第7話 兄と妹(2)


 二人が走って路地を抜けると、そこには小さな広場があった。遊戯などがあることからここは村の公園なのだろう。

 そこにいたのは三人の男子と一人の女の子。どちらも十代前半だろう。

 そして、女の子が地面に伏せていた。その子が神術を用いたのはわかったのだが、現状が理解できなかった。

 何故神術を用いた少女が倒れているのか。

 何故少年たちは手に石や木の棒を握っているのか。

 何故少女の周りには石や誰かの血が存在しているのか。


「何が……」

「お前は、動くな」


 その疑問は少年たちの言葉と行動で解消される。だからラフィアには手出しをさせず、ジーンは彼らに近付く。


「やっぱり傷が全部塞がりやがった!バケモノめ!」

「いつまで村にいるんだ!出てけ!」

「この公園に入るなって言ったろ!」


 そう言い、石が少女へ投げられる。それを少女はうずくまったまま抵抗もせずに受けていた。

 結界を張ることができない状況なのか、それとも張れないのか。わからないがいくつも石を受ける。

 その間をジーンはただ歩く。石など構わず、ただ横切ろうとする。

 そんなことをしたら、当然石がぶつかる。地面にうずくまっている少女に向けられた石なのだから、ジーンの下半身にいくつかぶつかった。


「あ……」

「何だよ、クソガキ共。何で俺は石をぶつけられたんだ?」

「お、お前が横切るのが悪いんだろ!」


 その一言にジーンは魔導を用いる。

 転がっていた石が全て浮力をもってジーンの脇に浮かび、手を前に向けただけでそれらの石は少年たちに当たることなく通り過ぎていった。


「俺を怒らせるなよ?次は当てる」

「どどど、どうせ当てられなかっただけだろ!」

「おい待てって!あれ魔導だろ⁉本物のバケモノの力だ!」

「バケモノならなおさら、俺らが倒さないといけねーだろ!」


 それでも謝らない少年たちに、冷たい瞳を向けたジーンは違う魔導を用いる。ようやく顔を上げた少女とラフィアは、本能的にまずいと感じる。

 用いたものは一詠唱。

 無詠唱でもことは足りるのだが、より恐怖を与えるのであれば詠唱もするべきだ。過剰な威力になってしまうが、ジーンであれば力の調整ぐらいはできる。


「ペイン」


 音が紡がれた途端、少年たちが地面にひれ伏す。重力の魔導で、少年たちは金縛りにあったように動かない。指も動かせない。地面に亀裂が入っていないのはジーンの魔力のコントロールのおかげだ。


「俺の地元には頭を地面につけて謝るのが最大の誠意の見せ方なんだが、謝ることができるか?口は動かせるし、声も出せるだろ?」


 そうは言っても、少年たちは恐怖で口を動かせない。カチカチと歯を合わせて震えている。


「バケモノ、それで結構だ。魔導はお前らからしたら悪魔の御業だろーよ。だがな、その子が使っているのはお前らが信仰する神の御業だろーが。それをバケモノだぁ?……お前らこそ、悪魔の手先じゃねーのか?」


 少年たちの中でも、一番態度が気に喰わなかった少年の腕を挙げる。それで解放されると喜んだ少年の顔が、次の瞬間には全く逆の出来事によって歪んでいった。

 挙げられた腕は、綺麗にくの字を描くように折れていた。


「あああああああぁっぁぁぁぁぁぁっぁぁあぁっぁぁぁぁぁあああああああああああ⁉」

「ひいいいいぃいぃぃぃぃぃいぃぃぃぃいいいぃぃぃいぃぃい⁉」


 泣きじゃくる少年たち。それでもジーンは魔導を解かない。肝心なことを彼らはしていないのだ。


「謝れって言ってんだよ。俺にじゃない、あの子にだ。石だって手や腕に刺されば神経を傷付けるかもしれない。顔に当たれば、五感を失うかもしれない。木の棒だって骨を折ることは可能だ。……血を見て、それでもやめないお前らは本当に人間なのか?」


 平等に、他の少年の腕も上げる。そして、すぐに折る。

 次に何をすれば、彼らは人間になれるのか。そこの少女は傷付かないのか。

 ジーンは神ではない。かといって、普通の人間でもない。ならば、彼らの言う通りバケモノのようなやり方でしか、少年たちを変えられない。

 諭せないのであれば、恐怖を植え付けるしかない。

 悪性に染まった人間を変えるには、全く逆の善性に触れるか、もっと上の悪性によって叩きのめされるか。

 ジーンが用いるのは後者。今度は彼らの足を挙げる。後は同じように折るだけだ。


「いやだいやだいやだいやだぁあああ!」

「いたいいたいいたいいいいいいいいいぃっぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいい!」


 折ろうとジーンが念じる瞬間、ラフィアは少年たちの前に両手を広げて立ちふさがり、ジーンの腰には少女が抱き着いていた。

 そのことで魔導は解除され、少年たちの足は落ちていった。


「もう、やめてください!わたしが皆のルールを破ったのが悪いので……!」

「これ以上は騎士として見過ごせません!彼らが死んでしまいます!」


 術を解いたジーンは自身と、少女の様子を再確認する。その上でジーンは裂傷のある少女の頬へ手を伸ばしていた。


「お前はまず、自分の身体のことを心配しろ。痛いだろ?」

「……はい」


 少女は腰から手を離してくれて、その上で神術を用いた。邪魔をしてはいけないとジーンは少し離れていると、無詠唱のまま少女は全ての傷を、痕も残さず治していた。

 治ったことで少年たちの報復を恐れたのか、ジーンの身体の陰から覗き込むように少年たちの様子をうかがった。すでに三人とも気を失っており、ラフィアが状態を確認していたところだ。


「殺していないし、当然の報いだろ。で、お前はどうしてあんな目に遭ってたんだ?」

「……わたしが、バケモノだから」

「並外れた神術がか?この村からしたら神聖視されてもおかしくねーだろうに」


 詠唱を用いない治癒なんて初めて見たほどだ。それほど少女の神術士としての力量は群を抜いている。

 ありがたがれるならわかるが、陥れられるのはどうしてか。


「小さいころにみんなの前で神術を使って……。それから、バケモノって呼ばれるようになりました」

「人を傷付けたわけじゃないんだろ?」

「人は、傷付けてません……」


 引っかかる言い方をするが、少女は目を伏せているので表情全体が見えない。嘘か本当か判断できなかったため、それ以上このことには追究しなかった。


「ルールを破ったっていうのは?」

「わたし、この公園に来ちゃいけないんです。バケモノだから……。また何か、やっちゃうかもしれないから……」

(なんだそれは)


 子どもが遊ぶ公園に来てはいけない、子どもが。バケモノだから。それがこの村で罷り通っていることにジーンは苛立ちを覚える。

 いっそ魔導で、それこそ八詠唱のものを用いて破壊しようと思ったほどだった。


「じゃあ、今日はどうして公園に?入ったら駄目だってわかってたんだろ?」

「あの子が……」


 少女の目線の先には、先程までいた場所でうずくまる小さな茶色い猫。近寄って触れてみたが、すでに息を引き取っていた。


「この子を、どうにかしようと?」

「ふらふらしてたから、神術を使ってあげようって。そうすれば元気になれるかも……って、思った、のに。結局、わた、しが……殺し、ちゃった。助けて、あげた、かっ、たの、に……」


 途中から少女は嗚咽を交えて、心情を吐露していく。その心が溢れるように、雫が頬を伝っていった。


「わた、しがバケモノ、だから……。だか、ひっぐ。だから、この子は……」

「バケモノは泣かない!」


 少女の両肩を掴みながら、ジーンは叫ぶ。ラフィアも聞いたことがない、絶叫。それは周辺にも響き、何事かと住民が覗いてくるほどだった。


「バケモノっていうのは、心を持たない生き物のことだ!猫が死んで悲しむお前は、バケモノじゃねーよ!人間でいうバケモノみたいな奴っていうのは、誰であっても平気で傷付け、殺したうえで何とも思わない奴のことなんだよ!助けようと頑張ったお前が、自分のことをバケモノなんて卑下するな‼」


 やろうとしたことは正反対のことだ。たしかに最初は生きていたのかもしれない。庇った結果死んでしまったのかもしれない。

 それでも、その聖女たる行動をした少女が傷付けられる理由がどこにある。

 救おうとして、その代償に誰かを傷付けたわけではない。治癒を施そうとしただけの、年端もいかない少女だというのに。

 誰でもできることじゃない。

 ただ救いたかった。

 ただ猫に長生きしてほしかった。

 それだけを願い、行動した少女に非を唱える、この現状がおかしいのだ。


「お前は誰も傷付けていない。胸を張れ。お前はただの、心優しい女の子だよ」


 まだ泣いている少女にジーンは胸を貸す。もっと小さい子をあやすように、背中をリズムよく叩く。今できることはこの程度だった。


「えっと、ジーン殿。この方が聞きたいことがあると……」


 近寄ってきたラフィアが手で隣の男性を示す。五十過ぎの、こわばった顔をしたおじさんだった。


「魔導研究員首席殿。あの子たちが骨折しているのはその子のせいかね?」

「あ?俺のせいに決まってるだろ。重力制御の魔導で折ったんだよ。目撃者ならいくらでもいるし、そこの騎士も証言してくれるはずだぜ?」

「そうなのですか?騎士殿」

「はい……。ジーン殿の魔導で、彼らは骨折しました。その他の負傷はないと思います」


 事実をラフィアは述べてくれた。それよりも気になるのは、この男の発言だ。


「どうしてこの少女が彼らを傷付けたと?」

「彼女は昔から問題を良く起こしていてね。今回もそういう、いつものことなのか確認したいのですよ」

「……こういうことが何度もあって、それでもあんた等大人は……」


 この村にこの少女は居てはいけない。食い潰されるだけだ。

 ジーンは怒ることも、こちらから謝ることもしない。それでもこの少女を、神術士であってもジーンが保護しなければならない。


「この子の保護者は?」

「私ですが?」

「親、ではないな?」

「その子は捨て子でして。村長の私が保護者になっているんです」


 保護者が、子どもを疑っているのか。何かをしたと。神術がずば抜けているだけで誰かを傷付けたわけでもあるまい。そんな子を、誰もこの村は守らない。


「魔導研究員首席の名の元に宣言する。この子は我々魔導研究会の元で、研究材料として管理することを決定した。親権も全て私、ジーン・ケルメス・ゴラッドに移譲してもらう」

