第16話 その街は、舞踏会に向かない寂れた場所(2)


 メッカに案内されてその後をついていく。その前に、ジーンはエレスに言うことがあった。


「エレス。できるだけ神術の力を抑えておいてくれ。あまり教会の連中に知られたくない」

「わかった。……お兄ちゃん。聖師団って何?」

「アスナーシャ教会に所属する人間は大きく分けて二種類いる。誰かの治療をするための組織『天への祈り』と、魔物と戦ったりしている武力組織が『聖師団』。布教とかしている人や教会にいる神父とかも『天への祈り』に所属してる」

「うんうん」

「あいつが言っていた外縁修復部隊っていうのは、簡単に言えば首都以外をぐるぐる巡って魔物を倒す連中だ。戦闘集団だよ」

「へー」


 こういう知識がエレスには全くなかった。教えてくれる人もいなかったために起きた弊害だ。あの村にだってアスナーシャ教会は足を運んでいるはずなのだが。本人たちにはそんなボロを出さなかったのか。


「序列は百番までしかない。その順位はアスナーシャ教会に貢献している順番だな。凄い人だと思っておけばいい」

「でもお兄ちゃんぞんざいな対応じゃなかった?」

「そりゃあ、組織が違うとはいえ俺は魔導研究会で一番上だからな。あいつらで言うところの導師だし、問題はないだろ」

「そ、そうなの?」


 エレスが困惑しているが、魔導研究会が甘く見られないためにトップとしてジーンはそれなりの態度を貫いていた。今では世論から確実にアスナーシャ教会の方が権威があるが、だからといってその権威を許容しない。

 昔は対等だった組織。そして今でも世のために働いている組織だ。アース・ゼロの一件があったからといって見くびられるのは話が違う。

 案内された場所は宿舎のような場所。アスナーシャ教会が間借りしている場所なのだろう。


「さて、現状の確認からしていきましょう。座ってください」


 四人がかけられるテーブルで話し合う。エレスたちの紹介は後でいいだろう。


「現在我々アスナーシャ教会は『聖師団』から三十人。『天の祈り』から昨日来た増援も含めて九十人。『聖師団』の半分も病人への看病や治療に回していますが、人手は足りていません。街にいる人間全てが症状を訴えているからです」

「なるほど。街全体でか……。原因だと街が勝手にしている魔導士っていうのは?」

「我々も接触を試みましたが、弾かれてしまいました。強力な防壁のようなものを張っているようです。……そして彼は、魔導士ではありませんな」

「なんだ。それがわかってるのか」


 それなら話が早いとジーンは思っていた。アスナーシャ教会も無能ではない。この街の様子から魔導士のせいではないとわかっているのだろう。


「この蔓延した神術の余波を感じ取ればわかります。街の方々はこんな災厄をもたらすのは魔導士でしかないと断言していらっしゃいますが。ですが、神術士であるのに、我々では彼に手を触れることすら叶わないのです」

「神術による防壁なら、解除術式があったはずだが?」

「それももちろん試しました。ですが、不発です。彼は防壁と街を覆う程の神術を同時に発動しているのではなく、ただ、力の余波だけで・・・・・・・我々を近寄らせないのです」

「序列三十七位の『聖師団』所属が突破できない力の余波……」


 ちらりと、ジーンはエレスの方を見ていた。あまり話は理解できていないらしい。だが、きっと解決する力はエレスにある。

 もし今回の件でエレスが解決してしまったら、確実にアスナーシャ教会が保護を要請する。そして、いつかは導師にすらなってしまうだろう。

 それほどエレスの力は異質なのだ。力の強弱ではない。論じるべき論点がずれているのだ。

 そんな力を知らしめる意味はない。エレスがそれを望めばジーンは手助けをするだろう。だがアスナーシャ教会に引き取られてしまえば家族として彼女を守ることもできなくなってしまう。

 エレスが望む物は何か。それをはっきりさせていない内には、アスナーシャ教会の傀儡になどさせる理由がない。

 だからこそ、策を講じる。


「人間は?神術士が突破できないならどちらでもない一般人ならその男に近寄れるのか?」

「街の中心に彼を縛り付けたのも人間だったらしいです。ですが今では症状が強く出すぎて近寄ろうともしないでしょうな」

「ここに騎士の人間がいる。こいつに説得させるのはどうだ?」

「私、ですか?」


 ラフィアを指さす。エレスのことを隠すならジーンは何でも利用するつもりだった。


「こいつが近付いて拘束を解いて、それで首都に連れていけばいいだろ。そんで治療はお前らアスナーシャ教会がやればいい」

「試してみる価値はありますな。彼女は体内に神術を含みすぎて過剰反応を起こしている様子は見受けられないようですし」


 メッカたちはこの街の人間に猛威を振るっている病気の原因をわかっている。ただ単に、神術もといマナを受け入れられる許容量をオーバーしただけの話だ。

 神術には人間の身体を活性化させる術が多い。治癒術や肉体強化の術がそうだ。術自体は一定期間しか持続しないし、それこそ瞬間的なものが多いため身体に影響を与えない。

 だが、ここの住人は持続的に、永遠と神術を摂取しすぎた。健康なのに治癒術を浴び、急に身体が健康になったり元に戻ったりを繰り返している。身体の変化に酔ってしまっているのだ。

