第8話 兄と妹(3)



 宿の主人にはすぐにチェックアウトすることを伝え、荷物をまとめてすぐに出た。その後エレスの住んでいる家に向かって荷物をまとめるように言ったのだが、そこで問題が起こった。


「荷物、これだけか?」


 この村を出るというのに、持っていくのは大きめのカバンだけ。その中身も全部服だけだった。その服だって二種類ずつしかない。


「これだけしか、持ってなくて……」


 質素な平屋建ての木造の家。本当に必要な家具しかなく、人の匂いというものが全くしなかった。これが、十歳前半の子に強いる一人暮らしの家なのか。


「わかった。ラフィア、これで五日分ぐらいの食材を買ってきてくれ。俺はエレスと服屋に行く」


 財布からお札を二枚渡す。それを受け取って、それから疑問に思ったのかラフィアはそのままストレートにぶつけてくる。


「あの、女の子の服を買いに行くなら、同じ女の私が行くべきなのでは?」

「いくら渡せばいいかわからねーし、時間かけられねーからな。お前に財布ごとは渡したくない」

「領収書さえもらえば、私でも払えますが?」

「当面の服一式だぞ?やめとけやめとけ。これは任務外の出費だ。お金も落ちねーよ。それとも、お前にはエレスを一生養っていく覚悟があるのか?」

「っ!……あなたにはあると?」

「なかったら親権も奪おうと思わねーし、連れ出そうとも思わねーよ」


 ジーンにとって、エレスは保護対象なのだ。

 魔導士ではなくとも、正反対の神術士であっても、虐待を受けていた少女は、保護するのが彼にとって当たり前なのだ。

 それを取り繕っているわけではなく、ありのままに言っているのを見てエレスはほのかに頬を染めていた。そこにどのような感情があるのかわからない。それでも、信頼は確実にしているだろう。


「この依頼が終わったらラーストン俺の村に連れていく。……もう、こんな想いさせてたまるか。行くぞ、エレス」

「あ、うん」


 エレスの荷物自体は全部ジーンが持ち、毛布と枕だけ追加で荷物に含めた。服屋の場所はわからなかったのでエレスに聞き、そこへ入った。

 お店の中で女主人はエレスに気付き、だがカウンターからは出てこなかった。


「この子に合う服が三着ずつくらい欲しいんだが」

「その子に合うサイズは、こっちよ。エレス、身長とか変わってないでしょう?」

「……測ってないからわからない」

「じゃあ測りましょう。特に下着なんて少しでもずれていたら痛いもの」


 そう言って二人はお店の奥に消えていった。その間おそらくエレスのサイズである服を見ていき、村の十二歳ぐらいの女の子が着ていそうな服を見て、その上でエレスに合うかどうか考えていった。

 村の服屋ということもあって、可愛らしい服は少なく、質素な服が多かった。

 銀がよく透き通る、切りそろえられていない長い髪に、草原を写すような翡翠の瞳。幼さの残る丸顔に、一般の子よりも細い手足。

 ゆったりな服ならば、細い手足も気にならないだろう。そうすると、可愛らしい服は手足を強調してしまうため外した方が良いのかもしれない。

 そうやって考えているジーンは、お兄ちゃんというよりは完全に親目線であった。正直、知らない人が見たら気持ち悪いと思われるだろう。


「さて、お兄さん?寸法終わったわよ」

「どうも。下着はわからねーから、エレスで選んでくれ。さすがに見られたくないだろ?」

「……はい」


 そうしていくつか下着を選んで、キープしておく。その上で、今度こそ洋服を選ぶ。どれが合うとか、二人で意見を出し合う。女店主はもうカウンターに戻っており、二人には関わってこなかった。

 二つほど組み合わせを決めて、それを買うのは決めたのだがそれ以上は決められないようだった。ジーンの自腹、というのも関連しているのかもしれない。


「別に首都にも行くんだから、首都で買ってもいいぞ?」

「首都にも行くの?」

「ああ。西のデルファウスに行った後だけどな。その後に村へ帰るから、すごい遠回りになる。大丈夫か?」

「うん。頼れる人がいるから、平気だよ」


 今まで頼れる人がいなかった、という事実が重く圧し掛かる。ジーンだって何度も、この八年ほどデビット村に来ているがエレスには気付かなかった。街や村に来るたびに魔導を用いて、探していた。

 アース・ゼロの影響で被害に遭っている人間はいないのか。

 自分の家族はどこにいるのか。

 自分の魔導の波長は全て理解している。それと似た人間を探す、というだけなら簡単だろう。一切見付けたことはなかったが。

 ジーンにも家族はいない。アース・ゼロで記憶喪失になってしまい、家族は近くにいないと知った。それこそいつの間にかだが首都に最初はたどり着いたのだが、その頃から魔導の才覚に溢れており、追われるように迫害を受けた。

 どの村や街へ行ってもそうだった。感知の魔導を使っている時に神術士とぶつかりそうになり、エレスティが起こって騒ぎになってしまうとか。生きるために魔物を狩って生計を立てようとして裏目に出たとか。

