第14話 兄と妹(9)
「なんか、術って生き物みたいだね」
「お、鋭いな。そういう認識でいいと思うぞ。術式一つ一つに個性があって、ちょっとしたことで気分を良くしたり損ねたりする。物とか道具扱いする奴ほど使えないっていう心理学に即した論文を発表した奴もいたな」
「心の持ちようが大事ってこと?」
「
「えっ⁉……有名な、魔導士の方?」
「五十点」
当たり障りのない言葉で回答したラフィアにジーンは少々呆れる。一般教養ではないが、魔導士はもちろん、騎士であれば知っていなければならない。
それでも半分あげたのは、具体名は出なくても間違ってはいないからだ。
「今から十四代前の騎士団長、ブレイン・バージ=ヴェルバーの遺した至言だろうが」
「十四代前……。もう三百年も前の方ですよね?」
「正確には三百五十二年前だな。それより前から騎士団は魔導士と関係があったんだぞ?」
「それは知っていますが……。その頃から魔導士で騎士になる人が減ったのも知っています。魔導士の騎士がたくさん殉職した『ロウストンの会合』が原因らしいですけど」
ロウストンの会合事件から、魔導士のほとんどは研究会へ流れていった。
一番の大きな理由は当時の騎士団長、ブレインも殉職したからだろう。まだ二十代後半ぐらいでこれからを期待されていたのに、たくさんの騎士と共に殉職してしまったらしい。
また、この事件で当時の導師も亡くなっている。騎士団と教会の会合だったのだが、そこで突如魔物の大群が攻めてきてたくさんの人間が死んだとか。
その事件の詳細はほとんど残っていない。場所と、どれだけの死者が出たかくらいしか文献には残っていないのだ。
ロウストンの会合から当時のトップ二人がいきなりいなくなったことで、世界中が混迷したらしい。アース・ゼロ程ではなかったらしいが。
「ん?お兄ちゃん、ヴェルバーって言った?その人プルートと何か関わりあるの?」
「今日はとことん鋭いな、エレス」
よくできました、とばかりにジーンはエレスの頭を撫でる。撫でる度に笑顔を見せてくれるのはジーンにとって心の清涼剤になっていた。
ちなみに、ジーンは村の子どもたちのことも撫でたりしていたので、撫でスキルは中々に高い。
「このブレインはプルートに選ばれた器である可能性が高い。いや、まあ。実際にその身にプルートを宿した証拠を見せていたらしいんだが」
「器?」
「プルートやアスナーシャに選ばれた人間の総称だ。実力者なことも確かなんだが、器になると様々な特典があるらしい。プルートの力の一部が使えたり、知識がもらえたり。ブレインは確認されている限り、最後の器だな。アスナーシャの器も先代は同時期らしい」
公的な記録に残されているのは、その時期が最後である。そこから三百五十年。誰も器には選ばれていない。
「発表されてないだけで、誰かが器に選ばれているのかもしれないけど、こればっかりはわからない。発表する義務もないわけだし」
「お兄ちゃんはどう思うの?そんな長い期間選ばれないのっておかしなことだと思う」
「……ただの勘だが、プルートは十年前に器を選んでいるだろうな。アスナーシャはわからん」
「十年前って……。アース・ゼロの時にプルート・ヴェルバーがいたと?」
「いない方がおかしい。魔導の暴走なんて、しかも結果としてあんな大規模な被害を出したんだからあの場にいただろ。どう関与したかは知らん。いた方があの力の規模にも納得できるってだけだ」
「プルートも関わっている……?」
ラフィアはただの推論に自分の思考を混ぜていく。
アース・ゼロの犯人を、直接的な原因をプルートだとしているのだろう。
「私もそう思う。でもプルートは魔導の祖なんでしょ?なら、被害を食い止めるために関与したんじゃないかな?そこで暴走しちゃう理由も思い付かないし、悪評が広がるのはプルートも望まないはずだもん」
「そうであってほしい、っていうことしか言えないな。アース・ゼロは今でもわからないことが多い」
随分と理路整然と話すエレスにジーンは違和感を覚えながらも、話の流れを戻していく。
「悪い、詠唱についてまだ途中だったな。次は四詠唱についてだが、四詠唱には三文存在する。一節を省略するなら真ん中だけを選ばないといけないが、二詠唱にするなら頭かお尻の分のどちらかと真ん中の文を省略すればいい。だがこれも行う人間と術式ごとに相性があって、術によっては省略される部分を明確に定義しているものもある」
「じゃあ五詠唱だったら真ん中の文が二つあるから、どっちかを削ればいいの?」
「そうだな。どっちでもいい。法則性はどれも同じだ。で、二節省略したいなら真ん中二つを省略すればいい」
「決まったルールがあるんだね」
