第4話 不機嫌な魔導研究者の旅立ち(3)



 翌朝。ジーンは昨日の夜シーラスからもらったおにぎりを頬張り、旅に出る準備のために荷物をまとめていた。ちなみにおにぎりは綺麗な三角形をしていた。

 荷物をまとめたといっても、何着かの服と、暇つぶし用の本を何冊か。それと武器となるトンファーと、金銭ぐらいだった。

 それらを一纏めにした革製のバッグを持って家を出ると、村の子どもであるダンジとケーラがやってきた。


「兄ちゃん!旅に出ちゃうってホントかよ⁉」

「どこまで行くのー?」

「少し西の街までな。その後首都に行かないといけないらしい」


 ケーラは腰の辺りに抱き着いてきて、ダンジは腕を掴んできた。この村で赤子を除いて、一番歳が低い二人だ。


「また首都かよ!いーなー!」

「お土産買ってきてくれる?」

「わかったわかった。二人は何が欲しいんだ?」

「おもしれーやつ!」

「おしゃれなやつ!」

「はいよ。買ってくるからおとなしく待ってな」

「「うん!」」


 ジーンは軽く二人の頭を撫でていた。この二人は魔導も神術も扱えない。つまり身体に何も宿していないただの人間なのだ。

 魔導も神術も、天性の才能、産まれつきの力なのだ。遺伝も影響しているが、神術士の子どもが魔導を宿していることもある。

 そしてそんな子どもを忌み嫌い、捨ててしまう親もいる。逆でも起こり得ることだ。魔導士の親から神術士が産まれても、捨ててしまう親もいる。

 これはある意味、世界の情勢、規則がこうさせてしまっているという部分はある。これを変えられるのは神であるアスナーシャと魔導の祖であるプルート・ヴェルバーのみだろう。


「ダンジ、ケーラ。離してあげなさい。ジーン君が動けないでしょう?」


 そう言って近寄ってきたのはシーラスとラフィア。シーラスの言葉で二人はジーンを解放してくれた。


「良い子ね。それとジーン君。これ今日のお昼ご飯ね」

「ありがとうございます」


 渡されたのは黄色いランチボックス。この量ならラフィアの分もあるだろう。


「それではジーン殿。我々の馬車で早速向かいましょう」

「あ?別にそれはあの男騎士たちに残しておけばいいだろ。俺用の馬車もこの村にはあるんだし」

「そうなのですか?」

「首都に行く回数は多いからな。調査で色々な場所にも行くし」


 実地調査、聞き取り調査、様々な理由でジーンはあちこちへ出かける。だから旅には慣れている。馬車がないとやっていけないというのもある。

 それでもこの村はジーンにとって帰る場所なのだ。首都に住んでいた方が交通の便としても便利なのだろうが、首都に住むつもりは毛頭なかった。


「今日は隣町のミュースまで行けば上等だろ。ってわけで馬車取ってくる」


 数分してすぐ馬車がラフィアたちの前にやってきた。黒い馬が二頭で、大きめの荷台を引いていた。もちろん操舵しているのはジーン。


「ほら、さっさと荷物入れて乗れ。急いでるんだよ」

「あ、あの。騎手代わりますよ?」

「……いや、いい。お前の腕信用してないとかじゃなくて、こいつらがお前に懐いてないから」


 そう顎で前の馬二頭を示すと、近付いてみたラフィアを拒絶するような荒い鼻息をかけていた。

 それのせいでラフィアは嫌な顔をしていたが、ジーンはもういいだろと証明したように頭の後ろをかいていた。


「ほら。懐いてもいないやつの騎手なんて無理だろ?だからお前はさっさと後ろに乗れ」


 しぶしぶ納得し、ラフィアは自分の荷物を載せて、窓から顔だけ出していた。もしかしたら騎士団で使っている荷台よりも高級なのではないかと考えていたが、中にソファがある時点で雲泥の差だった。