 あとは人によっては受け入れられるマナの限界量を超えてしまった。マナは莫大なエネルギーだ。

 それを扱うには、徐々に慣らしていくしかないのだが、特に子供は限界値が低い。今回被害が大きいのは人間の子どもだろう。

 魔導士に至ってはずっとエレスティが起こっているのだ。神術に触れる度に火花が発生するのだから、肌が焼け続けていくのだろう。今はジーンが結界を張ったため、問題はないだろうが。

 動けるのはあまりこの街に滞在していない人間か、力のある神術士だけ。これでは街が機能しなくなるのも当然だ。


「お前らのところの導師様ならどうにかできると思うか?」

「……正直わかりませんな。導師様はアスナーシャ様に一番近い人物ではあらせられます。かといって、何でもできるわけではありませぬから」


 正直な感想、嘘偽りのない言葉だった。メッカは自分たちの旗頭である導師に過信も妄信もしていなかった。だからこそ、ジーンは目の前の人物を信用した。


「ま、そいつを弱らせるくらいならできるな。俺が魔導でそいつの力を削る。そうすればそいつの治療の方法とかもわかるだろ」

「弱らせる、ですか……。ひたすらにエレスティを引き起こして消耗させると?」

「それがこの街を手っ取り早く治す方法だろ」


 ジーンはため息をつく。正直な話が、力の無駄遣いだ。だが、街に広がっている神術の脅威を取り去るには使用者の無力化が一番の課題だ。それができるのは反対の能力を持ち、この神術の中でも平気で歩けるジーンくらいだった。

 このジーンの発言にラフィアはやはり驚く。

 最初から管轄外と言い、やる気のなかった今回の任務。エレスを拾ってからは彼女が大事で、任務のことはついでのように扱っていた。

 エレスを首都や、自分の村に早く連れていきたいという理由かもしれない。だが、この街のことを考えているのも事実。ここまで十数日旅をしてきたが、まだ彼という人間を理解していなかった。

 そこへ、エレスがおずおずと手を挙げる。


「あの、どうしてその人縛っちゃったんですか?食事とか食べられなくて可哀想……」

「縛ったのはこの街の人間ですな。悪魔ドラキュラと弾劾して見せしめで殺そうとしたらしいです。しかし彼の生命力はすさまじく、食事をせずとももう一か月は生きている。神術を極めた神術士は生命活動に危機が訪れた際、自動的に神術を発動させて生き残るそうで。それで餓死などを防いでいるのでしょうな」

「そうなんですか」

(どこもやることは変わらないな)


 自分に理解できない力、強大な力は迫害する。それが世界の大多数が信仰する神の力であってもだ。


「どうして彼だってわかったんだ?いや、その判断は正しかったようだが……」

「彼の周りの人間が誰彼構わず床に臥せるようになったようで。彼が近付けば誰かが倒れる。特定は難しくなかったそうですよ?」

「街の連中はその彼が神術士だってわかってたんだろ?なら何故俺に魔導士の暴走なんて依頼が来た?おかしいだろう?」

「その依頼というのがわかりませんが……。おそらく魔導研究会に依頼を出したのはこの街の人間でしょう。そうなると我々も管轄外なのです」

「あー、お前らの協力要請じゃなかったわけか」


 それなら、と納得する。アスナーシャ教会の人間ならジーンのことを知っていて当然で、何故か来てくれたという認識なのだろう。


「騎士団は?この街には直接来てないのか?」

「街の外で魔物を狩ってくれています。我々は治療に専念すべきだと」

「ま、この状況なら何もできないよな」


 現状は把握する。さっさとこの下らないことを終わらせるなら、早く対処した方が良い。だが、日が昇っている内に行動に出るのは多くの住民の目に晒されるため、避けたかった。


「メッカ。今夜実行に移す。俺がその神術士の力を削って、この騎士に縛られている道具を外させてこの街から運び出す。それでいいな?」

「はい。運ぶ用意もありますので、今すぐではない方が良いでしょう」

「だな。あと、ご飯食べられるところあるか?実は昼飯まだなんだ。休める部屋の手配も頼みたい」

「お任せください」



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