第42話 1−1 操り人形《マリオネット》の糸は、雁字搦め

『それで?グレンデルは高熱にうなされて、今は寝ているのですね?』


「そうよ。このバカ、五詠唱の召喚術に騎士団と『聖師団』相手取るために魔導をかなり使って、魔導研究員首席の呼び出した悪魔倒すために八詠唱使って、最後はあたし担いで長距離飛行よ?よくマナが尽きなかったって呆れてるわ」


 ある林の中でモードレアは「パンドラ」の構成員である女性に通信していた。


 すでに夜の帳は降りており、焚き火を用意してテントを張り、その中でグレンデルを寝かせていた。


 高熱を出しているのはマナが尽きる直前の肉体の生命活動故だった。身体中にマナを急速に送らなくてはならず、また大気からも回収しなければいけないため高密度のマナが体内を巡り、その余波で熱を出しているのだ。


 彼女たちは二人だけしかいないのではなく、厚意にさせてもらっているキャラバンに紛れているのだ。彼らも協力者の一部である。


 エレスティの影響でグレンデルは火傷も起こしており、その看病が中々に辛い。


 助けてもらったモードレア自身が、治癒術も包帯を付け替えることも、薬を塗ることも、水を渡してあげることすらできないのだから。


『でも、グレンデルの判断は間違っていなかったと思いますよ?そうでもしなければ首都から脱出なんてできなかったと思います』


「そうよ!あの騎士団長、来るの早すぎ!今でも手が痛いし、もう少し来るのが遅ければどうにかなったと思ったのに……!足止めは何やってたのよ?」


『何でも事態に気付いた神術士が直接ファードルに報告していたそうですよ?そのせいで部隊編成が速やかに済んでしまったとか』


「何よ?偶然だっていうの?」


 騎士団本部に神術士がいるなんて、冗談も良い所だろう。それだけ騎士団とアスナーシャ教会は魔導研究会と教会並みに犬猿の仲だというのに。


 騎士団は自然治癒こそが屈強な身体を作ると信じている集団であるため、神術士による治癒はほぼ受けない。命の危機であったり重傷であればそうでもないが、そういった理由もあって騎士団本部に神術士はほとんど近寄らないのだ。


『いえ。これがそうでもなくて。その神術士、あのジーン君の妹さんだったそうです』


「は?エレスティの?あの子に妹なんているわけが……」


 そこまで言って、モードレアが息を呑む。十年前の情報に照らし合わせた結果、妹はいない。だが、妹と呼んでもいい存在はいた。


「──まさか、あの女の娘が生きてたっていうの?」


『可能性は高いかと。見た目は十代後半ほどで、いてもおかしくはない年代ですね』


「あたしらはジーンがアイツを殺したのを見たわ。そのジーンが誰も連れていくことなくあの場を去った。だから生き残りなんていないと思ってたのに……。あたしらも当時生き残りがいないか探したわよね?」


『……はい。あの後生きていたのは全員で五人です。ジーン君も合わせると六人。それ以上は見付けられませんでした』


「じゃあジーンが事前に逃がしていたっていうの?いや、そんな余裕あの子になかったはずなのに……」


 いくら思い出しても、ジーンに当時できたとは思えない。そもそも、ジーンがアース・ゼロを引き起こすだなんてモードレアたちも・・・・・・・・知らなかった・・・・・・


 だから、あの事態を予測して事前に動くというのも不可能だ。親しかった姉妹もその十代後半の子だけではなかった。その一人だけ逃がしているというのは腑に落ちない。


『想定外ですが、まあ良い方向に向かうかと。その少女が新たな器になっている可能性があります。その子とジーン君がいれば、プルート抜きでも「新生」は可能だと考えます』


「プルート抜きねぇ……。それ、結局十年前と同じじゃない」


 アスナーシャは人類の可能性を信じてくれたのか、実験に協力してくれた。そうでなければ彼女を器に選ばなかっただろう。


 いや、正確には彼女が器に選ばれたから実験の協力要請をしたのだが。それでもアスナーシャは同意してくれた。


 問題はプルート・ヴェルバーの方。プルートは器に誰も選ぶことがなく、そのまま実験は強行された。それで暴走した結果、ようやく現れたのだ。それを考えると、プルートは初めから成功の芽がないとわかりきっていたのかもしれない。


