第6話 兄と妹(1)
二人が翌朝目覚めて向かったのは小さな村、デビット。
本当に小さな村で、ラーストン村と規模は大差ない。特徴を挙げるとすれば、アスナーシャ信仰が盛んであり、主に根菜系の農業が有名であることくらいだ。
デビット村まではさすがに一日で行くことはできず三日はかかった。
見張りは一日ずつ交換し、片方は荷台の中で睡眠をとり、もう片方は御者台で夜通し見張りをした。一度も夜中に盗賊や魔物に襲われることはなかったが、襲われることもあるので警戒は解かなかった。
ジーンは一人旅の際、たとえ野宿の時でも見張りなどしたことはなかった。何かあれば馬たちが反応し、起こしてくれるからだ。
最も、魔物の接近なら寝ていてもジーンは気付くことができるし、魔導による結界を張ることができる。内外を完全に遮断するものなのだが、それらのことを説明してもラフィアは見張りをやるべきだと主張した。
反論するのも面倒だったため、ラフィアの案に賛同し自分が見張りの時には結界を張ってそうそうに寝た。言うことなんて聞く意味がないと判断したからだ。
道中、魔物には一回しか遭遇しなかった。しかも群れからはぐれたのか一匹しかいなかったため苦労することはなかった。
また、二人が会話したことは本当に数少なかった。休憩にするとか、ご飯にするとか、必要最低限な会話ばかり。
他にしたことといえば、ラフィアが人間であることを確認した程度だ。首都産まれで、貴族で、すでに両親は他界しており、憧れの騎士がいるために騎士団に入ったということ。
それ以上語ることがないのだ。この二人の間には。
食の好みであったり、趣味であったり、本来であれば聞くことはまだある。だが、ジーンがラフィアに対して興味を持っていない。また、ラフィアもジーンに好感を抱いていない。そのため会話という交流ができないのだ。
「……着いたぞ。デビット村だ」
お昼過ぎに着いたデビット村は魔物対策のために設けられた建物三階分の壁に、農業用の畑が数多く見られる土の街であった。
魔物対策の壁はどんな街・村であってもある。そしてもう一つ目を張るのは壁よりも大きく見える教会。屋根に十字架が掲げられているので間違いないだろう。
「なぜでしょう……。自然は多いのに、寂しい感じがします」
「迫害の村だからな」
「迫害?」
「ここはアスナーシャ信仰が盛ん、というより狂信的だ。だから相反する魔導を貶す。……これから検問通るけど、面白いもんが見られると思うぜ?」
その言葉にラフィアは首を傾げた。魔導士であるジーンは何度かこの村を訪れたことがあるようだが、この村の実情を知っているということだろうか。
馬車が壁に隣接されている検問所に差し掛かったために一度停め、二人は荷台から降りて身分証を提示した。
一人はティーファッド騎士団の騎士団員。もう一人は村の住人だろう。ラフィアは身分証を見せた後、騎士団員の三十代ほどの男性へ敬礼した。
「ティーファッド騎士団本部所属、ラフィア・F・コウラスです。この度は西のデルファウスにて原因不明の病が蔓延しているということから、原因解明のために要人警護をしている最中であります」
「デビット村所属、ゲル・ニーファスだ。……要人警護なのにお前一人か?さすがに団長お目付の者は違うな」
「は……?団長閣下とは数回しか拝見したことがありませんが……?」
「ん?そうなのか?まあいい、他の団員は?」
その確認にラフィアは顔色を悪くして、横目で傍若無人としているジーンを見ていた。
「その、要人の機嫌を損ねて負傷しまして……。今ももしかしたら要人のいた村で療養しているかもしれません」
「で?その要人が隣の?」
ラフィアが頷いたことでジーンはゲルに身分証を見せた。その内容を見て顔をしかめていたが、すぐに皮肉気な顔になっていた。
「なるほど。良い関係を築こうとしてる団長はどんなことをされても文句は言えないか。この御仁のことは多少知っている。お前ら、逆鱗に触れるようなことしただろう?」
「正解だ。事前連絡もなしに家に来たら、そりゃあ撃退するだろ?」
「ははっ。違いない」
答えたのはジーンだったが、だからこそゲルは愉快に笑っていた。立場を知っていれば、下手に出るべきは依頼主である騎士団の方だ。事前連絡しなかったのが悪い。
ゲルはそのまま、ジーンの身分証を村の住人、民間の警備員へ渡した。
警備員はラフィアの身分証と交換するようにジーンの分を受け取ったが、その内容を見て顔を青ざめた。その反応をジーンは珍しいと思う。
「あんた、この村にはどれくらい滞在するつもりだ?」
「明日の朝には出ていくさ。今晩くらいゆっくり安全な場所で眠らせてくれ」
「その安全を、俺は保証できない」
随分と心優しい青年だった。こんな人間がこの村の警備員なんて、心が持つかどうか。
「わざわざどうも。ただ、
ドラキュラ。それは魔導士に対する詐称だ。魔物、とも呼ばれることもある。
また、ジーンがプルート・ヴェルバーに近いというのは魔導に最も優れた者の前にのみ姿を現すということ。
現状、知識量からしても魔導の力からしても、プルートに会うことができる可能性があるのはジーンだろう。
「それもそうか……。できるなら、宿から一歩も出ないことを推奨する」
「できねー相談だな。やることがある」