「ルールがるから定義化できてる。法則がなかったらまともに成り立たないぞ」
理解ができているようなのでどんどん話を進める。
今日はまだ頭の処理能力が追い付いているらしい。
「次は話題を変えて魔法陣の説明だ。これは現代語であるニール語じゃなく、古代語のフレスト語が用いられている。このフレスト語については?」
「初めて聞いた」
「エレスは魔法陣出せてるから大丈夫だとは思うけど……。魔法陣にはフレスト語でその術の用途を書いているんだ。さっきから見せてるカースドだと、『呪いの術、カースド』って書いてる。そこでスペルミスをすると発動しない」
「ん?ということは魔導士や神術士はまずその魔法陣を覚えるのですか?」
「できたら全部一緒だが、まずはフレスト語を覚えさせるな。文構造からして違うからそれを覚えさせて、頭で思い浮かべさせる。それで詠唱と名称を覚えさせるんだが、天才っていうのはどこにでも一定数いるもので、そういう理論無視して使える人間もいる。アスナーシャ教会や騎士団に所属する魔導士のトップ連中は大体そういう天才だな」
魔法陣の構成、詠唱、マナの放出。
この三つを同時に行うのだが、それを接近戦をしながら行えるのだから頭の回転が速いというべきか、並行思考ができるのがすごいというのか。
「さてここでもう一つ例外がある。一々そんなことをしてたらまともに戦えないと思うだろ?そこは魔導と神術の改良によって戦闘中でもマナの放出だけで術式が発動できるようになっている。その用意はかなり面倒だが」
またエレスから紙とペンを受け取って、そこに魔法陣を書き込む。簡単な魔導の魔法陣だった。
「これだけだとただ魔法陣を書いただけだが、これにマナを込めれば魔導は何発でも使える。これは神術でもだ。ただし、書いた魔法陣に適合するものに限る」
「こんな何でもない紙に書いた魔法陣で発動するんですか?」
「ああ。刻印術式ってやつだ。ただし作るだけでマナが通常の二倍以上かかる。それに刻印が少しでも不純物を含んでいたら何も起こらない。不純物っていうのは簡単に言うとスペルミスや円形の綺麗さが不足していたリすることだ。あとは書いている文字列の間に微妙な空白があったりしても発動しない。そういう整然とした物が刻印には求められる」
しかも何がすごいというのは、刻んでしまえばマナを送り続ける限り何度でも半永久的に使える。
刻印術式を刻む専属の神術士がアスナーシャ教会にはいるらしい。それだけ刻印術式を作れる人間が少ないということと、慣れている人間が作った方が安心できるからだ。
昔の優秀な人間が残した刻印術式が描かれている岩なんて一度使う度にお金を取ることもある。観光資源と化しているのだ。
「消費するマナについて発動の時はいつもと変わらない量だが、三日置きぐらいにマナを補充しないと使えなくなる。魔物と戦う奴らはこれを服やら武器やら鎧やらに刻んでるんだ」
「あ、だから神術士の方はあんなに肉体強化の術を行使し続けられるのですね」
「正解だ、ラフィア」
エレスは紙に書かれた魔法陣を見て考え込んでいる。今実践するわけにはいかないが、これで本当に術式が発動するのか半信半疑なのだろう。
だが、ラフィアの方は納得していた。騎士として何度かその戦い方を見ていたからだろう。
「……ということはジーン殿の家に仕掛けられているのも?」
「それは外れだ。あれは俺のオリジナルというか、刻印じゃなくて条件起動型というか……。一定の条件を設定して、それ以外では発動しないようにしてある。あれは発動しなければマナの補充も要らない代物だ」
「そっちの方が高等技術じゃありませんか……?」
「俺を誰だと思ってやがる?伊達に首席の座にいるわけじゃねーぞ」
ジーンも興味本位で数人に教えてみたが、使えたのは一人だけ。それも威力は二詠唱程度のものしか使えていなかった。
「他にも設置型というか陣作成っていう方法もあるんだが、それは応用編だな。物に刻むのが刻印術式で、地面などに描くのが陣作成だと思えばいい。いくら感覚で魔法陣を構成できても、エレスにはフレスト語の習得が必要だな」
「またべんきょうですね!頑張ります!」
そこからはフレスト語の講座になったのだが、途中でエレスの頭がショートを起こしたので、ある程度で切り上げた。一気に全部詰め込めるとは思っていないので、少しずつ様々なことを教えていく。
意味も分からず術式を発動させてしまうエレスにこの教育がどこまで意味のあるものかわからないが、それでもジーンは念のために勉強は続けさせる。
いつ何が必要になるのかはわからないのだ。
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