第5話 不機嫌な魔導研究者の旅立ち(4)
ジーンは荷台から降りると、魔物という言葉に反応してラフィアも腰から剣を抜いて、荷台から飛び降りた。
これではどっちが護衛だかわからない。
「鳥型が二体、狼型が一体か」
「どこから来るのですか?」
「鳥は南東から。狼は北北西から」
ジーンは右手だけを南東へ向けて、掌の前で魔導陣を開いた。
詠唱もない方向に手を向けただけの無詠唱。これではまともな魔導を用いることはできない。
のはずだが、鳥型の魔物が視界に入った時には烈風を巻き起こしていた。
風属性の魔導、ゲイル・ファントム。その威力は魔物を叩き落とすには充分で、本来であれば二詠唱は必要なものだった。
「狼は任せるぞ。俺あっちの鳥倒してくるから」
そう言って少し歩いて落ちた鳥の魔物の所へ行く。二体の魔物は翼を傷付けられたせいか、地面に這いつくばっていた。
「いたいた。さて、久しぶりだからどうやって倒すか……。魔導か、トンファーか。別に殴り殺してもいいか」
そんな物騒なことを言っていた。彼は魔物を倒すことを愉しんでいる。二体の魔物など、苦労せずとも倒せるのだ。それこそ手段などいくらでもある。
「決めた。魔導で殺してやる」
そう言ってジーンは両手で別の魔導陣を作り上げていた。
そしてまた、無詠唱。陣が完成した途端、片方は黒い槍で串刺しに、もう片方は燃え盛る業火で灰に変わっていた。
三メートルを超える巨体が串刺しになっている状況で笑っていた。虫の息とはいえまだ生きていることが嬉しかったのだ。
「エッジ」
一詠唱。
そこで両手に現れたのは黒い剣と槍。それを身体に打ち込んでいく。打ち込むたびに新しい武器を魔導で作りだして差し込む。
まるで子供の遊びだ。虫などを指で潰すような、いらなくなった物をはさみで切り刻むような。
それを繰り返す。
息の根が止まったとしても、武器を打ち込める場所があれば突き刺す。もう刺すところがなくなって、ようやく魔導を使うのをやめた。
「……弱いな。アース・ゼロの後に産まれた個体か。無詠唱と一詠唱で倒せるなんて、脆弱すぎる」
(ま、四詠唱や八詠唱しなければいけない魔物だったら、今頃色んな街が崩壊してるか)
「それにそんな大詠唱、使いたくもねーし」
無残な死体と灰だけが残ったその場をあとにした。馬車まで戻ると、馬二頭は呆れてあくびまでしていた。
それは一匹しかいなかった獣の魔物に、手こずっている騎士がいたからだ。
その騎士は迫りくる牙と爪を鎧で受け止め、剣で攻めていた。
お互いノーガード戦法だが、魔物相手にやることではない。魔物の殺傷能力は相当高い。いくら騎士団支給の鎧とはいえ、そう何度も受けきれるものではない。
ラフィアは剣に炎を宿し、袈裟斬りを仕掛けたが同じように爪に炎を纏わせた魔物に受け止められていた。
馬の方に目線を向けると、さっきからそうだったというような顔をしていた。 ジーンは動物と会話できるような能力はないが、この馬たちとは長い付き合いなのでどのようなことを言いたいのかはわかるのだ。
「なあ、あれ助けないとダメか?」
「ヒヒ~ン」
助けろと来た。ここに長居をするつもりはないと。
そうすると、接近戦を昨日今日会った人間とするつもりはなかったジーンは、一詠唱を用いた魔導を発動させた。
「ヒューム」
水属性と風属性の複合魔導。嵐のように突発した風と水圧によって魔物を捕らえる。正直捕らえたのだから、あとは騎士様にどうにかしてほしいジーンだった。
それに気付いたのか、ラフィアは再び斬りつけていた。捕らえているのに、魔物が暴れたという理由もあって傷は浅かった。
「はあああ!」
それに気付いたラフィアはもう一撃加えようとする。だが、耐性のついた魔物はジーンの魔導から抜け出してラフィアの凶刃から避けていた。
が、次の瞬間魔物に電撃が走っていた。無詠唱の魔導で電撃を使っただけだ。
十分に湿った身体の魔物には電撃というのは致命的で、完全に息を止めていた。
「なあ。騎士様って一人で魔物を倒せねーのか?」
「……限度があります。それに私は騎士になってまだ日が浅いので……」
「言い訳すんなよ。散々嫌ってる魔導士より、対応力が下じゃねーか」
事実、三匹の魔物を全て倒したのはジーンだ。三匹も同時に魔物が攻めてくるというのは滅多にない事例ではあるが、旅をしていればこれからもあり得る事柄だ。
これでは本当にどちらが護衛かわからない。
「やっぱり俺一人で充分じゃねーか。これに懲りたら俺に口答えするな。あと、魔導士全てを見下すような見方もやめろ。アース・ゼロに恨みでも抱いてんなら、やった本人見付けて恨みやがれ」
どうしてそこまでラフィアが魔導を毛嫌いするのかはわからない。知るつもりもないし、興味もない。だが、態度は気に喰わない。
目の前に魔導を使う人間がいるのに、魔導の悪口を言う。ある意味自分を偽らないという意味では好感が持てる。
しかし、誰もが好んで魔導をその身に宿しているわけではない。
耐性のない人間が自分も嫌だと思っていることについて罵詈雑言を浴びせられたら気が狂うだろう。だからこそ、やめさせたかった。
口にしてしまえば、誰が聞くかわからないのだ。
「おい。さっさと行くぞ」
ジーンは馬たちを撫でた後、荷台に乗る。それを見てラフィアも荷台に乗る。
そのまま彼らは口を開くことなく、馬車は進んでいく。
夜に差し掛かった頃合いで、予想通り隣街のミュースに辿り着いた。馬車は預け屋の小屋に預け、宿も面倒だったので近くにあった適当な場所を取り、夕飯も宿で取った。
ジーンは夕飯後宿から抜け出し、街の中を歩き回った。
結構な頻度で来ている街とはいえ、自分の捜しているあるものを見逃しているのではないかと思い、様々な場所を見て回った。結果として目当ての存在は見付からず、宿に帰ってきたのは日付を回った頃だった。
日課としてジーンは読書及び研究をする。今日読む物は神術の論文。それを読み終えた頃にはさすがに眠気が襲ってきたため、消灯して眠りについた。
もちろんラフィアとは別の部屋を取っていたため、悠々自適な暮らしを宿で過ごしていた。
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