身分証を返してもらい、問題ないということで門を開いてもらった。ジーンだけ馬車に乗り、中へと入る。そのまま預け屋の馬車小屋へ向かい、馬車を預ける。
身分証を見せた際に魔導士だからということでぼったくりのお金を要求された。約倍だ。
それに嫌な顔をせずに黙って要求された額を現金で払う。領収書を書いてもらうと、宛名で少しだけ怪訝な顔をした。
騎士団宛てにしたために、ぼったくったお金についてバレると思ったのだろうが、そこまで騎士団も暇ではない。
預かり屋から出ると、律儀にラフィアは待っていた。
「これから宿を取るのですか?」
「ああ。それで暗くなるまで村を見回って今日は休む。……お前も、それ以上宿から出るなよ。魔導士の仲間とか、肩を持つと思われたら騎士でも容赦ない」
「それがこの村の住人だと?」
「実際には見てねーよ。ただ、それだけ危険な思考の持ち主ばっかだってことだ」
ジーンのその言葉にラフィアは神妙にうなずく。門番の警備員、そして先程の預かり屋の様子からある程度この村の潔癖性、異常性は把握できた。
「先程の金額、国が定めたものよりも相当ふっかけられていましたよね?」
「なんだ、わかってたのか。約倍だ」
ラフィアは持ち前の眼の良さでお札の枚数が見えていたが、それが明らかに多いので気になったために尋ねたのだが、多いなんてものではなかった。
「……完全に法外ですよ。それをすんなり払ったと?」
「面倒事が金で解決できるなら、それでいいだろ。実質俺の金じゃねーし」
「騎士団宛てにしたのですね……。まあ、それは構いません。告発などしないのですか?彼らを犯罪者として摘発できますよ?」
「そんなことしてもこの村の本質は変わんねーよ。魔導士はこういう村に近寄らねーから平気だ。知ってるんだよ、どの村や街が自分たちに有害か。で、知らねーとしたら孤立した奴か、子どもだ」
「まさか、そのために村を見て回ると?」
「あ?おかしなことか?」
素で言っている。実際にキョトンとして、首まで傾げているほどだ。
そのジーンを見て、彼を見直さないといけないと考え始める。彼は魔導士の一応はトップなのだ。その自覚があるのかはわからないが、行動は長のモノである。
家に罠を、しかも致死率の高い凶悪な物を設置し、言葉遣いは荒い。他人に興味を持たず、唯我独尊である。
そんな人物であっても、自分に近しい人間にはきちんとした人間として、それこそ騎士のように振る舞う。誰に対しても不貞腐れた態度を取るわけではない。
ただそれが、ラフィアという騎士には噛み合わないだけ。
「わけわかんねーな、お前。とりあえず宿だ。ぼったくられても文句言うなよ?そう、子どもの頃から刷り込まれているんだ。そこにアース・ゼロだ。疎ましく思われもするさ」
「宿の場所はわかっているのですか?」
「村の中央路、東地区だ。そこにしか宿はねーよ」
道も全てわかっているようで、ジーンの後にラフィアはただついていく。その道中でさえ、ジーンは誰かいないかと路地にも目を向けていく。
結果として該当する人物はおらず、宿に着くとジーンの部屋だけやはり倍額取られた。そのことに不条理を覚え行動に起こそうとしたが、ジーンに睨まれたために拳を握る程度に抑えた。
二人は別々の部屋を取り、荷物だけおいて散策に出る。
ラフィアは鎧はさすがに不要と思い、外してインナーシャツを取り換えた。シャワーだけでも浴びてから出ようとも思ったが、遅れると怒られると思い、断念した。
「……お前もついてくるのか?」
「え?村を見て回った後には宿を出るなって……」
「別に自由行動でも良いだろ。探索なら一人で出来るし。お前も行きたいところあるんじゃねーの?」
「……いえ、護衛としてついていきます。あなたは神術による治療を受けられない。目的地に着くまで、怪我をされたら困ります」
「なるほど。好きにしろ」
ジーンは問題ないと考える。宿を出てすぐにジーンは感知の魔導を用いた。魔導を持つ者、神術を用いる者の存在を知るためのもの。
それは村全体へと範囲を広げて、魔導の反応はなかった。しかし、神術の反応はある。一か所は教会、もう一つは少し離れた路地だった。
(路地?何か用事が……?それともそこが家なのか?)
とりあえず場所はわかったため、そこに向かって歩く。ラフィアはただ無言で辺りを見回しながらついてくるだけ。
ジーンも辺りを見回しながら歩く。感知という力があることは誰にも話していない。
この力があることが知られれば、どのような人物がどのような思想を抱くかはわからない。
戦力増強もできれば、虐待や差別にも用いれる。こんな戦闘にある程度しか用いることができないものでも、脅威になる。ならば、わざわざ広めるものではない。
少し歩いた先にあったのは、やはり路地。その路地の先に反応があった。
その路地の先に何があるかわからない。だが、その先に不自然な反応があるのなら見てみるしかない。
路地の方へ目を向けると、唐突に神術の力が増幅した。そしてオレンジ色の光が空へと広がるのを見て、誰かが神術を用いたのがわかった。
「街中で、神術を⁉」
「何かあったな。行くぞ」
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