画像付きで特性も全て載っけて資料とする。そのページ数は優に百を超える。それを発行する前にどういった対処法が必要か、どこが魔物と違うのか、姿形に加えて全長や使ってくる魔導の種類まで書き足していた。


 もちろん注意書きで、呼び出せる実力者は少なく、また研究会としてはある程度の地位にいなければ詠唱文すら公表していないことを赤字で載せていた。


 こういった詠唱文は研究会が過去のものなどをほとんど蒐集し保管しているが、それが全てではない。紙の資料もそうだが、有名な物であれば石碑などに記されている。紙という文化ができる前に彫って残されたものだ。


 こういうものがあるため、遺跡などの調査は頻繁に行われている。その護衛のために騎士団と協力することもしばしば。残っている詠唱文のほとんどはフレスト語で彫られているが、その解読など研究会に所属していれば容易い。


 薬の研究は難航したが、それでも手当たり次第で調査を行い、報告書を作成できる程度には色々と纏まり始めていた。


「お兄ちゃん。そろそろご飯にしよう?」


「もうそんな時間か……。なら頼む」


「うん」


 エレスは研究会本部に来てから、ジーン専属の炊事係を買って出ていた。本部には食堂もあり、頼めば食事も運んでくれるのだが、エレスは何もやっていないことが不安になり何かさせてほしいと頼み込んだのだ。


 それでジーンが頼んだのが手料理。エレスは七年近く一人で料理をしてきて、しかもアスナーシャに教わっていたためかなりできる。そのため、ジーンは妹の愛を受けたいなあと思っていたために頼んだのだ。


 ここに来て三日にもなるので、エレスは建物の場所も把握していた。通りかかる人たちとも挨拶するほどだ。


 ジーンはもちろんエレスのことを妹として紹介したが、神術士であることは伏せている。エレスティが起こるからとエレスから距離を取ってほしくなかったからだ。


(アスナーシャ。お兄ちゃんの容態どうです?)


(─今のところは何ともないわよ。マナの流れも異常なし。日常生活を送る分には何ともないはずよ。問題は、マナをかなり消費する魔導を使った時。デルファウスの時みたいに力を解放するのもマズいでしょうけど)


 エレスとアスナーシャはこれまでもこのように心の内で話していた。生活のほとんどはアスナーシャに教わってきたし、内側に誰かがいるのが当然だと思い込んでいた。そのことはアスナーシャ自身に特別なことだと教えてもらったが。


 今までは本名というか正体を教えてもらえなかったので、「アリス」と呼んでいた。本人からそう呼ぶように言われていたのだ。


(じゃあ、お兄ちゃんに戦いとかさせたらまずいんじゃ……)


(─そうね。ここ三日間召喚術をいくつか使っていたけど、そのくらいなら問題はなさそうだったわ。そこまで現界の維持をしていないからっていうのもあるんでしょうけど。召喚術で一番マナを消費するのは維持だもの)


(でもお兄ちゃん、今回の事件を起こした人たちを追いかけるつもりなんですよね……?)


(─そう言ってたわね。なら、戦闘は免れないわ)


 その事実に打ちひしがれながらも、エレスは厨房に入りエプロンを着て料理を始めた。勝手に入って冷蔵庫の中身を好きにしていいと許可を貰っているのだ。手を洗って、布巾も被って料理を始める。


 今日はパスタにしてみる。鍋にお水を入れて塩もちょっと入れて、沸騰するのを待つ。その間にペペロンチーノにするためにガーリックを小さめに切り、鷹の爪と油を用意していた。


(そんな危ないことしてほしくないのに……)


(─これも私とあなたのためよ。私たちはアース・ゼロをもう一度起こすためなら最適な人材だもの。出る杭は打つってやつよ。それにあの組織とジーンに因縁があるのも事実だわ)


(因縁とかどうでもいいよ。それでお兄ちゃんと一緒に居られる時間が減るのは嫌……)


 話しながらも料理を作る手は止まらない。恙なく進行し、キャベツを今炒めているところだ。


(─そうねぇ……。エレス。あなたは今と、近い未来しか見えていないわ。それでもあなたの年齢を考えればおかしくはないんだけど……。もうちょっとだけ先のことも見ましょうか。あの「パンドラ」を放置しておくと、どうなると思う?)


