第12話 兄と妹(7)
「ということで、神術についての講義を始めるぞ」
「はい、センセー!」
馬車の御者台。そこにはバインダーに紙を挟んで、ペンを持ったエレスと、馬たちに繋がれた手綱を持ったままのジーンがいる。
すぐ近くには興味があったのか、ラフィアもいた。
最低限自衛ぐらいはできるようになってもらいたいので、そのために必要な基礎的な術式と理論を教えることにした。
今走っている場所は見晴らしのいい平原。樹や岩などはあるが、魔物の姿も見えない。他に旅している馬車なども見えない。
危険がないために悠然と勉強会を開いていた。
「まず、術式の名前だな。これは覚えてくれとしか言えない。その術一つ一つに意味があるから、きちんと名前を呼んであげることが重要になる。前に言った言霊という奴だ。エレスも自分の名前間違えられたら嫌だろ?」
「うん。そうだね。この名前とっても大事だと思うもん」
「どんな名前の術があるかはおいおい。で、早速だが例外がある。術にも名前のように愛称がある。その愛称でも術は発動するし、場合によっては愛称の方が効果が高い術もある。たまにどちらが正式名称かで論争になるんだが、この百年くらいで名称が変更になった術は片手で収まる程度だ」
正確には魔導が一つ、神術が二つ。決定権は言わずもがなだが、魔導は研究会が、神術は教会が取り決める。
百年の間でそれだけ変更が少ないというのは、それだけ昔から態勢が出来上がっているという証拠でもある。だというのに新発見がまだまだ出てくる宝の山なのだが。
「エレスは俺のことジンって呼ぶよな?それでご機嫌になるか、不機嫌になるか。それが術式の効果として現れる。威力だったり、発動時間だったり。物によったら本当に発動しない」
「お兄ちゃんはジンお兄ちゃんって呼ばれるのはどうなの?」
「嫌だったら許可なんてしないぞ」
「そ、そっか。エヘヘ」
また始まったかとラフィアは何度目になるかわからない呆れのため息をついていた。一緒のベッドで寝ていたこともそうだが、この二人の間には会ったばかりなのに遠慮という壁が存在しないのだ。
ジーンはエレスの子どもらしいあどけない照れ笑いを「俺の妹最高」とか思っていたが、表情にももちろん口にも出さなかった。
「エレスの場合、エリーって呼ばれたり、エリンって呼ばれるのをどう思うかだな。あとはスーとか。はたまた全く関係ないような愛称で呼ばれることもある。愛称って最終的には感覚だからな」
「それでその呼び方が術にとってどう思うかが大事ってこと?」
「そういうことだ。今からカースドっていう術を使う。簡単に言うと対象に向けて呪いをかけるっていう嫌がらせの術だ。魔物相手でも足止めできたりする優秀な術だ」
「陰湿な術式の間違いじゃないですか……?私も対人戦闘スキル取得のためにいくつかの神術と魔導を習いましたけど、たしかカースドって対人を想定して産み出された術式ですよね?」
ラフィアが口を挟む。犯罪者を取り押さえるのが仕事なため、神術士や魔導士を相手にするために厄介な術は訓練学校時代に習っているのだ。
「正確には言うことを聞かない乱暴者を取り締まる術式だったらしいぞ?これを受けて神術は拘束術式を産み出したとされている。教会は認めないけどな」
「昔のことだから詳細はわからないと?」
「ま、どっちが先かなんて些細な問題だ。団栗の背比べだろ」
ジーンは片手だけ手綱から離して、適当に前方に人差し指を向ける。その先には何もない。
「本当は二詠唱のものなんだが、今は一詠唱で唱えるぞ。カースド」
人差し指の先に魔法陣が現れ、そこから小さく黒いビームが出た。だがそれも細く、そこまで距離もなかった。持続力もそこそこ。
「これが平均的なカースド。もっとマナを込めれば射程とかも伸びたりする。詠唱すればそれでも効果が変わる。エレスが無詠唱でも強力な治癒術が使えたのは、マナを通常では考えられない程詰め込んでいたからだな」
「へー。そうだったんだ」
「術式ごとに込められるマナの限界量が決まっている。お手軽に使える術はお手軽たる理由があるんだ。限界値が決まってるから、そこまで強力にならないとか」
「うんうん」
エレスが聞いたことを紙へ書き込んでいく。文字の読み書きは問題なかった。年齢相応には言葉を知っている。そこまで字が上手ではなかったが。
「で、次はダメな例を挙げるぞ。同じカースドだが、全く違うから。カース」
人差し指に現れた魔法陣は全く同じで今度も黒いビームが出たが、馬たちの頭の先も超えず、その光も太さも弱々しかった。
「全然違う……」
「意味合いは、大差ないのに」
「名前に誇りを持っているようなもんだ。こういう研究を色々やってるのが研究会」
「他にもあるんですか?」
「もちろん。これも結構変わり種だ。――このロクデナシ」
そんな罵倒でも魔法陣は現れ、あろうことか射程もビームの太さも一番力があった。勢いがありすぎて、もう少しで樹に当たりそうになったところだ。
「ただの罵倒じゃないですか⁉」
「同じ術なんだよね?」
「もちろん。こういうのが好きな術式もいるんだが、さすがにこれを術の正式名称にするわけにはいかないだろ?」
「……ごもっとも」
カースドのこの愛称は相当に特殊だ。自分が相手を呪う効果だからといって、罵倒が褒め言葉になるとは。それで喜んで威力を増すというのは、研究会としても公認の頭のおかしい術式だった。
そんな術式が実は二十個ある。それでいいのか、魔導。
「じゃあ逆に褒めてみると、これまた不思議。――優しい光よ」
またまた黒いビームが出た。一見すると正式名称の時と変わらないようだったが、それなりに進んだ後弧を描いて術者であるジーン目掛けてUターンしてきた。
「エッ⁉」
「カースド」
ジーンが同じ術を放って相殺させる。被害はない。
「こんな風に美化されるとへそを曲げて術者に八つ当たりしてくる。面白いだろ?」
「面白―い!」
「いやいや、術式の暴走を面白いって……」
二者二様な反応。エレスは新しいおもちゃを見つけたように瞳を輝かせて、ラフィアは倫理観から眉間の皺を押さえている。
この三人の中で一番の常識人はラフィアかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます