二章 代償代理、追随責任

第41話 プロローグ エレスティと手記2

 少年は目を覚まします。


 瓦礫に埋もれて、僅かな陽の光を視界に収めて。何処と無く倦怠感が伴って、身体が痛くて。


 それでも、少年は立ち上がる理由がありました。


 少年は産まれながらに使える魔導を使って、瓦礫を退かします。弱っていても、それくらいは容易にできました。


 瓦礫の山から這い出て。自分の周りも瓦礫だらけだと気付きました。


 無事な建物は、ありません。


 人影も、見当たりません。


 家族の安否も、わかりません。


 目の前の光景が正しいのか確かめるために、少年は歩き出します。小さい時から使える感知術式を使って人を探します。


 本調子じゃないのか、いつもより調べられる範囲が狭まっていました。その小さな範囲で、幼い四肢を動かして研究都市だった廃墟を歩きます。走りたくても、走ることはできません。


 その体力がありません。足には傷があり、今も血が流れています。


 瞼も切ってしまったのか、左目の上から血が淀みなく流れます。それを拭うよりも、少年は足を動かします。


 後ろで、白い膜でできた球体が二つ飛び去ることは、感知できないまま。


 そうして歩いた先で。少年が見付けたのは一人の男。その男は少年をそのまま大きくしたようで、少年と血縁だとわかります。


 その男も血だらけでしたが、少年に気付くと立ち上がって少年の胸倉を掴みます。二人ともお互いの目を憎しみ合うように睨んでいました。


「なぜアース・ゼロは失敗した⁉︎理論は完璧だったはずだ!アスナーシャを呼び出し、プルートも現れた!私たちは最強の二人になるはずだった、王族に代わり世界を統べるはずだった!なのにこのザマはなんだ⁉︎エレスティ!」


 少年──エレスティは目の前の男が叫ぶ言葉がわかりませんでした。


 アース・ゼロ実験は世界のエレスティを取り除くための実験だったはず。それを聞いてエレスティも協力しようと思ったのです。


 たとえ自分が死んでも・・・・・・・・・・、幸せになれる人がたくさんいると信じて。


 家族にも内緒にして。家族の幸せを願って。


 人柱になったのに。


 少年は力を貸してくれた存在に謝ってから、魔導を使います。


 激昂していた男は、その魔導の発動に気付きませんでした。鋭利な刃物で斬り落とされたのか、首から綺麗に頭が落ちます。


「……こんな奴、どうでもいい。アスナーシャ、どこだ……?誰か、いないのか……?俺が、殺したのか──?」


 エレスティのその言葉は、ほとんど正しいものでした。


 アスナーシャは既にここから脱出。残っていたのは後々「パンドラ」と名乗る組織の幹部たち五人だけ。それ以外の街にいた人間は、家族も含めてアース・ゼロを引き起こしたエレスティが殺してしまったのです。


 その事実に気付き、それでも誰かいないかとアテもない放浪の旅をしつつ、変えてしまった世界を立て直そうと奔走して。


 その努力は、十年目にして結実したのです。


 生きていただけで嬉しくて、それでも十年間辛い想いをさせてしまって。


 彼はまた背負い込みます。


 またアース・ゼロが起こる。そんな情勢になってしまったために。


 今度こそ、家族も世界も守ろうと。


 ~二つ目~



 では、彼女の最期を記そう。


 なんてことはない。命の源と呼ばれるレイズマナを枯らしてしまっただけである。


 それも至極当然だろう。なにせアース・ゼロと呼ばれるようになった未曾有の大災害を、たったあれだけの・・・・・・・・犠牲に留めた・・・・・・のだから。


 五千万の死者?その程度だ。


 人類の四分の一が死滅した?たった四分の一で済んだのか。


 魔導や神術を宿す力が増えた?二次災害の可能性が少しばかり増えただけだ。


 しかもこの爆心地たる研究都市アルカディアで、生還者は八人にも及ぶ。


 たった八人?いいや、エレスティの被害をこうまでも直接的に受けて、八人も生き残らせた。


 たとえ神術士以外に何らかの傷害を負わせたとしても、これだけの人数を生存させたことには惜しみのない拍手を送ろう。


 その代償がその命。仕方がないことだろう。


 たった一人の女が犠牲になることで救われた世界は、こうも汚濁を表しているのに。


 しかし、それでもこの女は間違いなく聖女と呼んでもよい人財だっただろう。


 圧倒的な神術を操りとある実験に協力し、番える相手を間違い、別の実験に利用され、最愛なる人間に騙され家族を何人か殺してしまったとしても。







 彼女の神術が少し劣り、アスナーシャと手を組まずにいられれば。

 遅すぎた救いの手を、もっと早く差し伸べていられれば。

 もっと、他人を見る目があれば。

 もう少し、人を疑えたら。







 そう、もしものはなしなど、栓無き事だろう。

 だが、それでも言わずにはいられない。

 彼女がもう少しだけ神術士として劣等で。

 彼女がもう少しだけ人間として優秀であったなら。
















 きっと、アース・ゼロは起こらなかった。














 何も、彼女を貶めようとか、責めるつもりはない。

 彼女は彼女として、精一杯生きていただけなのだから。

 その結果がアース・ゼロだというのは悲劇としか言えない。







 彼女は母親としてもまともではなかっただろう。

 子どもの世話などほぼできず、研究に協力し。

 一番下の娘に至っては顔も名前も覚えてもらえず。

 二人の娘を除き家族を全て失った、この女としても失格な少し特殊な人間は。







 世界の救世主であることに、全くの異論はないだろう。










 だからこそ、彼女の魂に冥福を。







 そして、彼女の子どもは、私が利用する。

 アース・ゼロを起こした女の娘だ。親の負債はその身体と力で返してもらう。

 その利用価値はもちろん、責任もある。

 

 私の願いは一つだけ。

 彼女がもう、苦しまないような世界になりますように。

 




                     ~古びた黒色の手記より~

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