『そうですねえ……。不安点はいくつかありますが、それこそ薬を使えば問題ないかと。そのためにも魔導の薬の調整を早く済ませたいですね。色々と収穫もありましたし、計画プランを練りなおしますか』


「そうね、お願い。それであたしらはこれからどうすればいい?」


『ひとまずは帰還ですね。グレンデルが計測していたデータが欲しいです。騎士団とかに取られてしまった薬は内通者を使って回収しますので気にしなくて大丈夫ですよ』


「研究会にはいないんじゃなかった?」


『研究成果を報告するために一度手放す機会があるんですよ。そこを狙おうと思いまして。しかもおバカさんなことに全部、その一度に手放してくれるそうです』


 それを聞いて唖然とする。モードレアは奪われることも想定して通話先の彼女は計画を練っていたのではないかと舌を巻いた。


 まるで世界そのものが彼女の手の中にあるようだ。それだけ彼女が立てた予想は的中する。「パンドラ」の頭脳の要だ。


「ずいぶんと都合の良いことで……。アンタにはどれだけ先のことが視えてるの?」


『先のことなんてちっとも視えていませんよ。こんな大仰に計画を立てていたって、小さな異物イレギュラーで全て狂ってしまうこともありますし。その良い例がアース・ゼロでしょう?』


「それもそうね……」


『今はゆっくり休んでください。一番の大鹿狩りは盗みのプロを登用しますから』


「盗みのプロって、『君待つ旋風せんぷう』?魔導士ばっかの荒くれ者じゃなかった?」


 世界で一番有名な盗みのプロと言えば「君待つ旋風」だ。左腕につけた白いスカーフに緑色で描かれた二重線。それがシンボルらしい。


 そして予告した時の犯罪成功率は驚異の十割。彼らから予告状が届いたら諦めろと言われるほどだ。


『そういう集団の方が使えるんですよ。お金さえ積めば仕事をしてくれますからね。パトロンからの資金も潤沢ですし、資産運用にも支障はきたしません』


「アンタがそういうなら任せるけどさ……。もしかしてエレスティと妹の誘拐もそいつらに任せるの?」


『まさか。もう少し泳がせますよ。こちらの準備も整っていませんし。整ったら捕らえようとは思いますが、まだ時期ではありません。今はまだ地盤作りをする時期ですよ』


「あたしらにあんな派手なことをさせたくせに?」


 ちょっとした嫌味のつもりだったが、クスクスと笑い返されてしまった。その後ウフフなんて上品な笑い方に変わった時には通信を切ろうかと思ったほどだった。


 それほど透き通る声だった。彼女であれば見た目も相まってこんな世界でも幸せな生活を送れるはずだ。だというのに彼女は苛酷な道を選んだ。世界へ怨嵯を抱いて、日陰者になろうと復讐へ走ったのだから。


『あれのおかげでパトロンがさらに増えたんですよ?たった二人で首都を大混乱に陥れた蛮勇たち。戦力差を考えても充分だと。いいプロパガンダでした』


「あたしらをダシに使ったわね?別にいいけど。というか蛮勇って言った?それ褒めてないわよね?貶してるわよね?」


『いえいえ、褒め言葉ですよ?わたくしにはそのような荒事、向いていませんから』


「やっぱり褒めてはないじゃない!っていうか、戦闘能力ではアンタが一番厄介でしょ!?」


 返信が来ない。どうやら本気でそうは思っていなかったらしく、通信機の向こうでキョトンとしているようだ。


わたくし、そんなに凶悪ですか?』


「ええ。一度だって戦いたくないわよ。負けるのがわかってる勝負なんてしたいと思う?」


『頑張ればどうにかできませんか?だってほら。わたくしとっても非力な女ですもの。モードレアさんには敵いませんよ』


「そういうのを差し引いたってアンタは頭おかしい力してんのよ。ホント、何でアンタが後方支援なんだか……」


『だって予算管理とか皆さんできないじゃないですか。皆さんがやらないジミ~な仕事、全部任されているんですよ?』


「ごめん、そうだった。いつもありがと」


 「パンドラ」という組織は存外脆い。戦闘屋が二人に、研究職が三人。これが見事に魔導と神術で別れているのだが、戦闘屋であるグレンデルに研究分野もやらせて、他の雑事は全て通信先の彼女に任せている現状である。


 下部組織なども存在しているが、そこに全てを任せたりはしない。重要なことは彼女に任せっきりなのだ。


『わかってくださったならいいです。いえね?わたくしもできれば首都に行きたいんですよ?首都のあるお店の紅茶とバアムクーヘンがそれはもう絶品で……』


「バアムなら毎月アンタのファンが綺麗な花束と一緒に送ってくるじゃない。あーあー妬けるわ。そんなモグラみたいな生活してるのに愛を囁いてくれる相手がいるなんて。昔助けてあげた子なんだっけ?」


『そうですね。お返しなんて何もできないのにいつも律儀に……。でも、紅茶の葉が送られてくるのはいいんですが、どうしても淹れるのが下手であの味が出せないんですよね。やっぱり本場じゃないと』


「こっそりまた行けばいいじゃない……」


『相当先の話になりそうですけどね』


 苦笑される。彼女が住んでいる場所は首都からそれなりに遠いし、何より仕事が多くて住んでいる場所から出られるのは一年に二度ほどしかない。それだけ仕事を任せてしまっているのは心苦しいが、「パンドラ」のメンバーは意外と自由のなさは同じくらいだ。


 仕事の量は皆等分ぐらいなはずだが、他のメンバーのように実験のためにどこかへ出張できるわけではないために拘束時間は長く感じるのだろう。


 実際に通信先の彼女に比べれば、色々な場所に回れているのも事実。秘密の息抜きを勝手にこっそり行っているのは公然の秘密である。だから通信先の彼女に少しだけ申し訳なく思ってもいる。


『そうそう。あなた方は逃亡生活していますから、ジーン君の演説も聞いていないんですよね?』


「そういう設備整ってないからね。顔出したの?」


『ええ。立派でしたよ。大きくなりましたね。それに確信しました。彼はたしかにエレスティ君です。ジーンと名乗っているのも、気付いてほしいからでしょうね。いやはや、地下に潜みすぎて表のことを疎かにしてはいけませんでした。痛感しましたわ』


 仕方のない部分もある。特例としてジーンは顔写真を公開していなかった。アース・ゼロ直後だったために、そこまで調べなくてもいいかと後回しにした結果だった。


「で?どんな演説してたの?」


『内容はありきたりでしたよ?グレンデルが呼んだものがプルートの眷属で魔物とは別の存在であることと、神術の召喚術となんら変わりないことを証明しました。それと騎士団と協力して我々「パンドラ」を探すようです』


「あら。くっついてほしくないところがくっついちゃったわね」


『元から懇意にしていたようですから、おかしなことでもないでしょう。教会とくっつくとも思えませんから』


 油同士ならくっつくこともあるのだろう。だが二つの組織と教会の関係は水と油だ。教会側が折れたとしても、易々とくっつくとは思えない。


 元はといえば軍事組織はティーファッド騎士団だけだった。


 だが、いつからか教会は独自の武力として聖師団を結成、そこから二つの組織は相容れなくなった。


 昔は魔物退治も全て騎士団の業務だった。魔導士も神術士も関係なく騎士団に所属し、協力して魔物を倒し、治安維持に身を粉にして働いてきたのだ。


 そこから神術士だけ離脱するというのは裏切りに等しい行為だ。騎士団が神術士の支援という名の治療を少しだけ受け取っているのも、当然の保証だろう。むしろそれだけしか受け取っていないのがおかしいぐらいだ。