(世界が大変なことになっちゃう?)


(─そうね。間違っていないわ)


 間違いではないが、正解はあげられない。視点がちょっと違うからだ。


(─もう一度アース・ゼロが起きたらまた世界は混乱するでしょうね。さて、ここで十年前との差を伝えるわ。あの時は私と、プルートが曲がりなりにも手伝っていたわ。でも今は?)


(……プルートさんのことは知らないけど、アスナーシャはここにいるね)


(─そうね。じゃあ私たちが二人揃って十年前は失敗したけど、片方が欠けている今はどうなるかしら?)


(成功しない?)


(─その可能性が高いわね。あの組織が開発している薬がどんなものかにもよるけど、同じ理論なら成功する可能性は低いわ)


 そう言われてもエレスはアース・ゼロの理論など一切知らない。ひどい災害で、その時からアスナーシャが一緒に居るくらいしか知らないのだ。


(─つまりね。あなたとジーンはあの組織に狙われているわ。こうして今は普通に過ごしているかもしれないけど、必ず手を出してくる。あなたたちがいれば成功率が上がるから。その時「パンドラ」を止められるような実力者がどれだけいると思う?……いないわよ。騎士団長が同等くらいで、それ以外は一方的な負け。周りにも被害が出るでしょうね)


(じゃあお兄ちゃんは……)


(─その被害を出さないために先手必勝。あなた・・・を危険に晒さないために、誰かを傷付ける前に倒すのよ。アース・ゼロなんてやったら、成功しようがしまいが術者は死ぬもの)


 茹で上がったパスタを一掴み取り、口に運ぶ。ちょうどいい固さだ。


 塩加減も絶妙である。


(待って。十年前はお兄ちゃんがやったんでしょ?なら死ぬことはないんじゃ……?)


(─ジーンが死なないように、神術士の方が犠牲になったのよ。エレスティの影響を一番受ける二人だもの。十年前は失敗するべくして失敗した。失敗させようとしたら一人、成功させようとしたら二人死ぬ。それがアース・ゼロ実験のからくりよ。要は人柱。誰かを犠牲にしなければ誰も手を取り合えない、残酷な世界のエラー


(……どうにかならないんですか?)


(─様々な条件を満たせば可能よ。その条件を完遂するのはかなり大変でしょうけど)


 できなくはないとアスナーシャは言った。それをジーンに伝えるべきかどうか悩んだエレスだったが、伝えられそうになかった。


 その条件がどんなものであっても、エレスとメイルの助けになるならやってしまいそうだったからだ。


(─そのためにはプルートの手助けが必要。ただ十年前に人間に失望しちゃったのか、協力してくれそうにないのよね……。そういうところは頑固なんだから)


(プルートさんはお兄ちゃん以外を器に選んだことないんですか?)


(─あの子はないわよ。大昔ならまだ魔導も好意的に見られていたけれど、今はむしろ忌むべきものとして扱われているわ。軽蔑するのも当然ね)


(アスナーシャはどうにかできないんですか?)


(─私が現れたら余計教会を増長させるだけよ。それに、正反対の私が魔導を擁護したらそれこそ世界は混乱するわね。何を信じればいいのって。でも今の世の中でプルートが何かを言っても逆効果。それだけ魔導は信じられていないわ。ままならないものね、人間の心って)


