第40話 エピローグ(2)



 お医者さんの後について、診察室に来ました。歩いている途中でアスナーシャには代わってもらいました。

 少しの間、表面に出たくなかったんです。お兄ちゃんとアスナーシャとの会話は、無理を言って全部聞いていました。

 お兄ちゃんがお母さんを殺したと言っても、実感がありません。そもそもわたしは、家族のことで記憶に残っていたのはジンお兄ちゃんだけ。お母さんのことなんてまるで覚えていなかったんです。

 お兄ちゃんが抱えているものの一端を知りました。それで苦しんでいることも、わたしをどういう風に思っているのかも。

 だからこそ、表面に出たら泣いてしまうと思ったんです。いきなり泣き出したらお医者さんに怪しまれてしまうから、我慢しました。たぶん平気になったから代わって、泣くことはありませんでした。

 お医者さんは数種類の薬を出します。ずいぶんと多いような……?


「じゃあ説明するね。この丸い錠剤が胃腸に関する薬だ。ほぼ全部の薬がそうなんだけど、毎食後に飲ませてほしい」

「毎食後ですね」


 たぶん覚えました。でも一応処方箋に毎食後というのは書かれています。


「あと、このカプセル型のが肺に関する薬。こっちの赤い錠剤は造血剤だ」

「肺に、造血剤……?」


 聞き慣れない単語です。お兄ちゃんはそんなに重い病なのでしょうか?今も元気そうですし、たぶんマナ欠乏症と疲労だろうってお兄ちゃんは言っていましたが。


「で、この大きな薬。これは緊急用だ。痛み止めと、体内のマナの巡りを良くしてくれる物だけど、多用しちゃいけない。使っても、一週間に一個が限度だ」

「緊急用?えっと、どういう時に飲ませてあげればいいんですか?」

「お兄さんが苦しそうだったら、かな。……すまない。こればっかりは断言できないし、この薬を投与するのが良いのかも僕にはわからないのが現状だ。そもそもこれだって誤魔化しでしかないし……」


 上手く話の流れが読めません。わたしがバカだからでしょうか?

 お医者さんも苦い顔をしているばかりで、歯切れが良くありません。


(アスナーシャ。どういうことかわかります?)

(……覚悟しなさい、エレス。この人が話そうとする内容は、間違っていないと思う)


 よくわかりません。アスナーシャもはっきりとは言ってくれません。


「エレスちゃん。君はジーン君の実の妹かな?」

「え?……違います。わたしは、義理の妹で、ちゃんとした妹じゃありません……」


 わたしとしては、本当の妹になりたいです。でも、血からして違います。わたしたちは本当の兄妹にはなれません。昔も仲が良かったくらいで、お兄ちゃんって呼んでいただけで、本当の兄妹じゃないんですから。

 そのことを思い出してちょっと落ち込んでいると、お医者さんは少しホッとしていました。

 こっちは悲しい気分なのに、どうしてでしょう。


「そっか。それは良かったというべきなのかどうなのか……。ジーン君に親がいないのは知っているんだが、他にご兄弟は?血が繋がっている人で」

「えっと、一人だけいます。この首都に住んでいます。年齢は十七歳って言ってました」

「……ジーン君と二つしか変わらないのか。ならその子にも必要になるな……」

「あの、どうしてそんなこと聞くんですか?お兄ちゃんの病気って何なんですか?」


 お医者さんの言っていることが全然わかりません。どうしても核心に触れていかないのです。

そこに何かあるみたいに、踏み込んじゃいけないように。

 お医者さんは何かを覚悟したのか、お腹に力を入れて、一息ついてから真剣な眼差しでわたしの目を見つめてきました。


「エレスちゃん。覚悟して聞いてほしい。ジーン君のことなんだが……」

「はい」

「――おそらく、もう長くない」


 それを聞いてわたしは。

 さっきは我慢できた泪を止めることは、できませんでした。


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