『あなたたちの顔写真も公表されていましたよ?良かったですね。全国デビューで懸賞金かけられていますよ?』


「わーい、やったー、とでも言うと思った?どうせグレンデルなんて虎の仮面でしょう?」


『もちろんそうです。身長と隻腕だってこと以外まるで公表されていませんよ。あと、金額は二人合わせて三億プラウドです』


「豪邸が三つ簡単に建つわね。グレンデル売り飛ばして隠居生活しようかしら?」


『ちなみに個別だとグレンデルが二億であなたが一億ですよ』


「はぁ!?同額じゃないわけ!?やったこと大差ないじゃない!」


『殺した人数と魔導への恐怖からでしょうね。あなたは騎士団長にあと一歩の所まで追い詰められていましたし』


 社会の風潮と倫理観からだった。モードレアも色々とやったし、騎士も一人ぶっ飛ばした覚えがあったが、今回の事件ではボコしただけで殺してはいなかった。


 魔導は危険である。この風潮はアース・ゼロのせいで十年前から一気に広がった。生活の大部分を占めている電化製品を動かすために必要なマナタイトは魔導の力によるものだというのに、バカげた風潮である。


「あれはファードルが頭おかしいのよ。神術士相手なら負けないっての」


『そういうことにしておきます。──ああ、そうそう。デルファウスの術式もジーン君が公表していましたよ。おそらく世界中の街という街で術式の調査をされるでしょうね』


「……神術にも精通してるの?魔導は完璧でもおかしくないけど……」


『理論も破壊方法も合ってはいましたが、演説を聞く限り我々ほど詳しくはないと思います。研究会に教会が情報開示を行っていないからでしょう。お互い足を引っ張り合っている内に全部終わらせたいですねぇ……』


「歴史のしがらみは簡単には解けないわよ。何か劇的なことでもないと無理でしょうね」


『その劇的なこと、が我々の活動でなければいいのですが』


「可能性は一番高そうね」


 世界にケンカを売ったのだから、三大組織が手を組んでもおかしくはない。だが、今のところ教会は省かれているのだから、そこまで懸念しなくてもいいだろう。


『そこはモグラさんたちの定期報告を待ちます。モードレアさんたちはどれくらいでこちらに帰って来られそうですか?』


「キャラバンが怪しまれないように動くから、グレンデルの様子も見て十日ってところかしらね?」


『わかりました。グレンデルの分の薬用意して待っていますね』


 組織員の体調管理まで彼女の仕事なのだ。たった五人しかいないが、彼女が全員の主治医を兼ねている。体調不良は避けるべきであり、研究の副産物で人体に良い薬も開発できているので、それを用いるのだろう。


 表世界でも、薬剤師か医者として暮らせていける彼女。その道を歩むのを辞めるほどに、アース・ゼロが心に影響を与えてしまったのだ。


「おい……。俺のせいで時間はかけられない。キャラバンには俺に関わらず進行させるように伝えろ……」


「ちょ、グレンデル!?寝てなさいよバカ!」


 通信に割って入ってきたかと思ったら、足取りもおぼつかないままなグレンデルがエレスティを起こしながらモードレアの通信機を奪っていた。


 今は仮面を被っていなかった。高熱を出しながら疲労も相まって顔色は悪いが、中性的で男女問わず注目を集める美男子だ。鳶色の髪を肩口で切り揃え、背もそれなりに高く、騎士団に入っても通用する実力者。