「なっ⁉」


 魔導研究会が神術士を研究材料で管理する。これほど矛盾に満ちた言葉はないだろう。その証拠に、周りの人間は一人残らず唖然としている。


「ま、待っていただきたい!その子は魔導士ではなく、神術士ですぞ?それを研究材料とは……」

「この子はバケモノなのだろう?それは、魔導による呪いかもしれない。貴様らもバケモノがこの村からいなくなれば清々するだろう?それに、力の原典を探るため、我々は最近神術の研究も盛んにしている。ちょうどいい」


 これは事実だ。ただ、魔導研究会全体ではなく、ジーン個人の研究である。嘘に本当も混ぜることで真実味を帯びて話は進む。


「貴様らもアスナーシャ教会に伝えていないのだろう?伝えていたらこんな辺鄙な村にいるはずもない。いらないだろう?持て余す奇跡の力なんて」


 ジーンの胸の中で、少女は震えている。紛れもなくジーンの言葉によって。言葉のナイフは容赦なく彼女へと刺さっていく。

 それを申し訳ないと思いながらも、ジーンは優しく力強く抱き返していた。ジーンにだって、こんな幼い少女を言葉責めする趣味はない。


「返事は迅速にしろ。アスナーシャ教会の本部と、大事を起こしたくないだろ?」


 神術士を保護もせず、むしろ村全体で虐待していたかもしれない事実が露見すれば、村の存続が危ぶまれる。

 ここには、もう少女を置いておけない。ならば、連れ出して保護した方がマシだ。


「それとも、俺が消してやろうか?過去にあった魔導士に対する行いの報復として、魔導研究会がティーファッド騎士団へ要請してもいい」

「わかった!わかったから、彼女を連れて疾く失せろ!そして二度と関わるな!」

「ああ。もう二度と来ない」


 村長が怒りながら帰っていくと、周りにいた大人たちも帰っていった。残ったのはジーンとラフィア、そしてジーンの腕の中にいる少女だけだった。


「ごめん。言葉でお前を傷付けた。勝手に物事も決めた。お前の居場所も、奪ったかもしれない」

「……大丈夫です。あなたはわたしと同じことをしたなら、わたしは何も言えません。ね?ジン・・お兄ちゃん」


 やっと、初めて笑顔を向けてくれた。そして意図を理解してくれたから、頭を撫でてあげた。

 そして一つ、引っかかったからこそ確認しなければならない。


「えっと、俺の名前ジーンなんだけど」

「あ、でもそっちの方が呼びやすくて……。ジンお兄ちゃんって呼んじゃ、ダメ、ですか?」

「呼びやすいならそれでいいよ」


 愛称ということなら問題はなかった。名前を間違えて覚えているわけではないのだ。


「ラフィア、予定変更だ。すぐにこの村を出る。宿屋から荷物回収して、この子が旅支度を終わらせたら出発だ」

「わかりました。短い滞在でしたね」

「……物分かりが良すぎてびっくりだ」


 こんなに従順なのは驚いた。もう少しぶつくさと文句を言われると思ったが、そんなことを言ってくる様子も見られない。


「こっちが驚きましたよ。権力の行使、村への宣戦布告。親権の取り上げもそうですが、一番驚いたのはあなたがロリコンだったことですかね」

「誰がロリコンだ、おい」

「シーラさん、カワイソ」


 とんでもない風評被害だ。助けた子が女の子で、幼かっただけでこう言われるとは。


「とりあえず宿に来てくれ。それと、まだ名前を聞いてなかったな。俺はジーン・ケルメス・ゴラッド。呼び方は何でもいいさ」

「わたしはエレスです。ファミリーネームはないです」

「……そっか。エレス、歳は?」

「たぶん十二になります。ジンお兄ちゃんは?」

「今年で十九になる。あとはラフィア、自己紹介」


 二人の自己紹介が終わり、残り物のラフィアが自己紹介を始める。


「ラフィア・F・コウラスです。ティーファッド騎士団の本部所属です。年齢は二十二になります」

「ジンお兄ちゃんとはどのような関係で?」

「護衛と護衛対象ですが、どうして?」

「聞きたかっただけ、です」


 そうはにかんで答えた。その笑顔はそこらの花よりも可憐で、柔和で穏やかな印象を受けるほど愛らしかった。

 そしてすぐ、ジーンの脇に並ぶ。エリスは腕を絡ませようとしていたが、さすがに躊躇したのか、横に並ぶだけだった。


「やっぱりロリコンじゃない……」


 三人はそうして、宿屋へ向かう。途中色々な視線を向けられたが、誰も気にしなかった。


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