 内側でアスナーシャは今の世の中に侮蔑を送る。立っている立場からか、神術の祖として魔導を受け入れている。


 たとえエレスティを起こしてしまい、反発し合っていてもその力の在り方まで否定はしない。そういう力なのだから、人間が歩けることと大差ない。


 生まれつき使える力が、一つ多いか、種類が違うか。それだけの差だとアスナーシャは考えている。


 この考え方は今を生きる人間には適応されないが。


「うん、完成」


 野菜も盛り込んだペペロンチーノが完成する。それを一つは大盛りで、もう一つは少し量を減らして盛り付け、お冷も二つ添えてお盆で運ぶ。


(─まあ、協力できることには積極的に手伝うわ。ジーンなら間違ったことはしないって信じているし。あの子シスコンなんだから、基本的に行動理念があなたかメイルのためなのよ。というか身内贔屓?彼を信じて、寄り添ってあげなさい)


「うん……」


 それは声に出てしまったが、誰かに聞かれるということはなかった。


 エレスの本音としては無理をしてほしくない。医者も原因はわからないが、ジーンの身体の内側はボロボロで、出している薬も気休め程度のもの。根本的な解決にはならないが、魔導を使う度に身体が悲鳴を挙げて、寿命をすり減らす可能性があると診断した。


 ジーンも後から医者の話を聞いていたが、無理な魔導は控えるようにと言われて文句もなく従っていた。もしかしたら予感はしていたのかもしれない。


 エレスがジーンの部屋の扉に近付くと、ひとりでに扉が開いた。エレスに反応して開くように魔導で改造したらしい。


「エレス、ありがとう」


「ううん。これくらいしかできないから」


「そう言うなって。あと、回収した薬の調査結果が出た。今日の夜にでも王城に行って、陛下に状況報告に行くからな」


「もう纏め終わったんだ?早いね」


 エレスがお盆を多機能机に置くと、ジーンもやってきてソファに腰をかけた。


 資料の纏めはもうすぐ終わり、終わったらすぐにこの世界唯一の王様に会いに行くとは聞いていたので、驚くこともなかった。


「優秀な奴が揃ってるんだよ。なんたって、そうやって誰かのためになるって思って研究しないと生きていけなかったんだからな」


 ジーンはフォークにペペロンチーノを巻き付けて食す。食べながらも会話は続けられた。


「ウチの連中は様々な理由でここにいる。まー、エレスと似たような想いをしてここに来られた奴だっているんだ。生きていくために誰よりも知識を得なくちゃいけないってなら、そりゃあ必死に勉強するさ。ホントに命が懸かってるんだからな」


「だからここの人は皆真剣なんだ……」


「ああ。分野は様々だが、プルートの教えを守って人類を次のステージに導くために研鑽を積んでいる。過去・現在・未来、どの時間軸であってもきっと人間の進化に繋がると信じて全ての事象を計測する。この場合の人類の進化っていうのは、今はエレスティをなくすことが一番だ」


 その結果を残すために様々な研究を行う。まずは魔導の理解を深め、原点へ、始まりの場所を知ること。そこから神術と比べて、根本的な解決を目指す。


 で、現状としては魔導への理解のために奔走しているのが全体の図だ。そこから頭一つ抜けているのはジーンと少数の優秀な研究員ぐらい。


「もっと大昔は魔導も神術も区別なく、才能も関係なく万人が使えるようにと志したのが始まりだったんだが……。エレスティの影響で今は専らエレスティ研究だな」


「それが進化なの?」


「差別の撤廃という意味では大きな進化だと思うぞ?始まりは大差なく、本人たちの努力が結果に繋がるのなら差別の理由の一つがなくなることになる。それは争いの種を減らすことだし、種の存続を考えれば大きな進化だ」