 隻腕であることと魔導士であることを除けば、引く手数多の絶世のアイドルになれるほど、容姿に優れていた。


 そんな自分の顔が恥ずかしくて、仮面を被っているのだとか。


『グレンデル、乱暴に扱って通信機を壊さないでくださいよ?これ、すごく高いんですからね?』


「エレスティの熱と火花対策はしてあるだろう。計画を練りなおすって聞こえたが、どれくらい変えるつもりだ?」


『大きく変える予定はありませんわ。精々、実行者を変える程度です』


「もしあのジーンってガキを使ってエレスティを起こさせるなら、俺を使え。プルートの代わりくらいやろう」


「はぁ!?アンタ何言ってるかわかってんのッ!?下手したら……いや、下手しなくても死ぬわよ!?」


 通信を聞いていてモードレアは叫んでしまった。


 無謀すぎる。


 グレンデルがやろうとしていることはプルートの代わりだ。そんなことただの人間がやれば、確実に命が尽きる。命の源であるレイズマナを枯らしても、成功するかわからない。


 十年前それで一人の女が死んでいるのだ。


『……あなたがそういうのであれば、許可します』


「ちょっと、本気!?」


『はい。ですが確認させてください。グレンデル、あなたは死ぬことが怖くないのですか?そして、誰かを残して死ぬことに心残りはないのですか?』


「ない。十年前に一度死んだ身だ。どこで死のうが後悔はない。残すような誰かもいないだろう」


わたくしたちはあなたを仲間だと思っています。ですから、あなたが死ぬとしたら悲しいですよ?』


「それでもやるしかないだろう。これ以上時間をかけたらもっと多くの人間が苦しむ……」


『……最終確認です。それは、モードレアさんのためですね?』


 その言葉に名指しされたモードレア自身が眉をひそめた。同じ「パンドラ」の一員ではあるが、そこまでグレンデルと仲が良かった覚えはない。十年前に偶然生き残ってしまっただけだ。あの場にいて一緒に生き残ってしまった以外に接点がない。


 だが、グレンデルは躊躇なくうなずく。


「ああ。こいつを犯罪者にしたのは俺のせいだ。その責任は取る」


「なっ、何言ってるのよ!?あたしはあたしの意志で今回の事件を起こした!『パンドラ』の方針に従ったのはあたし自身よ!?それを、よりにもよって一緒に行ったアンタが否定するの!?」


 モードレアは責任感が強く、自分の意志をしっかり持った女性である。「パンドラ」の一員になったことも、その結果他人を傷つけることになったとしても、犯罪者になったとしても、全てを受け入れたのは彼女自身だ。


 だというのに、仲間からの拒絶がやってくるのは予想外だった。


「これは俺が勝手に言ってるだけだ。お前は気にするな」


「わけわかんない!説明しなさいよ!」


「する気がない。ビジネスライクな関係だろう?そこまで深入りするな」


「あたしに関係する話なら深入りするに決まってるでしょうが!」


『まあまあモードレアさん。グレンデルは事情を話すのが恥ずかしいのです。察してあげてください』


「恥ずかしくはないぞ?話した、く……ないだ、けで……」


 語尾も途切れ途切れで、そのまま前のめりにグレンデルが倒れた。顔を見てみると高熱がぶり返したのか真っ赤で、息も切れ切れだった。


「ああ、もう!無理するからこうなる!」


『あ、グレンデル倒れましたか?全く、困った子ですねえ……』


「あたしじゃ運べないじゃない……。キャラバンの誰か呼ばないと」


 グレンデルから外れた通信機を耳に付け直して、キャラバンの男衆を呼びに行った。神術士はこのキャラバンにあまりいないので誰でも良かった。


「すみません……。グレンデルが外で倒れてしまって。どなたかテントの中まで運んでくださいませんか?」


「まーた倒れたのか。おーい。女ども呼んできてやってくれー」


「あいあいさー」


 キャラバンリーダーに頼みに行くと、意を酌んでくれず一人の男の人が女の人を呼びに行ってしまった。この人たちは神術士ではなかったはずなのに。


「えっと、男の人で運んだ方が早くありません?」


「あいつから『俺のこと運ぶなら女の子だけにしてくれ。穢れた男の手で運ばれたくない』って仰せつかっていてな」


「えー……」


 今日のことだけでモードレアの中でのグレンデルの評価がダダ下がりだ。確かに顔は良いが何様のつもりだろうか。


 グレンデル様か。


 キャラバンでも数少ない女の子たちが駆け足でグレンデルへ向かい、四人がかりでテントの中へ運び入れていた。


「……ご迷惑おかけしました」


「なーに、いいってことよ!ところでモードレアの嬢ちゃん、アイツの看護は娘たちに任せて一緒に飲み明かさないかい?」


「それで明日ちゃんと出立できるんですよね?」


「応ともよ。俺たち旅商人は酒が強くなくちゃやっていけねーからな。それと華が足りん!いやあ、基本男所帯でまだあの娘たちは酒を飲める年齢でもなくてな。どうだ?」


「いただくわ。お酒なんて最近ほとんど飲んでいなかったし」


「そうこなくっちゃな」


 木製のジョッキを手渡され、なみなみと麦酒が注がれる。目の前には四角に切られた肉や野菜も焼かれていて、好きに取れということだろう。


 全員とジョッキを合わせて乾杯する。


 お酒でも飲まないとこのやるせなさを発散できそうになかった。

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