第15話 その街は、舞踏会に向かない寂れた場所(1)



 件のデルファウスには五日後に着いた。それまでできる限りの神術についての勉強をジーンとエレスは行い、ラフィアは一般常識を教えていた。

 それでも行程に無駄はなかった。途中大雨が降ることもなく、馬車は元気に回っていったのだ。

 その馬車は街の中に入れなかった。いや、二頭が入るのを拒絶したのだ。そのため、街の外に置いてきた。半日おきに様子を見に行けばいいだろう。

 デルファウスにジーンは三度ほど来たことがあったが、一言で言うなら特徴のない、どこにでもある街。何か特色があるわけでもなく、観光・産業資源があるわけでもない。

 また、魔導的にも神術的にも意義がない街だった。それがわかってからまともに来なくなった辺境の地だった。

 エレスとラフィアは初めて来たらしいが、まあ、本当に説明することがない街なのである。

 ただ、今は違った。

 街の空気が悪い。それもそのはずで、街には流行り病が蔓延しているのだ。しかもその原因がわからない。治す手立てもない。


「……流行り病か」

「私たちも感染したりしませんよね?」

「おそらくな」


 三人はひとまずアスナーシャ教会の人間を探す。騎士団と並ぶ世界最大戦力の一つであり、神術を用いた治療によって世界中に足を伸ばす宗教団体でもある。

 そして歩いていて、ジーンの周りで火花が走る。それは一瞬だったが、その痛みが現実だと告げてくる。

 規模は小さいが、れっきとしたエレスティの発動だった。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

「ああ、平気だ。……なるほど。アスナーシャ教会で治療ができないわけだ」

「まさか、もう原因が分かったと?」

「根本が間違ってるんだよ。エレスティが俺との間で起こるなんて、原因は一つだろうが」


 アスナーシャ教会の詰め所に向かう。すると人が長蛇を作っていた。誰も彼もが治療のために並んでいるのだ。


「押さないでください!順番に我々が診ていきますので!」

「昨日首都より増援が来ました!必ず診療は受けられますのでもう少々お待ちください!」


 そう、制服を着たアスナーシャ教会の面々が叫んでいた。ジーンたちは長蛇の列に並ばず、適当に一人捕まえた。


「なあ。ここの責任者は誰だ?魔導研究会から首席が来たって伝えろ」

「ジーン様ですか⁉よくお越しになられました!魔導士の患者は別の場所で看護していますので、まずはそちらに行かれてはどうでしょう?私が主任に伝えます」

「その場所ってどこだよ?」

「三つ隣の集会所です。そこの赤い屋根の建物ですよ」

「わかった。じゃあそっちに行く」


 ジーンたちはすぐに指定された場所へ向かう。神術士や一般人の治療は門外漢だからだ。魔導には治療の術などないので、魔導士の様子を見ても治せるとは限らないが。


「エレス。この街に来てから何か感じないか?」

「えっと、たぶんだけどたくさんの神術の力を感じる……?」

「そうだな。街一つ覆い尽くせるぐらいに神術が蔓延している。街の中央に縛られているとかいう魔導士を見ないとわからないが、俺にできることはなさそうだな」

「じゃあこれは神術のせいなんですか?ならどうしてアスナーシャ教会が解決できないんです……?」

「患者とやらの対応で手一杯なんだろうよ。増援が来たのに根本的な解決ができていないのは、治せもしない病気にかかりっきりになってるからだ」


 集会所の中に入る。そこには魔導士と思われる人間たちがシーツの上に雑魚寝させられていた。その呻き声はアンデットのようで、彼らは身体中を掻きむしっていた。

 おそらく人間の看護師たちが身体を拭いたり、痛み止めなどを塗っているようだが効果は出ていなかった。


「あなたたちは……?」

「首都から来た魔導研究会の首席だ。症状は爛れた火傷と慢性的な体調不良か?」

「は、はい!様々な薬を試しているのですが、まるで効かなくて……」

「お前ら、ここから出る時に気を付けろよ。患者と同じ症状が出るからな」

「はい?」


 ジーンは魔法陣を手に出し、その範囲を定めていく。この魔導は詠唱がない。ジーンですら知らないのだ。文献にも残っていないし、知る人もいない。

 名前すら知らなかった。だがどういうものかは知っている。むしろ使う頻度は多い。

 それは魔導による結界。魔導によって外界と隔てる境界線を作り上げること。

 魔導が発動した途端、患者たちの表情が安らかなモノになっていく。肌を掻きむしることもなくなった。


「何をしたんですか……?」

「この場所に魔導の結界を張った。それで神術の影響をなくしたんだ。あいつらは極小のエレスティを発生し続けていたんだ。火傷だらけにもなる」


 エレスティは反発する力だ。相いれないと、別々の力は拒絶反応を起こす。この街には神術の力が蔓延している。それは魔導の素養がある者こそ反応して症状は悪化していったはずだ。


「この建物の中にいれば魔導士は大丈夫だ。あとは火傷止めでも処方してやれ。それと、この建物から出る時には誰でもエレスティが発動するから気を付けろよ」

「誰でも、ですか?」

「俺の結界と街にはこびってる神術が反発してるんだ。しょうがないだろ」


 応急処置としてはこんなものだろうと思っていた。今打てる手はこれしかない。あとは根本的な解決だ。


「うわっち⁉何だこれ!」


 扉の向こうで悲鳴が聞こえた。その前には火花が飛ぶようなスパーク音が。そういえばアスナーシャ教会の主任が来ることになっていたことをジーンは思い出す。

 今回の一件を任されているということはアスナーシャ教会の中でも実力者か地位が高いかのどちらかだろう。または両方か。ならジーンの結界に余計に反発してしまうのも仕方がないことだった。


「俺たちが出るか。そっちの方がマシだろうし」


 ジーンが扉を開ける。結界から出た時は少量の火花が散っただけだった。街に蔓延する神術に抵抗するために強力な結界を張ったので、魔導士からすれば比率的にマシな火花だった。

 これは神術を抑えることができるエレスや、人間のラフィアも同様。結界の効力の方が高いのでそこまで強烈なエレスティは起こらない。

 だが。


「ぁぅぅ!」

「いたっ⁉」


 突然の火花と痛みで驚いたらしい。二人にとってエレスティは初めての体験だったため、痛みもあったが何よりもどの程度のものか予想ができなかったのが大きい。

 そんな三人の前には四十代ぐらいの男性が立っていた。茶髪の髪を長く伸ばしながら後ろで結んでおり、身体つきはゴツイと言い表せるほど屈強なものだった。

 アスナーシャ教会の、実働隊である聖師団所属なのだろう。


「お、ジーン殿!ここでエレスティが発生しているのはあなたが来られていたからでしたか!いやはや、お噂通り凄まじい魔導ですな!」

「えーっと、あんたがここの現場主任?」

「そうです。メッカ・ジュエル・ガウンと申します。聖師団の外縁修復部隊所属、序列は三十七位、司教です」

「魔導研究員首席、ジーン・ケルメス・ゴラッドだ。こっちの二人はおいおい。今の状況を確認させてくれ」

「わかりました。我々の宿舎にご案内いたします」


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