「じゃ、シーラスさん。行ってきます。村長にもよろしく言っておいてください」

「ええ。わかったわ」


 二人は軽く手を触れ合うと、馬車は西を目指して走り始めた。


―――――――――――――


 二人は特に会話をするわけでもなく、静かに旅は続いた。する音といえば馬の蹄が地面をテンポよく蹴る音と、荷台の車輪が地面と擦れる音だけだ。

 さすがに耐えきれなかったラフィアが、会ったら聞こうと思っていたことを尋ねてみた。


「あの、ジーン殿はどうして魔導研究員になろうと思ったのですか?」

「生きてくためだけど?むしろ魔導士おれたちが生きていく方法なんて、こっそり隠れるか、研究員になるか、お前のように騎士団に入るかしかないからな」


 魔導士が生きていくにはかなり選択が絞られる。魔導を活かすか、隠すか。

 もちろん隠していた際にもしバレてしまったら、非難轟轟である。人間関係が崩れるなんて当然とも言える。

 そこで魔導を活かすなら、研究員になるか、ティーファッド騎士団に入るしかない。

 騎士団は珍しく魔導を蔑ろにしない体制ができており、しかも団長が魔導士なのだ。生きていくには良い環境である。

 もしくは傭兵になる者もいるが、それは少数だ。魔導士だと依頼が来ないことが多いらしい。

 信用がもらえないのだ。

 そういう意味では、信用を得やすい騎士団に入る方が幾倍もマシなのだ。

 あとは、生きていくために盗賊団を作る者もいる。

 盗賊団の多くは魔導士だ。盗みでもしないと生きていけない境遇の者が集まり、結果として騎士団ですら手を焼くような集団ができてしまう。

 この原因は、世界情勢もそうだが、一番の原因はアース・ゼロだ。


「アース・ゼロのせいで、魔導の力は危険だという認識が世の中に広まっちまった。魔導もそりゃあそうだが、騎士団の所有してる軍事兵器だって似たようなもんだ。なのにお前ら騎士団は世界から信用を得て兵器開発ができてるだろ?理不尽だ」

「だって、アース・ゼロのせいでたくさんの人が亡くなったんですよ?魔導の実験で、五千万もの人間が。それは、恨まれても当然かと」

「魔導の実験、ねえ」


 会話が嫌であるかのように、そっけなく厭味ったらしくジーンは答えていた。いないものとして扱うつもりなのに、話しかけられたら答えなくてはならない。

 知っていることを話されるのは嫌だが、無知の人間にはきちんと返答をするようにしている。知らないことを聞いてくるのは知的好奇心からだ。

 それを失うのは勿体ないと感じ、質問には答えてきた。

 このことで首都の研究員からは「話は聞いてくれないけど質問には答えてくれるいい人」という共通認識が根付いている。

もちろん知っていること以外は「知らない」と一刀両断にしているが。


「正直、自業自得ではないかと」

「一回の事故で全部をそうみなすのはどーなんだ?例えば馬車で人轢いたら馬車全てを恨むのか?……たしかにアース・ゼロは殺しすぎたさ。だからってその事故を引き起こした奴じゃなく、そいつが使った『モノ』を恨むのは正しいのかね?」

「その引き起こした者が誰なのか、わかっていないではありませんか。そうしたら魔導が恨まれるのも自然の道理だと自分は考えます」

「はっ。爆心地がわかってるのに何もわかってねーわけねーだろ」


 爆心地は首都のすぐそばであるのはわかっている。そして、そこで魔導の実験があった。それが国から発表された公式見解だ。


「魔導の研究施設があって、そこを何者かが利用して暴走させた。そこで実験した者たちの記録が残っていない。それが公式発表でしょう?」

「研究会が公式で使っていた、国営施設で本当に何もわからねーって?国絡みで隠してるんだよ。誰が関わったのか。どんな実験をしていたのか。……隠したい事実があったんだろーな」

「憶測、ですよね?」

「お好きな解釈でどーぞ」


 信じてもらえるとは思っていなかったので、適当に返す。

 実際調べてみれば、杜撰な隠蔽の証拠が数多く見られる。だからこれ以上は特に言わなかった。


「人間は魔導に頼らず生きていけます。魔物という脅威に騎士団やアスナーシャ教会がいれば対抗できます。……傷付ける力では、人を救えません」

「ほう?じゃあ騎士の力は傷付ける力ではないと?」

「ええ、守る力ですから」

「……結局、使い方次第じゃねーか」


 何事にも言えることだが、力なんてものは使い方ひとつで捉え方も全て変わってしまう。守る力、というのも結局は暴力だ。騎士の装備を見ればわかるだろう。

 銃器、剣、槍、斧、その他。

 どれも魔物を倒すためのものだ。それを魔物という対象にしているからまだいいが、この対象が変わったら軍事力という名の暴力だ。


「魔導士が自主的に魔物を倒していても、それは守る力にならないのか?それも傷付ける力なのか?」

「……そもそも魔導って、魔物を導く力でしょう?その魔物が溢れかえっている世の中でそんなこと言われても……」

「『魔術で導く』神秘だ。魔術によって人間を新たな段階へ導くために産まれた力っていうのが研究会の通説だ。科学が産まれる前から存在し、人類を席巻してきたのは魔導士。発展を願ってきた人間たちがあとから虐げられる。おかしな世の中だ」


 過去の世界では魔導も神術も平等に扱われ、併用して世の中を正し、導いてきた。だというのに今信仰されているのは片方のみ。

 奇妙な世の中だ。


「そうやって誤解してる奴が多すぎるんだよ。魔物は魔導が使える以外に接点はねーんだ。なのに勝手に関連づけやがって」

「信用がないから、でしょうね。それに火のない場所に煙は立たない、とも言いますが」

「ほざけ。実物を見てねーならただのデマだ」


 悪態をつくと、ジーンは不意に空を見上げていた。そして綱を引くまでもなく馬車は停まった。この馬たちは優秀すぎる。


「どうしました?」

「気配で気付け。魔物が三匹だ」


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