 そう、ジーンもラーストン村に着くまでは独りだった。エレスと何も変わらない。

 だからこそ、気持ちはわかる。

 だからこそ、救いたい。

 それだけで、ラフィアが思う程度の善行など当たり前にできた。


「必要なものがあればすぐ言えよ。買ってやるから」

「もう、充分すぎるほどもらってます……。これ以上なんて、返せません」

「返そうなんて考えるな。子どもはもっと我が儘でいいんだよ。欲しいものくらい欲しいって言え。そういうのは子どもの正当な権利だ」


 そういった甘え方もできなくなっている、そんなことにジーンは苛立ちを覚える。ジーン自体は早いうちに信頼できる心休まる場所を見つけられた。しかし、エレスは長年必死に耐えてきたのだ。親がいなくなった時から。


(そう在ってしまうのはしょうがねーことか)

「そろそろいくか。邪魔したな」


 買った服は袋に入れてもらい、店を後にする。そのまま預かり屋に行くと、先にラフィアがついていた。もう食材も荷台に運び終えていた。


「腐りやすいものは買ってないだろうな?」

「魚を少し買いましたけど、それくらいです。お肉は香辛料をまぶしておきましたし」

「……どっちも狩りで採ればいいじゃねーか」


 今までもそうしてきたのだが、買ってしまったのであれば仕方がない。服もさっさと載せ、食材を確認する。野菜類に調味料に、先程言っていた肉類。四日分はありそうだ。

 この食材たちは魔導によって作られた冷蔵庫の中に入っている。魔導を用いたもので、こうして馬車でも用いることができる。中に魔力を含んだ鉱石、マナタイトが内蔵されており、三年ほどは用いれる。

 マナタイトは高級品だが、他の物を変える必要がないので資源的には優しい。ちなみにこのマナタイト、専用の鉱石があれば魔導士なら作成できる。

 ジーンはこっそり権力を用いてマナタイトを作成し、村の皆に売っているのはナイショのはなし。


「ほら、エレス。乗りな」

「うん」


 ジーンはエレスの手を取って御者台に乗せて、そこから荷台へ通す。荷台の中を見て、目を丸くしていた。


「すっごい豪華……!」

「そうか?ラフィアもさっさと乗れよ」

「はい」


 ラフィアも荷台に入り、馬車は進む。門も抜け、外に出てようやく御者台にエレスがやってきた。


「このお馬さんたちも、お兄ちゃんのお友達?」

「まあ、そうかな。八年前からずっと一緒だよ」

「そんな前から……」


 エレスは馬たちに手を伸ばそうとするが、ジーンが手首を掴んでそれを止める。


「今は走ってるから危ない。止まったらいくらでも触っていいから」

「うん」


 そのまま手を戻して、御者台に居座る。もう陽も落ち始めているので、風が冷たくなり始めている。それでも、エレスは荷台の中には戻らない。


「中の方が暖かいぞ?戻らないのか?」

「平気。外の景色見るの、久しぶりだから見てみたい。……夕日、綺麗だね」

「……綺麗、か」


 たしかに夕日が落ちる寸前というのは、絵にもなるほどなのだからきっと綺麗なのだろう。

 だが、世の中にある物で綺麗だと感じる物はジーンにはない。美というものを、感じ取れないのだ。暖かさは感じるのだが、美しさはわからないのだ。


「?綺麗だよ?」

「お前にはそういう気持ちが残ってるんだな。良かったよ」

「……お兄ちゃんには?」

「アース・ゼロの後からはきっと、そういうのがわからなくなった。お前の方が辛かっただろうに、情けないよ」


 世界中を回って、様々な物を見てきたが美しい・綺麗と思ったことはなかった。まず、人間の心に、表情に目が行ってしまい、そもそも目を向けていたのかすら怪しい。


「このお馬さんたちも、綺麗だよ?毛並みとかも整ってるし、尻尾とかも可愛いよ?」

「そっか。こいつらが綺麗か……。良かったな、お前ら」


 その言葉に馬たちはヒヒンと鼻息で回答した。こいつらは本当に人の言葉がわかる。そのことにエレスが感心していた。


「お利口さんなんですね。この子たち」

「言葉なら大体理解してるよ。それに色々勘が良いんだ」

「この子たちはジンお兄ちゃんの家族なんですね」

「お前ももう、家族だよ」


 そう言ってジーンはエレスの頭を撫でた。家族、というものは正直よくわからない。それでもこれからは、二人は家族だ。


「これからはエレス・ゴラッドを名乗れ。ちゃんとした戸籍は首都に着いたら作るから」

「それって……」

「書類上は、だけどな。今からエレスは俺の妹だ」


 これは契約。

 少女が大人になるまで、一人でも生きていけるまで保護をするという制約。それを交わしているだけだ。ただ、これは初めてのことである。今までだって魔導士の子どもは引き取ってきた。だが、家族になったことはない。

 全て孤児院に預けてきた。きっとエレスがただの魔導士であれば、同じようにしてきただろう。だが、エレスは違うのだ。


「兄妹に、なっていいんですか?」

「……嫌だったか?」

「嫌じゃない!嬉しいよ!」

「なら良かった」


 そう言って微笑みながら、更に頭を撫でてあげた。それにエヘヘという笑みをエレスは返す。

 そんな二人の様子を荷台から見ていたラフィアは、正直変な目で見ていた。


(あの、兄妹っていうより恋人っぽいんですけど……)


 あれが会って数時間の間柄なのか。むしろ何年も付き合っているカップルか、もうずっと一緒に暮らしている家族のようだ。


「……エレス、荷台の中に入れ。ラフィア、魔物だ」


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