 そう言われても、エレスはよくわからなかった。


 いくらアスナーシャにちょっとやそっとのことは教わってきて、最近はジーンとラフィアに一般教養を教わっても小難しい話は理解できない。


 それだけエレスの頭がバk──もとい、よろしくないからだ。


 だからたまに始まるジーンのちょっと奥まで入り込む話は途中から首の角度が曲がってしまうのだ。


 それが可愛いから見たいと思ってわざとしているジーンは腹黒い上にダメな兄だった。


「これは研究会の理念だから覚えなくていい。今日も美味しかったぞ、エレス」


「あ、うん。良かった」


 自分で食べていても味に問題はなかったが、好みとなると別だ、人によって好き嫌いは別れる。


 そういう意味では問題がなかったようで、エレスは一安心する。


 片付けようとお盆を持とうとしたところで、ドアを三回ノックする音が聞こえてきた。


「どうぞ」


 問題ないと考え、ジーンは通す。失礼します、と言いながら入ってきたのはメイルと同い年くらいの男。


 メイルと二人で研究会本部に来た時にロビーで騒いでいた人物だった。


「ジーンさん、例の『白龍』のデータまとめ終わりましたよ」


「おう。ご苦労だったな、アスタルト」


「お兄ちゃんが人の名前を覚えてるなんて珍しいね?」


 エレスは悪意なく純粋な気持ちで質問していた。ジーンはそのことにちょっとだけムッとする。


「エレス。俺だって興味のある奴の顔と名前くらい覚えるぞ?全員を覚えてないだけだ」


「じゃあこの人はお兄ちゃんのお眼鏡にかなったってことですか?」


「そうとも言う」


 そう言われた本人、伸ばしきった蒼髪を一応ゴムで結っているだけで研究職に没頭していることが見受けられる、少しだけ憂鬱そうな琥珀色の瞳をしたアスタルト・シェイン=ブケーシャは苦笑いを隠せていなかった。


 子どもの言うことは時たま残酷である。


「そっか。お前らにはそのまま『白龍』のデータまとめを頼んでおいたんだったな」


「はい。本当に興味深いですよ。あの『白龍』、本当に時々空を飛ぶ以外はあの場所から出ないんです。それどころか地元民にはあの姿を見たらその日は幸運が訪れるという迷信まであったんです。三百年前から何度も目撃されていますね」


「なのに調査や討伐申請が一度もなかったのか?」


「襲われた人が皆無だったことと、空を飛んでいる姿が神々しくて魔物じゃないと思ったらしいです。それに『白龍』を見かけた日には腰痛がなくなったり、畑の状態が良くなったり、カップル成立したり、地元では有名な土地神のようなものになっているそうです」


「大体は撒き散らされる神術の恩恵だろうが、最後は完全に別口だろ……」


 呆れながらジーンは資料を受け取る。簡易報告用だったためか、二十枚くらいで収まっている。もっと細かいものはこれから更に調査してから、ということだろう。


 散々「白龍」と言っているが、これは先日見付かったアスナーシャ直々の使い魔とされるクイーンナーシャのことである。


 こんな通称を用いているのも、アスナーシャ教会に存在がバレないようにするためである。


「あ、ワリィけどこれすぐに目通せないな。だから許可証のハンコも押せない。例の薬の調査報告書が上がって来てるから陛下に報告しなけりゃならん」


「あー、まとめるの負けましたか……。それは仕方ありませんね。世間を騒がせているのはそちらですし、人員が割かれるのもわかります」


「すまん。明日にはおそらく許可証を出せる。……あと、一応聞いておくが何か言伝はあるか?」


「ないです。間違っても行きませんよ?」


「ま、だろうな」


「それと別件ですが、ジーンさんが調査していた依頼書の発送者……。ウチの事務にはいなかったそうです」


「なんだと?」


 前から調査依頼をしていたデルファウスの依頼状をジーンに送らなかった者の調査。それが空振りに終わったらしい。


「どういうことだ?さすがに騎士団からの要請なら、本部ここを通すのがルールだろう?」


「それが……。騎士団がウチのハンコを偽造していたそうで。本物そっくりで、魔導に通してみてわかりました。あの依頼、ウチを通していないんですよ。騎士団があなたに要請しただけなんです」


「それで何の意味があるっていうんだ?研究会からの依頼書があれば俺は動くが、精々研究会に支払われる俺への依頼料が浮く程度だろ?そんなはした金、騎士団が横領したっていうのか?」


「偽造した者は騎士団所属なのですが……。簡単に言うと王室警護隊から天下りした者だったようで。国としては研究会を頼りたくなかったのでしょう。もちろん国側はトカゲのしっぽ切りで知らぬ存ぜぬらしいですが」


「アホか……」


 そんなプライドのためだけにわずかな金銭を横領して、関わった人間は首を切る。そこまで王族は魔導士かジーンを毛嫌いしていたかと思ったが、アスタルトの苦虫を噛んだような表情を見て理解する。


 いつだってそんなものなのだ、この国は。


「今騎士団長が官房長官に問い合わせているようですよ?意図せずウチを裏切ってしまうなんて、あの人からしたら避けたいことでしょうからね」


「わかった。報告助かった。下がれ」


 アスタルトは小さく頭を下げてから、部屋を出ていく。


 ジーンも早く読みたいが、こればっかりは優先順位がある。仕方なく受け取った資料を机のわかりやすい場所に置いておいた。


「色々と大変ねえ。それとなに?クイーンナーシャでも見付かった?」


「急に代わるな、アスナーシャ」


「あら、ごめんなさい。お兄ちゃん?」


 クスクスと外見年齢に相応しくない蠱惑的な笑みを浮かべるエレス──いや、アスナーシャだった。


 彼女らは時間制限もあるが、表に出せる人格を変えられた。もちろんエレスの身体なので主人格はエレスで、その身体にアスナーシャが住み着いている形だ。


 要は、人格の違いすぎる二重人格と大差ない。本当に二人が別人なだけだ。


「お兄ちゃんはやめろ。気になったから出てきたのか?」


「そうね。この会話はエレスには聞かれてないわ。だから私の相棒の場所を教えてほしいんだけど?」


「却下。あんたに教えたら召喚術使って呼び出すだろ。正確にはもうこっちの世界にいるから移動術式だろうが」


「それでしか呼び出せないのよねー。場所もわかってないと使えないし。というわけで教えて?」


「誰がエレスを導師にさせるような行為を見逃せる?二度言わせるな。却下だ」


「チェーッ。久しぶりにあの子の顔が見たかっただけなのに」


 それだけのために首都に大きな龍を呼ぶつもりだったのかと考えると、中々に末恐ろしい。


 こうしていると教会によって祀り上げられている神様のようには思えない。友達に会いたいだけの子どもだ。


「用心深いお兄ちゃんだこと。そこまで過保護だと嫁の貰い手も、この子の嫁ぎ先もないわよ?」


「結婚する予定もないし、エレスを嫁に出すつもりもない。もし相手を連れて来たら全力でボコす」


「うわーい、シスコーン。……冗談はこれくらいにして、そろそろ薬飲みなさい。食後でしょう?」


「わかってるよ」


 ジーンは机の引き出しから薬を出して、口に含んだ後水で流し込んだ。薬を飲んだからといって、すぐに体調が良くなるわけでもない。


「この薬、メイルにも飲ませてるんだろ?」


「それはそうよ。だってあなたたち兄妹じゃない。遺伝的な病気なんだから、血縁者には飲ませるわよ。……そういうものが必要だって、いつから知ってたの?」


「五年ほど前からだ。いきなり倒れたり呼吸が荒くなったり、魔導をまともに使えなくなったりしてな。医者に診てもらっても疲労としか言われなかった。そんなことなかったわけだが」


 随分前からだと、アスナーシャは心の中で舌打ちをする。症状が出るのはもっと最近の話だと思っていたのだ。予想よりも早すぎた。


「どうやって対処してきたの?」


「それこそ医者が渡してきたような薬を調合してもらって、だ。マナタイトを売りまくって、その金で薬剤師を買収した。口止めも込みでな」


「うわぁ……。悪いお兄ちゃん。研究会のトップが悪事に手を染めてますよ……」


「必要経費だ。メイルの方にはまだそういう症状は出ていないらしい。……俺がこれだけ早いのは、アース・ゼロのせいだろうな」


「納得」


 ジーンは身体の不調の原因をわかっている。アスナーシャが心配するのも最もだが、正直ジーンにはどうしようもできない。


 それこそ先天性の病なので、いつかはこうなると思っていた。ジーンの家族であれば避けられない運命さだめ。誰も逃れられないだろう。

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